第14話
「コトコ・シラツチというのはお前か?」
言葉遣いは尊大だが、声音には親しみやすさがある。
すでに教室へ入りつつある先頭集団から、ひょっこりと飛び出してきたのは、金髪に金目という派手な外見の男子生徒だった。
名指しされて、古都子はきょとんとする。
ホランティ伯爵から忠告されていたのを、晴臣に会えた興奮ですっかり忘れていた。
「はい、私です」
「ふ~む、異世界人というのは、幼い顔付きをしているのだな」
不躾にジロジロと顔を眺められ、いい気持ちはしない。
そんな古都子を護るように、晴臣がさっと前に立ちふさがる。
「お! コトコにも護衛がついているのか? さすが、希代の土使いだ!」
なぜか手を叩いて喜ばれる。
状況が分からず戸惑っていると、男子生徒の後ろから助けの手が差し伸べられた。
「ミカエル、名乗りを忘れているわ。コトコさんを困らせては駄目でしょう」
こちらも同じく、美しい金髪と金目の持ち主で、並ぶとふたりの面差しがよく似ているのが分かる。
「あ、もしかして……」
「ごめんなさいね、私はソフィア、こちらは弟のミカエル。どうぞよろしく」
双子であるのが分かると、さすがに古都子も思い出す。
慌てて晴臣の後ろから出て、頭を下げた。
「王女殿下、王子殿下、失礼しました」
「もっと楽にしてちょうだい。それに、悪いのはミカエルだわ」
「俺の顔を知らないなんて、本当に異世界人なんだな」
おかしそうに笑っているミカエルに、悪気はなさそうだ。
「俺のことは、ミカエルと呼んでくれ」
「私のことも、ぜひソフィアと」
双子の王族にそんな無理を言われて、古都子は恐縮するしかない。
「では、ミカエルさまとソフィアさまと、呼ばせてもらいます」
「呼び捨てにしても、いいんだぞ?」
ミカエルが無茶を言う。
教室からこの様子を窺っている貴族の令息令嬢たちが、苦虫をかみつぶした顔をしているのが古都子には見える。
ここで頷く蛮勇はしない。
しかし、いい断りの言葉も浮かばない。
困り切った古都子の後ろから、涼やかな声が通る。
「どうした? みんな、教室へ入りなさい」
高い位置から聞こえた声の持ち主は、ユリウスだった。
助かった。
古都子は、双子の王族へ頭を下げると、晴臣と一緒に教室の入り口へと向かう。
じっとりとした妬みの視線が絡みつくのを感じながら。
(あ~、やってしまった。ホランティ伯爵から教えてもらっていたのに)
結月に続いてミカエルまでも、古都子の安寧な学園生活をおびやかす要素となった。
(まだ初日なのにな。……きっと絡まれやすい星の元に生まれてるのね、私)
この世界へ飛んできて、前よりも腹が据わるようになった古都子は、いろいろ諦めることにした。
◇◆◇
「なによ、あれ。白土さんのくせに、生意気だわ。黒柳くんだけでなく、ミカエルさまとも仲良しだなんて」
整えられた爪を噛んでいるのは、泉リリナだ。
ハーカナ子爵家の養女となったリリナは、なるべく王家の双子と仲良くなってくれと、両親から念押しされている。
ゆくゆくはそれが、リリナの地位も押し上げると分かっているから、やる気を見せていたのだが。
「初っ端から出鼻を挫かれちゃったわ。あの地味顔の、どこがいいのよ?」
日本より彫りの深いこの世界でも、リリナの可愛さは健在だった。
ハーカナ子爵によって、すでに社交界へのデビューも済ませているが、取り巻く男性には事欠かない。
この調子なら、ミカエルを落とすのも、難しくないとリリナは思っていた。
それなのに――。
「目障りね。またいじめて排除してやろうかしら」
すでにリリナは、下位貴族の令嬢たちをまとめ、そのトップに立っている。
それより上位の令嬢はみな、ソフィアの取り巻きだ。
孤立している古都子を嵌めるのは、簡単だろう。
「見ていらっしゃい。チヤホヤされているのも、今の内よ」
ほくそ笑んでいたリリナだったが、己が煽った結月の存在を忘れている。
リリナに対して目を光らせている結月が、ことごとく計画の邪魔をしてくるとは、このときは想像だにしていなかった。
