第21話 幕間2 ダンジョン前の腹ごしらえ

「じゃあ、早速ダンジョンに……」


 アニスが調子よく言いかける。


 グウウゥゥーー。


 盛大に鳴るお腹の音。当然、その方向に視線が集まる。アニスの顔が赤くなっている。


「その前に、昼飯ですかな」


 ロキが笑いながら言った。確かに、時間は正午を回っていた。


 一行はギルド本部を出て大通りを進む。先頭にはカイニスが歩いている。シエルはローブのフードを被りなおした。


「いい店があるのよ。教えてあげる」


 自信気にアニスに話しかけるカイニス。アニスも興味津々に瞳を輝かせている。

 そんな女性陣を眺めながら、シエルとロキの男性陣二人は言葉を交わしていた。


「しかし、本当にパーティーを組んでよかったのですかな?」

「……よくない」


 シエルの顔は厳しい。けれど、ローブの中からその紺色の瞳をロキに向け、重ねてこう言った。


「でも、アニスが変な目に遭うよりはましだ」

「はっはっは。仲がよろしいのですね」


 その言葉に、シエルは思わず言葉を返してしまう。


「昨日会ったばっかだよ」

「ほう?」


 興味深そうな顔をするロキ。サングラスをかけている割には聞き上手のようだった。


「アニスは、昔組んでいたパーティーメンバーの妹なんだ」

「それはそれは」

「でも、あいつの兄貴はもう死んでいて」


(──俺だけが生き残った)


 その言葉は音にならずに虚空へ消えた。口は真一文字に閉じられる。シエルの顔が曇る。だんだんと視線は下に向いていく。知らず、シエルの空色の髪が横顔にかかった。

 そのシエルの様子を見て、ロキは空気を変えるように快活に言った。


「シエル殿の昔の話だけでは不公平でしたな。では、拙僧らの昔のパーティーメンバーの話でもしましょうか」

「は?」


「いやはや、拙僧らの元パーティーメンバーはなかなかの問題児でしてな」


 シエルのあぜんとした顔もなんのその、とばかりに話し始めるロキ。

 やれ、酒樽を丸々開けただの、無類の刃物マニアで稼ぎの大半を刃物に突っ込み金銭的にもスペース的にも部屋に住めなくなっただの、故郷の村の幼馴染に逆プロポーズされただのとにかく機関銃のごとく、ロキは話始めた。


 シエルはその話の隙間に言葉も入れることすらできずに相槌を打ち続けた。

 そんなロキの一方的な話に興じていると、


「ついたわよ」


 一足先に足を止めたカイニスは自信満々に言った。目の前には白い漆喰と木組みの窓で作られた開放的な様子の店。入口の間口は大きく開かれ、のれんが掛かっている。

 そして、入口の上には大きく、


「ここがあたしの。巨人の台所亭、よ!」


 カイニスの呼んだ通りの「巨人の台所亭」と書かれた大きな看板が掲げられていた。


「おや、カイニスじゃないか」


 巨人の台所亭に入ると、カイニスに話しかける女性がいた。体格はふくよかで、黒髪を団子にしてまとめている。エプロンをつけているところを見るに、この店のウェイター係なのだろう。


「こんにちは、おかみさん。今日は新しいパーティーメンバーを連れてきたの」


 自慢げに話すカイニス。それを受けて女性は言った。


「へぇ。そういえばこの前、一人田舎に帰るとか言ってたね」

「そうそう。新しい子は女の子なんだ」


 カイニスと女性の二人の会話が弾んでいく。しかし、その会話にロキが待ったをかけた。


「おかみ、そろそろよいか?」

「ああ、そうだったね。ささ、空いてる席に座った座った! 私の名前はリズ、この巨人の台所亭のおかみだ。さあ、何が食べたい?」


 四人はリズによって席に案内されて、メニューを渡される。メニューには、ステーキや唐揚げなどボリュームのあるメニューが多く書かれていた。店の中にいるのも冒険者と思しき客が多い。おそらく、冒険者向けに店を構えているのだろう。


「あたしは、いつも通り唐揚げ定食」

「拙僧、今回はステーキセットで頼み申す」


 カイニスとロキは早々に注文を済ませた。


「二人はどうするんだい?」


 二人の注文を受けた後、リズがシエルとアニスに聞いた。アニスは唸りながら悩んでいる。シエルは黙ってメニューを眺めている。

 しばらくして、シエルが口を開いた。


「俺はこの迷宮ザクロ盛り合わせで」

「はぁ? これから迷宮に行くのよ。あんなやつを、しかもそれだけで足りるって言うの?」

「最近そんなに腹に入らないんだよ。あと普通にうまいだろ迷宮ザクロ」


 シエルの注文にカイニスが文句を言う。しかし、長年の引きこもり生活で活動量が低下していたシエルは食欲が落ちていた。がっつりとした肉を満腹まで食べたのなら、胃もたれや吐き気は確実だった。そうなればもはや、迷宮探索どころではない。

