第4話 治安部隊

さっきの魔族の仲間か? ──とっさに身構えたリュウにむかって、


「怪しいヤツめ! さては魔族のスパイだなっ!」

「えっ……?」


相手はいきなり切っ先を突きつけてきた。

すぐにロビーから「どうした!?」という声がして、目の前の兵士は剣を握ったまま「おぅい! こっちだっ!」と返した。

ゾロゾロと仲間がホールに駆け込んできた。

怪しいのはそっちだろ、と言い返すヒマもないうちに、リュウは三人の兵士に囲まれていた。


(こいつら……どこかの雇われ兵かな?)


イヤな予感がした。

いわゆる傭兵と呼ばれる連中のほとんどが、荒くれ者や乱暴者ばかり──という先入観は、この世界にあっては、あながち偏見とはいえない。犯罪者同然のならず者も少なくないというウワサ。

しかし、三人の連携された動きを見ると、よく訓練された正規兵のようでもある。

結局どういう連中なのかよく分からない。

三人は油断なくリュウとの間合いをはかっている。

こういうとき、反抗する素振りを見せると逆効果だ。かえって疑いをまねくだろう……と、リュウはできるだけ従順な態度をとりつくろって、


「いやー、実は……道に迷ってしまって」


言ってから、われながらバカみたいな言いわけだと思った。

背後に回り込んでいた一人が、


「結界を破ったのはキサマか?」


長柄に斧をとりつけた物騒な武器をリュウの後頭部に向けながら言った。


「結界? ……何のこと?」

「こいつスッとボケるつもりか?」


そう言われてもリュウには何のことだか分からない。

兵士らはたがいに目くばせを交わした。重そうな胸当てをつけた一人が、


「この建物はまだ安全とは言えない。それゆえ入り口に結界をはって、一般人は立ち入り禁止にしておいたのだ。にもかかわらず、キサマはどうやって侵入した?」

「ちょ、ちょっとまって。俺は何も……」


リュウの脳裡に、さっき玄関で蹴つまずいたアナグマ(?)の置物が浮かんだ。


(あれかぁ……)


分かりにくい結界だ。


「フン! おぼえがあるようだな」

「いや、あのヘンな置物なら俺がここへ来たときにはひっくり返ってたよ! 俺はなにもあやしい者じゃなくて」

「自らあやしいとほざく魔族はいない!」

「でしょうね!」


客観的にみて、こんな廃墟ホテルをウロウロしている自分は確かにあやしい。

こまったことに、リュウ自身、それを言いわけできるほど口がうまくもないし、それを聞いてくれるほどの優しさが目の前の三人にあるとも思えなかった。

ダメだ話にならない──リュウは周囲に注意を向けた。ホールの奥に窓がある。突破できるだろうか? しかし、外にこいつらの仲間がいないとは限らない。


「おっと余計な動きはするなよ」

「だから俺は魔族なんかじゃないって。何度言ったら分かるんだ。っていうか、あんたらこそ何者なんだ?」

「おとなしくしてろ。いまそのウソをあばいてやる。なぁに、魔族をあぶりだす方法はいくらでもある。手っ取り早いのは逆さ吊りにして、鼻から油をそそぎこみ、尻にロクソクをたてて火をつける。たいていの魔族はすぐにボロを出す」

「んな芸当できるかっ!」

「こいつ抵抗するつもりか? 拒むとはますますあやしいやつ! やはりキサマ、魔族にちがいない!」

「めんどくさ! ファイラム──」


攻撃のための魔法を呼び出そうとして、しかし、リュウは思いとどまった。

本気で反撃すれば、こいつらを出し抜くのは簡単だ。だが、はたしてそれですむ話だろうか?

万が一、彼らがどこかの有力貴族につかえる家士だったら? かえって面倒なことになりかねない。

この街で平穏に暮らしたければ、兵士とのもめごとは極力さけるべきだ。

リュウが頭の中でぐるぐると考えを巡らせている時だった。


「なにを騒いでいる」


声がして、同時に兵士三人がハッと顔色を変えた。

リュウは入り口を振り返った。

ダイニングのドアに片手をかけて、細身のシルエットがこちらをうかがっている。


(だれだ?)


いつからそこにいたのだろうか。リュウはまったく気がつかなかった。

剣をかまえた兵士が緊張した声で、


「侵入者です、隊長!」


すかさず胸当ての一人が、


「こいつ、魔族ですよ」


「へっ。道に迷ったなどとほざいていますが、すぐに化けの皮をはがしてやりまさぁ」


長柄斧の一人が乱暴に言い放った。

隊長と呼ばれたその人物からは、なんら答えがかえってこなかった。無言のままホールに入ってくると、まっすぐリュウの目の前までやって来て、


「名前は?」


さりげない質問だった。リュウはつられて、


「メイレイン。……リュウ・メイレインです。あの……そちらは?」


隊長は片手をあげて、いきりたつ兵士たちを制止した。


「われわれは有志で市内の見廻りをしているものだ」

「ゆうし?」


いまいち状況がのみこめない。


(このひとが隊長?)


