第42話「熱い男達」

 中国拳法の中には劈掛掌ひかしょうと言う拳法がある。


 腕をむちのように振り回して、遠心力で気血(血液)を手に集めて手を鋼鉄のように固くして相手に叩き付ける恐ろしい拳法だ。


 一説によると、劈掛掌の使い手が打ち下ろした殴打が、相手の頭部に命中すると頭部が胴体の中に埋まって絶命してしまうらしい。


 ヒョウと言う男は、元々は劈掛掌の達人だったが、独自に改良を加えて遠心力を使わずに両手に気血を集めて高熱を発する能力を獲得した。


 しかも、彼の武器は拳ではなく、指先で相手の急所を狙う貫手ぬきて


 その鋭さはナイフと同等で、彼の貫手は人体を簡単に貫く程の威力がある。


 しかも、灼熱蜂と似たような能力なので、超高速で貫手を連発できる。


 灼熱蜂とヒョウが対峙し、互いの体温が上がるのを待っていた。


 今から二人は、全力で戦う為に力を高めている最中なのだ。


「俺の思った通りだ。アンタは俺と同じで武器に頼らない。他の連中はすぐに銃火器に甘えるから努力を放棄するんだよな」


 ヒョウの言葉に、灼熱蜂も同じ思いになっていた。


「そうだな。俺は死んでも銃火器とは友達になりたくない男でな」


 灼熱蜂のセリフが開戦の合図だった。


 一秒間に250発ものジャブを放てる灼熱蜂の音速の拳とヒョウの貫手が激突した。


 拳と貫手の激しいぶつかり合い。


 激しいラッシュの嵐。


 普通に考えたら貫手の方が拳より弱そうに見えるが、ヒョウは努力で貫手を拳以上の硬さに鍛え上げたのだ。


 常人では視認不可能な二人の音速のぶつかり合い。


 まだ始まってから2秒しか経っていないのに、二人は一度間合いを離した。


(なんて男だ。俺の拳の速さに付いて来れるだけじゃない。ヒョウの貫手が一発でも胴体に当たったら俺は死ぬ……俺が死んだら斬華は泣くだろうな)


 まだ死ぬわけにはいかない灼熱蜂は、拳に炎を宿して第二ラウンドを始めた。


「ははは! 俺はなぁ、努力を否定する連中が大っ嫌いなんだ! お前なら分かるだろ灼熱蜂! アンタが、そこまで強くなるのに、色んなもんを犠牲にしてきただろ!」


 すると、ヒョウの貫手にも炎が宿った。


「そうだ、だが人生ってのは、失うだけじゃないさ」


 今度は炎の拳と炎の貫手、二つの努力の炎が音速を超えた速度でぶつかり合った。


 隙がない。いや、お互いに隙を全て潰して、今日まで生きてきたんだ!


 二人の戦いが始まってから、まだ5秒。


 この時点で二人とも燃え尽きる覚悟で死力を尽くしていた。


 刹那、本当に刹那だった。


 灼熱蜂、ヒョウ、二人に僅かな隙が生まれた。


 両者は、その刹那の隙を逃さなかった。


♡♤♧♢


「ぜぇ、はぁ」


 灼熱蜂とヒョウが戦い始めてから、まだ10秒しか経っていないのに、決着が着いた。


「な、なぜ、トドメを刺さなかった?」


 ヒョウは片膝を付いて、灼熱蜂を見上げていた。


 勝者は、灼熱蜂だった。


 ヒョウの貫手を、ほんの数ミリ。


 それこそ紙一重でかわしたので、灼熱蜂の頬には、刃物で切られたような傷ができていた。


 それにカウンターとして、ヒョウのボディに重い一撃を叩き込んだ後に、渾身の右ストレートをヒョウの顔面で寸止めしたのだ。


「俺は殺し屋じゃない。お前を殺す理由もない。それに俺の酒を楽しんでくれた客を死なせたくない。それだけだ」


「は、ははは! 本当に甘い男だな……良い一撃を貰った。アンタの拳からは、アンタの努力が伝わってきたぜ……良いぜ、俺の負けだ。後はパンダに任せる、アイツは大切な妹分だからな」


 そうして、ヒョウは満足気に大の字に倒れた。

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