第34話 シエルの治療

 月明りが迷宮都市ラプラスの街並みを照らしていた。ダンジョンの塔のそばにある白い建物。そこには、常に治癒の秘跡を行使する僧侶たちが詰める治療所がある。

 アニスとロキがそこに駆けこんだとき、治療所には夜勤と思しき僧侶が数人テーブルを囲っていた。二人の姿に気づいた僧侶が入口へ駆けてくる。その僧侶が口を開く前に、ロキが要件を告げた。


「すみません、治療をお願いしたいのですが」


 肩に支えたシエルを示してロキが言った。僧侶は頷き、シエルをそばのベッドに横たえた。

 シエルの顔は先ほどよりも白くなっている。腹の傷はロキの秘跡のおかげか、悪化してはいなかったが、良くもなっていなかった。僧侶は傷を見ると、すぐに秘跡の行使に取り掛かった。


 秘跡の光がシエルの身体を包む。ほどなくして、治療は終わった。シエルの腹の傷は塞がり、顔色も先ほどより良くなっていた。

 アニスは心配そうにシエルの顔をしきりに覗いている。


「ところで、背中の方の治療は必要ですか?」


 シエルの治療が終わった僧侶が聞いた。ロキの背中には未だに気絶しているカイニスがいる。


「ああ、お願いする」


 ロキがカイニスを背中から下ろす。僧侶がカイニスを受け取り、ベッドに寝かせた。


「うん? そこまで外傷はないみたいですね。足をひねった感じでしょうか」


 秘跡を行使してすぐに、僧侶が首を傾げた。シエルとの外傷の差に違和感を持ったらしい。その言葉に、ロキが言葉を返した。


「……うむ。それと魔力を使い切ってしまったための気絶だ」

「ああ。見習いの魔法使いにありがちなやつですね。まあ、無事に戻ってこれたのは貴方たちのおかげですね。ダンジョン内で魔力を使い切った魔法使いを放置するパーティーもあるそうですし。……ダンジョンにおける魔力配分は十分注意するようにパーティーメンバーの皆さんも注意したり、心掛けてあげてください。魔法は確かに強力ですが、魔力が無ければ使えないので」

「かたじけない……」


 ロキは申し訳なさそうに言った。その言葉はその僧侶に対してだけでなく、シエルやアニスにも言っているようにアニスは感じた。


「とりあえず、この魔法使いはほぼ魔力不足の症状だけなので、普通に寝かせておけば良くなると思います。でも、こちらの方はかなり重症だったので、起きてから怪我が完全に治っているかを調べる必要があるので泊まりになります」


 そう言うと僧侶はカイニスをロキに再び預けた。そして、アニスの肩を軽く叩く。


「もうあなた方に出来ることはありません。昼の間でしたらまた見舞いに来ることもできますし、冒険者の方ですのでパーティー名さえ控えさせていただければお仲間のお目覚めをギルドの方にお伝え出来ますが……」

「『天上の銀梯子』という」


 ロキが口数少なに言った。顔は下を向き、どことなく所在無さげだった。


「そうですか。では、えっと、この方は……」

「シエル」


 迷い気に聞いた僧侶に、アニスが食い気味に言った。まるで、間違いを許さないと言わんばかりの声の気迫だった。しかし、精神的な疲れか、顔には覇気がなかった。


「……はい。『天上の銀梯子』のシエルさんですね。何かありましたらギルドの方に言伝を入れておきます」


 そう言うと、出入り口の方を手で指し示した。


「それでは、今夜はお帰り下さい。冒険でお疲れでしょう」

「「…………」」


 アニスとロキは無言だった。そして、足取り重めに治療所を出た。

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