リュウは意外な気がした。荒っぽい兵士三人の上司にしては、みょうに身ごなしが落ち着いていて、武骨さのカケラも感じさせない。細身の剣を腰にさげ、ごく軽装で、長い髪をケープの上に垂らしている。

隊長は平静とした声で、


「聞いてのとおり、ここは立ち入り禁止でね。……その顔は信じていないようだが、まずはこちらの質問に答えてもらおう。こんな廃墟で何をしていた? 迷子らしいが、本当のところはどうなんだ? メイレイン」


リュウは警戒レベルを最大まで引き上げた。

この隊長とやら、あきらかに他の三人とはちがう。一言でいえば、隙がない。

この世界の魔法使いには、一種の勘のようなものが身についていて、リュウのその勘が、油断するなと警告を発している。

リュウは慎重に言葉を選びながら、


「無断で入り込んだのはお詫びします。実はその、この街へ来て半年ほどなんですが、今、ねぐらにしている場所がせまくて……どこかに住みやすそうな家はないかと探してました」

「なるほど」


隊長はリュウの回答にあまり興味をひかれなかったらしい。表情を変えずに、ふと視線をずらして、


「その首に下げているのはなんだ?」

「えっ? あ、これ……」


リュウはシャツの下からペンダントをひっぱりだした。兵士らは身構えたが、リュウは無視した。大事なものだったが、素直に隊長の手にわたした。


「ファザリア工房か」


隊長は手の中でそのペンダントをくるくる回しながら、それとなくリュウと見比べている。

かえって疑いを濃くしただろうか? ──リュウはあやぶんだが、意外にも隊長は首を傾けて、


「ファザリアの魔法使いには、以前世話になったことがある。近ごろ亡くなったと耳にしたが……名はなんといったか……」

「師匠のお知り合いですか?」


ファザリア工房でリュウの見知っている魔法使いといえば、ザイファーと師匠の二人しかいない。

その師匠が、魔族におそわれた市民を助けようとして、身代わりの犠牲となってしまったのは、つい三ヶ月ほど前のことだ。


「そのペンダントは、ダムサント師匠の形見です!」


すると、隊長はようやく本心から驚いた様子で、


「そうか……。ダムサント師に弟子がいたとはな」

「盗品に決まってますよ」


部下のひとりが反発するように言った。リュウはムカっ腹をかろうじてこらえた。

隊長はニヤリとして、


「気を悪くしないでもらいたい。これもわれわれの仕事でね。魔族は誰にでも化ける。それゆえ、君がそうでないという可能性も否定できない。……証明できるか?」

「証明?」


ペンダントを盗品だと言われては、他に証明しようもない。が、リュウはすぐに隊長の意図するところ理解して、うなずいた。

集中して、記憶を呼び起こす。


「ファイラム、血と精神の賜盃たる証」


それは『紋章魔法』と呼ばれる。

契約している魔法書の紋章を描き出す、ただそれだけの魔法だ。

かつて、リュウは師匠にたずねたことがある。そんな魔法が魔族との戦闘でいったい何の役に立つのか? と。

そのとき、ニコニコと笑う師匠の答えは「とくに無い」だった。

しかし、師匠はこうも言った。


「別名を『自己証明の魔法』ともいう」


魔法使いの工房には、それぞれが正統とみとめる魔法書が存在する。

となれば、自分が契約している魔法書を相手に示すことで、その工房のメンバーであることを証明できるわけだ。

ファザリア工房の正統魔法書ファイラムにえがかれた紋章が、流星のような光跡をまとって、リュウの周囲に輝き始めた。

そして、またたくまに消え去った。

残ったのは微妙な空気──本心は認めたくないが、事実は否定しようもない、そんな感情が兵士たちの間にわだかまっている。

隊長だけは冷静で、ペンダントをリュウの手に戻した。


「解放してやれ」

「た、隊長!」


リュウはムカムカしてきたた。いったい、この下っ端兵どもは何の文句があってこうまで自分のことを疑うのだろう。


「せめて連れ帰って、査問にかけるべきです」


部下の一人がつめよると、隊長は笑い出した。


「やめておけ。こちらの魔法使いどのが杖を抜かなかったのは、お前たちへの思いやりだぞ。ぬけば、三人とも無傷ではすむまい」


同意を求める視線がリュウに向けられる。


「か、買いかぶりですよ」


リュウはひどく汗をかいていた。

隊長は口ではそう言っていても、目つきは鋭いままだった。リュウのことを完全に信用したわけではない、そんな目をしている。


「そうそう、名乗りがまだだったな。わたしはイリス・ゼナキス。この地区の治安部隊を一任されている。部下の非礼はわびよう。メイレイン。しかし、あぶないことをしているな。いかなファザリアの魔法使いでも、ひとりでこんなところをウロウロするのは、いささか己の力量を過信しすぎているのではないかな?」

「き、気をつけます」

「まったくだ。君はあまり気にかけていない様子だが、最近の魔族は兵士に紛れ込んでいることも多い」

「……あなたが、その可能性もあると?」


リュウは思わず隊長を見返したが、すぐに冗談だとわかって胸を撫で下ろした。

しかし、隊長は笑わなかった。感情をおしころした声で、


「それだけではない。魔族というものは、いとも簡単に人の心に忍び込んでくる。秘めた欲望をかりたて、破滅にむかって人を走らせるのだ。あやつられていることに、当人はまったく気がつかない。君が、あるいは我々のほうかもしれないが、この場所へ来たことが、そのせいでなければいいのだがね」

「ご、ご忠告いたみいります」


うなずいたイリス隊長の合図で、三人の兵士は囲みをといた。




その後、リュウはどうやってホテルの外へ出たのかよく覚えていない。

いくつか路地を足早にとおりぬけた後で、ようやく立ち止まり、ふりかえった。

街並みのずっと向こうにたたずむ三角形のホテルを見て、汗をぬぐうのも忘れてホッと息をついた。

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魔都の空白 はろば郎 @raphanus

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