 それに、シエルは魔法薬作成の折に魔法薬素材用の迷宮ザクロを摘まんでいたので、そこそこ好きな果物でもあったのだ。世間では好き嫌いがだいぶ分かれる果物だが。


「わたしは、カイニスと同じ唐揚げ定食にしようかな」

「あいよ。唐揚げ定食が二個。ステーキセットが一個に、迷宮ザクロ盛り合わせ一皿だね。迷宮ザクロはすぐ出せると思うよ!」


 全員の注文を受けたリズが厨房に入っていく。それを見送った後、アニスはシエルに聞いた。


「ねえシエル、迷宮ザクロって何?」


 わたし、初めて聞いたんだけど、と続けるアニス。その質問にシエルは答えた。


「迷宮原産のフルーツだよ。見た目は、普通のザクロと違って白いけどな」

「あと、味も結構ばらつきがあるわ。あたしは渋いのに当たってからは食べてないけど」


 渋い顔をしてカイニスが情報を付け足す。


「カイニスは渋い食べ物や苦い食べ物が苦手ですからな」

「ロキ! ……第一、同じ身なのに味が全然違うのが悪いんじゃない。甘い実の隣の実があんなにしっぶいなんて聞いてないわよ!」

「まあ、運試しやくじ代わりに使う冒険者もいるくらいですしなぁ」


 ロキの茶々にカイニスが文句をつける。


「ほら、迷宮ザクロの盛り合わせだよ」


 そうこう言っているうちに迷宮ザクロの盛り合わせがやってきた。普通のザクロとは異なり、白い表皮に覆われている。冒険者向け食堂の盛り合わせであるためなのか、皿の上には手のひらよりも少し大きいくらいの迷宮ザクロが五つも載っていた。


「これが、迷宮ザクロ?」

「そうだよ。一粒いるか?」


 アニスに聞かれて、シエルが勧めた。

 話しながらも手で器用に迷宮ザクロを割るシエル。迷宮ザクロは魔法薬の素材にも使われるため、シエルにとっては慣れた作業だった。

 迷宮ザクロの中身は薄桃色をしていた。普通のザクロと同じように中にはぎっしりと身が詰まっている。しかし、迷宮原産ゆえなのか同じ身の中の粒であっても、驚くほどに味が違うのがこの迷宮ザクロの特徴である。


「ほれ、多分甘いぞ」


 そう言ってシエルはアニスに迷宮ザクロを一粒手渡した。ぱくり、と食べるアニス。


「ほんとだ。結構おいしいんだね」


 黙々と食べ始めるシエル。一粒一粒じっと見つめながら食べる姿は、宝石商が宝石を鑑定する姿に似ていた。


「そんな、甘いだなんて偶然でしょ。迷宮ザクロは外から見てもぜんぜん味が分からないって冒険者は皆言っているのよ?」

「いや、よく見れば分かるぞ」


 カイニスの言葉に、黙って食べていたシエルが答える。


「はぁ!?」

「おやおや」


 驚くカイニスとロキ。シエルはその様子を見て、いくつかの迷宮ザクロを皿の上に並べた。


「多分これが甘い。それでこれが苦い。これが酸っぱい。これが渋い」


 並べた迷宮ザクロを一つ一つ指さしていくシエル。そのよどみのない口調にカイニスとロキは顔を見合わせた。


「食べてみてもよろしいかな」

「ああ、その皿の上に並べたやつは構わない」


 ロキの質問にシエルが答えた。


「ふむ、たしかにこちらは甘いな。んむ、これは苦い」

「そんなの偶然でしょ。──すっぱぁ!」


 律儀にシエルが指さしていった順に食べるロキ。それを横から一粒かっさらっていったカイニスはものの見事にシエルが言ったとおりの酸っぱい粒を引き当てた。


「なんで味が分かるのよ、シエル!」


 カイニスがシエルに問いかける。よほど迷宮ザクロが酸っぱかったのか、その顔は口をすぼめている。


「魔法薬の素材にも使うからな。品質管理の一環で試したことがある。微妙な違いだが、見た目によって味の傾向や向いてる魔法薬とかも変わってくるんだ」

「あんた、いったい何個調べたのよ」


 そんなシエルの言葉に呆れたように聞くカイニス。


「知らん。少なくとも箱で二十個以上?」

「馬鹿なの?」


 思わずツッコミを入れるカイニス。


「唐揚げ定食二つおまち! ステーキセットもすぐ来るからね」

「うむ、かたじけない」


 話しているうちに他の料理がやってきた。そうして、臨時パーティ四人は巨人の台所亭で昼ご飯を済ませるのであった。

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