第23話 迷路《ロビー》
シエルたちはダンジョンの第一層から、第二層に降りた。石造りの壁は先ほどより幅が少し狭くなっている。
シエルの指示の下、迷い無く足取りを進める一行。未だすれ違う冒険者の数も少なくなく、そのためかモンスターに遭遇することも無い。時間が午後であることも関係しているのだろう。午前中に出現したモンスターは、おそらくあらかた他の冒険者に倒されていた。
「第二層までに降りてきたけど、あんまり風景変わらないね」
「ダンジョンはいくつかの階層ごとに環境が変わるんだ。第一層から第四層までは
アニスの疑問にシエルが答えた。シエルは迷宮街の話をした際に、少し顔をしかめていた。しかし、その顔もすぐに消えた。カイニスが話しかけてきたからである。
「あたしたちは、迷いの森の第七層までしか降りたことはないんだけど。シエル、あんた迷宮街まで降りたことがあるの?」
カイニスが驚いた様子でシエルに聞いた。
「まあ、何度か」
「ふうん」
シエルはなんてことも無いように返答した。その顔はもう、いつも通りの表情に戻っていた。
「あなた、結構優秀なパーティーについていた
「…………」
シエルの言葉に感心したように言葉を漏らすカイニス。その言葉に何も返さないシエル。しかし、その言葉にシエルの顔がしかめられたのは確かだった。
迷宮都市ラプラスの冒険者のおよそ八割は迷宮街まで行くことなく冒険者生活を終えるという話もある。そのような話が語られるくらいには迷宮街という場所に行く難易度は高い。第一、そこまで行くには迷宮内での寝泊まりが不可欠なので、ダンジョンに泊まり込むという危険行為をする冒険者を探すだけで半数以上の冒険者が諦めるのだ。
そのなかでも、ダンジョンの未踏破領域である最前線の第五十三層を攻略していたパーティーは片手で足りるほどの数だった。だからこそ、その中でも少人数のパーティーであった『青の結束』の知名度もまた、かつては高いものだったのだが。
「シエルは兄さんと同じパーティー、ぐえ!」
「昔の話はいいだろ」
アニスがシエルの過去を語ろうとしたが、シエルはアニスの脇腹を肘でつついてそれを阻止した。無意識なのか、シエルの顔は険しく、悲しげな影があった。アニスはその顔を見て、シエルの過去について話そうとした口を閉ざした。
「とにかく進むぞ、次の角を右」
「はぁい」
話をそらすようにシエルがダンジョンの道の行先を言う。アニスはシエルが話を逸らそうとしたことに気づいているのかいないのか。けれどアニスは話を切り上げて、前を向いて歩き始めた。
「そういえば今日の探索は時間で折り返すのか? 目標地点があるのか?」
しばらく歩いて、シエルは思い出したように、パーティーリーダーであるカイニスに聞いた。目標地点があるのであれば、
「言ってなかったかしら、第六層までよ」
カイニスは堂々とした口ぶりで言った。その言葉に、シエルは目を丸くして驚いた。
「お前、さっき第七層までしか降りたことが無いって言ってなかったか?」
「言ったわね」
シエルの疑問にカイニスは即答した。思わず、あきれ顔でシエルが言った。
「正気か?」
「拙僧もてっきり、
カイニスの発言にロキも驚いている。
「今の第六層にはボスモンスターが再出現しているはずなのよ。
「それはかなり無謀では?」
ロキがカイニスの発言に突っ込む。
ボスモンスターとは、ダンジョンの各層に一定期間ごとに現れる通常モンスターよりも大きな体を持つモンスターである。基本的に通常モンスターよりも強く、特筆するべき点として、魔石以外のドロップアイテムを確実に落とすという特徴がある。
ドロップアイテムは高値で取引される。なにより、ボスモンスターの魔石は通常のモンスターより大きく質の良いものが多い。ある意味でボスモンスターは大きく稼ぐために狙うためにはリスクもあるが、リターンも大きいモンスターだった。
「いや、行けるわ。アニスの剣の腕も悪くないし、シエルは地図を一度も見ずに第一層を突破した。この調子なら第六層までたどり着ける」
「というか、かなり急がないとその距離の日帰りは無理だぞ」
しかし、カイニスはロキの発言も突き返した。しかし、シエルはカイニスの発言にさらに苦言を呈する。
「パーティーリーダーはあたしよ。ボスモンスターも環境もちゃんと調べてある。知らない層に挑戦するわけじゃないの、大丈夫よ」
しかし、カイニスは自信があるように胸を張って宣言した。その緑色の瞳は野心のためか、ランランと輝いていた。
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