第28話 政略結婚 夫に言えない妊娠

政略結婚 夫に言えない妊娠


「わかったわ。グユウさんには秘密にする。妊娠は・・・兄上が帰って落ち着いたら話すことにするわ」


昼間はエマに誓えた。

けれど、夜になると落ち着かなくなる。


寝室のベットの中でシリは深いため息をついた。

シリは秘密を抱えるのが得意ではなかった。

疑問に思う事は何でも口にしていた。


でも、今回の妊娠に関しては・・・真実を口にするのは賢いことではない。


(秘密にする・・・兄上とのあの夜のことは誰にも言わずに生きていく)

布団を握りしめた。


(グユウさんに嫌われたくない)

覚悟を決めたのに涙がどんどん出てくる。


(私はどんな顔でグユウさんに妊娠を告げれば良いのだろう。

グユウさんに秘密を抱えながら笑って過ごせるだろうか)

何もかも元に戻らない気がして胸がヒリヒリした。


廊下の方から足音が聞こえたきた。

(グユウさんだ!)


明日にはゼンシが来城する。

グユウは領主として朝から夜遅くまで家臣達と会議をしていた。


無理もない。

ゼンシと共に家臣が30名ほどくるのだ。


狭いレーク城で皆が心地よく過ごせるように工夫をしないといけない。


シリは慌ててベットに潜り込んで寝たふりをした。


ベットに入ったグユウはシリの顔を覗き込み、シリの前髪をたどたどしく梳いていく。

寝ていると思っているらしい。

「シリ・・・」

優しく呟いておでこに口づけをした。


口づけ後にグユウは横になり寝てしまった。

おでこに触れて、ひっそりとその熱の名残を確かめる。


グユウの清涼な木のような香りにホッとする。

(グユウさんは優しい。その優しさが辛い・・・)


規則正しいグユウの寝息を聞きながら、シリは眠れなかった。


ーーーーーーーーーー


強い太陽の光で目を覚ます。

いつの間にか眠っていたようだ。


早朝にも関わらずレーク城はゼンシを迎えるために慌ただしい。

グユウは鍛錬に行っているようで寝室はシリだけだった。

(支度をしなくては…)


今日はゼンシが来るので普段着という訳にはいかない。


ゼンシが何時頃に来城するのかは不明だ。

いつ訪問があっても良いように身なりは整える。


暑い日なので白く薄いローンのドレスにした。

裾にいくにつれ淡い紫色の刺繍が施されている。


エマが髪は高く結い、そこにグユウからもらった淡い光を放つピンクの飾り櫛つけてくれた。


鏡で自分の姿を見る。

(ピンク色、似合うかもしれない)


食堂にむかうとグユウは座っていた。


「遅くなりました」

長いドレスの裾をひきずりながら、シリがグユウの方に歩むとグユウの頬がサッと赤くなった。


髪飾りに目を向け優しげな目でシリを見つめる。


他人から見ればグユウは無表情に見えるのだろう。


でも、シリにはわかる。

グユウは何も語らない。

けれど、その表情、瞳を見るだけで十分だ。


「身体は大丈夫か」

「大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「そうか」



ゼンシに乱暴された後、シリは己の美しさを憎んだ。


醜くかったらゼンシはシリのことを思わなかっただろう。

美しい姿形があるから兄は魅きつけられた。


今は違う。


その美しさがあることが有難い。

こうして、グユウが嬉しそうな顔をしてくれるから。


心乱れず平凡な幸せを手に入れることが夢だった。


(この幸せ、手放したくない。絶対に秘密にする)

シリは覚悟を決めた。


窓を見張っていた家臣カツイが「ゼンシ様が来られます」と報告してきた。


食堂の空気がガラッと変わった。


「門の前に行く」

グユウは朝食もそこそこに玄関へ足を運ぶ。


「皆、迎えの準備をするように」

ジムが指示をした。


シリも行かなくてはいけない。

ノロノロと門にむかって歩く。


馬車が停まりゼンシが到着した。


懐かしい白と赤の旗が見える。モザ家の旗だ。


馬車から降りたゼンシは、

熟れた小麦のような金色の髪、青い瞳、背が高く痩せている。


その瞳は鋭く、攻撃的な光を湛えているが、

そこに立っているだけで独特のオーラが放たれていた。


ゼンシの外見に後ろに控えていた侍女達が少しざわめく。


奇抜なアイデアと強い闘争意欲、

有無を言わせず家臣を従わせる強引さと

家臣を従わせるカリスマ性を持つ兄。


門の前までグユウが迎えに行き深々と頭を下げる。

「兄上様 お待ちしておりました」


シリはグユウの両親の後ろに隠れるように立っていた。

隠れるように・・・と言ってもシリの身長の高さでは無理なこと。


それでも・・・今はゼンシに会いたくない。


グユウとの挨拶の後にゼンシが質問をした。

「シリはどこにいる?」

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