第3話 ”最強種”と契約しました

 “宝箱の開封を確認しました。経験値を取得、レベルが上昇しました。MPが全回復しました。”


 不意に、頭の中に声が響く。

 アイテムをゲットしたり、経験値を獲得したときに頭に直接響く音声――僕はこれが初めての経験だが、ダンジョン冒険者の間では確か“天の声”とか言われていたか。


“固有スキル《契約》を取得。これにより、知性あるモノとの主従契約が可能となります”


 は? 主従契約?

 一体なんの話だ。よくわからないんだが。

 僕は眉根をよせる。が、ゲットした権能について考えを巡らせている暇は無かった。


『グォオオオオオオオオオッ!』


 ドーム中に響き渡る咆哮。

 “キング・サイクロプス”が、棍棒を再び振り上げ、またもや動けないでいる少女を狙ったのだ。


「くっ!」


 僕は咄嗟に少女を抱きかかえると、全速力で走り出す。

 その瞬間、“キング・サイクロプス”の棍棒が頭上に降ってきた。

 ぶつかる、間に合わない!


 そう思ったが、棍棒は僕よりも少し後ろへ落ちた。

 外した? いや、違う。

 僕の走る速度が、さっきよりも速くなっている。


 驚いてステータスを確認すると。


――


 名前:神結絆

 種族:人間

 性別:男

 レベル:8


 HP(体力):60→220

 MP(魔力):40→180

 STR(攻撃力):10→35

 DEF(防御力):8→24

 DEX(命中):11→30

 AGI(敏捷):32→99

 LUK(運):18→36


 魔法:《ファイア・ボール》

 固有スキル:《契約》

 所持アイテム:――

 称号:――


――


 レベルが上がっている。

 たぶん、宝箱を開けて経験値を得たからだろう。

 レベルを一段階上げるのでも苦労するのに、一気に8まで上がったのは、たぶんランクAのモンスターのレアドロップを確保したからだ。

 不幸中の幸いだが、それでも――


「《ファイア・ボール》!」


 上がったステータスに身を任せて走り抜けながら、僕は“キング・サイクロプス”めがけて魔法を放つ。

 さっきより大きな火球は、しかしヤツが左腕を振るうと、明後日の方向に弾き飛ばされた。

 

「くっ、ダメか!」


 反撃とばかりに足を地面にたたき付ける“キング・サイクロプス”。その衝撃で地面が割れ、衝撃波と溝が僕の方へ迫る。それをギリギリで飛び越え、僕はひたすらに逃げ回る。


 正直、ジリ貧もいいところだ。

 来た道を引き返して逃げるにしても、正直少しでも隙を見せたら挽肉にされるだろう。まして、少女1人抱えたままでは逃げ切れる確率は更に下がる。


「ちくしょう、どうすればいいんだこの状況!」


 僕は思わず歯噛みして――そのとき、腕の中の少女が「ん」と呻き声を上げて瞼を開いた。


「こ、こは……って、誰じゃおぬしは!」


 見た目のわりにじじいみたいな口調で、少女が声を出す。

 驚いたように見開かれた琥珀色の瞳は、鋭い眼光を放ち、僕を真っ直ぐに射貫いていた。


「気が付いたんだね! いきなり倒れたから、心配したんだよ!」


 斜め上からの棍棒フルスイングをジャンプで躱しながら、そう告げる。

 

「そうか。わらわは、《バーニング・ブレス》を撃ちすぎて、魔力切れでダウンしたのか……」


 自分の状況を理解したのか、少女は尊大な口調で呟く。

 なぜだろう。こんな変な口調なのに、なぜか違和感がない。弱っているはずの少女から感じるのは、何か底知れない力だ。

 そんな少女は、僕を見上げると意を決したように口を開いた。


「おぬし冒険者じゃろう。すまんな巻き込んで。今すぐ、妾を置いてこのドームを出るんじゃ」

「……は?」


 僕は、一瞬耳を疑った。


「? 聞こえなかったかの? 今すぐ、妾を置いてここを離れろ」

「ふ、ふざけないでよ! 君を置いて逃げるとか、そんなことしたら君は!」

「大丈夫じゃ。おぬしが逃げ切る時間くらいは稼げる。あんなヤツの攻撃なら、10発くらいは耐えられるじゃろう。なに、妾は“最強種”じゃからのう?」

「なっ!」


 僕は、耳を疑った。

 “最強種”とは、ダンジョン内に住まうと言われる知性を持った特に強力なモンスターのことだ。

 未だ謎だらけのダンジョンにおいて、“最強種”と呼ばれる存在がいるなどというのは、眉唾物の伝説にすぎない。

 なのに、それが実在したなんて――


「わかったろう? 妾は強い。たとえボロボロでも、おぬしに貰った恩を返すくらいはできる。じゃから――」

「断る」


 僕は即答した。


「な、なぜじゃ。動けぬ妾はただのお荷物。それに、見ての通りモンスターじゃ。人間のおぬしが助ける理由なんて――」

「理由とか、そんなんじゃない!」


 なぜだか、無性に腹立たしくなって叫んでいた。

 この子を犠牲に助かる? 冗談じゃない。勇気とか偽善とか、そんな大層なものでもない。

 僕は、所詮ただの臆病者だ。だから。


「臆病者で、泣き虫の僕だから、女の子を見捨てるなんてサイテーな行動はできない」


 少女は、しばらく呆気にとられていた。

 が、不意にくつくつと笑い出す。


「くっふふ、かっはははは! この深層にいるのが不思議なくらいレベルの低いヤツが、ドラゴンたる妾――シャル=リーゼリクスを女の子扱いするか! よかろう! そなたを気に入った。《契約》などという面白いスキルも持っているようだし、おぬしに身を委ねるとしよう」

「? どういう意味――」


 言いかけた僕の唇が、塞がれた。

 シャルと名乗った少女の、唇によって。


「~~~~っ!」


 思わず気が動転してしまい、足を止めてしまう。

 無防備になった僕を、敵が放っておいてくれるはずもない。

 僕めがけて、岩をも軽々砕く棍棒が迫る――まさにそのとき。


“固有スキル《契約》の権能への接吻せっぷんによる干渉あり。これによって”最強種“ドラゴンとの契約を確認。基礎ステータスが大幅に向上。シャルの固有スキルと魔法が使用可能になりました。”


 ――“天の声”が聞こえた。


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