◇◆◇
見えぬところでリリナと結月がしのぎを削っているとは知らず、古都子は晴臣との学園生活を満喫していた。
ちょいちょいミカエルから声をかけられ、そのたびに妬みの視線を浴びるが、今のところ表立った被害はない。
いつも隣に晴臣がいるから、古都子に何かを仕掛けられないだけかもしれないが。
「晴くん、今日も一緒に帰ろう」
「ん」
魔法学園と学生寮の間には、遊歩道がある林があって、生徒たちはいくつかのルートを通って行き来をしている。
そのルートの途中には、休憩もできるベンチが設置してあり、古都子と晴臣はその日に習ったことを、ここへ座って復習していた。
「晴くんはまだ、魔法が発現していないんだよね?」
「異世界人は、こちらの世界の貴族や王族と違って魔法がない世界にいたから、感覚がつかみにくいんだってユリウス先生に言われた」
晴臣はこの世界に飛んできてからも、魔法がつかえない兵士たちに囲まれて、過ごしていたという。
おかげで剣はつかえるが、いまだ己の魔法がどんなものか、分からないのだそうだ。
ホランティ伯爵から魔法を見せてもらって、なんとなくイメージができた古都子は運が良かったのだ。
「私が魔法をつかってみるから、見ててね。土魔法だから、ちょっと地味だけど」
そう言って、古都子は意識を、足元の土に集中させる。
(晴くんのために、どんな魔法をつかおう。ホランティ伯爵は、私に風が渦巻く姿を見せてくれたけど、私は無から有を生み出すことは出来ない)
しばらく考えてから、古都子はきゅっと口角を持ち上げた。
そして林の土に気持ちを伝える。
(晴くんに、雲母の道を見せてあげて。綺麗なキラキラが、たくさん集まった姿を)
すると、じわじわと、地中で何かが集合する気配がする。
「っ!」
隣に座る晴臣が、息を飲んだ。
林に続く遊歩道が、白く輝き出したのだ。
古都子の願いに応じて地表に出てきた雲母は、パールのような柔らかい光沢を放っている。
「全然、地味じゃないよ。古都子の魔法、とても綺麗だよ」
「私がフィーロネン村を旅立つとき、その地の土たちが、こうやって祝ってくれたの」
「すごいな。土と意思疎通ができるの?」
「なんとなくだけどね」
それから、古都子がホランティ伯爵から聞いた魔法に関する話や、田んぼを耕してレベル上げを頑張った話をした。
「魔法は誰かのためにつかうもので、繰り返すことで、魔法も本人も強くなるのか……剣と一緒だな」
「だから発現さえすれば、そこからは自主練ができるんだよ」
一年生の中で、魔法が発現していないのは晴臣だけだ。
これから授業でも魔法をつかい始めるから、なるべく早く発現させたい、と晴臣が願っているのを古都子は知っている。
「私は蕪を抜きながら、土が柔らかくなったらいいのにって思ったの。おそらくだけど、魔法っていうのは何かを願ったら発現するんじゃないかな?」
「何かを願う……」
晴臣が木々の間から空を見上げた。
古都子はその真剣な表情にドキリとした。
「ずっと願っていた。古都子に会いたいって。こうやって空を見ながら、きっと同じ空の下にいると信じていた」
哀愁を含む声が、風にのって古都子の耳に届く。
「そうしたら、目の端に何かが映った。ずっと気のせいだと思っていた。でも……」
晴臣の目が、古都子を射貫く。
「もしかしたら、それが俺の魔法だったのかもしれない」
「きっと、そうだよ!」
古都子は前のめりになり、目を輝かせる。
そして晴臣の言葉の続きを待つが、その口は閉ざされたままだ。
どうしたのだろう、と古都子は首をかしげる。
「晴くんは、何を見たの?」
「……幽霊」
「え?」
古都子の顔が青ざめる。
ホラー系は苦手なのだ。
だから晴臣は一度、口を閉じたのか。
「古都子の、幽霊を見た」
「わ、私の……?」
温かい春の陽気に包まれていたはずが、晴臣の台詞で一気に冷えた。
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