魔都の空白

はろば郎

第1話 プリムラの姉妹

「ねぇさん! あいつってば、また来てる。毎日毎日、そうとうヒマなヤツ!」

「ジェナちゃん、声がおおきいわ」


カウンターごしに、よく通るヒソヒソ声と遠慮のない視線を投げかけてくる店員が二人。


(聞こえてますよ……)


リュウ・メイレインはうつむき気味に、モソモソとトーストをかじりながら心の中でつぶやいた。

ここは、魔都ネブラェ・クレイタ。

その奪還区の一角。

『プリムラ』はレストラン……なのか、ビストロなのかカフェなのか、なんなのか? リュウにはいまいちよく分からないけれど……古びて壊れて雑然とした街区の、裏通りにひっそりとたたずむ、こぢんまりとしたお食事処だった。

場所も場所なら、そのすこぶる目立たない店構えのせいで、リュウは今までに自分以外の客を見かけたことが一度もなかった。

いつも閑散としたこの小さな店で朝食をとることを日課にしているリュウだったけれど、店員からは、何もしていないヒトと思われているらしい。


「だってねぇさん、ぜったいにおかしいわよ。この街のどこを探したら、あんなヒマな人間がいるっていうの? 毎朝、お店が開くのと同時にふらふら入って来て、何を考えているのか知らないけど、お昼近くまで、ああしてぼんやり座って……」

「シーッ! ジェナちゃん、お客様に聞こえたらどうするのっ?」


ばっちり聞こえてますよ! ──リュウはなぜか申しわけないような気分で、ホットのハーブティーをすするのだった。


(気にしない。俺は気にしないぞ)


でもやっぱり、誤解(?)されるのはイヤだった。

リュウはごそごそと、内ポケットからなにやら不格好におりたたまれた紙切れを取り出した。パンくずの散らばった木皿をおしのけて、紙切れをテーブルの上で広げてゆく。

ヒソヒソ声がわずかに小さくなる。


「ほら、ちゃんとお仕事されてるわよ」

「そう? なーんか、しらじらしいのよね。すごくとってつけたような感じがするんだけど。ただのフリじゃない?」


何を言われようとも、リュウは心を無にしてひろげた紙にじっと視線を落とした。

そこに描かれているのは地図だった。この街の地図だ。


(さすが、リグス大陸随一の大都市)


色あせた線が、複雑に入り組んで、紙の端から端までいっぱいに埋め尽くしている。これでも奪還区のほんの一部分だ。魔都の全容となると、とてもこんな紙切れ一枚で間に合うものではない。

リュウは、たとえフリだとしても、見ているうちにだんだんと引き込まれてゆく。奪還区といえど、足を運んだことのない場所はまだまだ多い。


(ラスミカ通り……。このでかい建物はなんだろ?)


三方向を路地にかこまれた三角形の建物だ。教会かな? と、地図に顔を近づけたその時。


「きゃーっ!」


悲鳴は店の入り口からだった。

とっさに顔をあげたリュウの目に、おびえた表情を浮かべる店員二人が見えた。

彼女らの足元に、妙に長くて妙に重量感のある物体がうごめいている。物体はカウンターの下をくぐりぬけ、ノソノソとこちらへ近づいてくる。

リュウは眉根をよせた。


「なんだ? あ……!」


ファイアミストドラゴン。いわゆるサラマンダーの近縁種──といえば聞こえはいいが、ほぼでかいトカゲである。その爬虫類型モンスターのパペットみたいな口がパカっとひらいて、


「メイレイン、こんなところにいた!」


トカゲがしゃべったー! ──と、二人の店員はさらに驚いた様子だったが、リュウはむしろ警戒を解いたのだった。

これはもちろん、トカゲがしゃべっているわけではなくて、トカゲを使している主人の魔法使いが、トカゲの声帯を通して語りかけているのだ。

リュウは空になったティーカップを持ち上げて、


「ザイフィー、朝メシ食ったばかりだぜ」


するとトカゲは愛嬌たっぷりに瞳をくるくるさせて、


「わーるい、わるいっ。でも、急ぎなものでね。こんな姿で失礼するよ。こちとら二日前から、戦闘区のキャンプに泊まりっきりでさ。絶賛、支援活動中なんだけどさっ。部隊が足止めをくらっていてね。ちょいと苦戦中さ」

「また回復石?」

「とても数がたりなくてねー。というわけで、いそぎでたのむよ!」

「だけど、ここには魔石が……」

「もってきた!」


トカゲの長いシッポがピョンと反り上がった。ポシェットが巻きつけてある。




ポシェットの中身は、大ぶりな魔石のルースが十個ほども入っている。

火水石、それからマーメイド・マゼンタ。いずれも回復系の魔石種だ。

これら魔石に治癒魔法を注入することで、効果を温存し、回復アイテムとして使用できる。


「上級魔法の使い手が少なくてさ。解毒と、あと解呪系もね! こたびのミッションは伯爵家の後押しであらせられるから、報酬は心配しなくていいよー!」

「はい、はい」


トカゲのおしゃべりは、リュウの耳を右から左へぬけてゆく。

回復石は品質第一である。治癒魔法の注入は、地味に見えてけっこう神経をすり減らす作業だ。

間近でベラベラと喋られると、実際、ちょっと迷惑だった。


「こんなものかな」


一時間ほどかけて、十個分の魔石に治癒魔法を満タンまで注入したリュウだった。


「さっすがメイレイン! 手際のよさは折り紙つきだねっ!」


ザイフィーの使い魔トカゲはホクホクとした足取りで去っていった。


「やれやれ。こんなところで仕事するはめになるとはね」


はーっ、とリュウは息をついた。


「おー! きゃー! くー! さー! まぁー!?」

「うわっ!? びっくりした!」


便秘にもだえるアンデッドみたいな声が背後からわきあがり、リュウはイスから転げ落ちそうになった。

ふりかえると、店員のひとり(ジェナちゃん、とか呼ばれているほう)が魔神のようなポーズで自分をにらみおろしている。


「……なに?」

「なに? じゃないわよ! あんたいったいどういうつもりっ!?」

「えっ?」

「お店の中にモンスターを連れ込むなんて、非常識だと思わないの!?」

「ええっ?」


リュウはハッとして、あわてて否定するように頭を振った。

さっきのトカゲは自分が呼び出したわけではない。トカゲが勝手に押しかけてきたのだ。


「いや、さっきのは……」

「いいわけは聞きたくないわ。あんたのせいでお店の床が足跡だらけよ! なんかベタベタしてるしっ! いったい誰が掃除すると思ってんの! 言語道断だわ! もうあんた出入り禁止!」

「えええっ!?」

「さっさと店から出て……ふがっ!」


もう一人の店員(ねぇさん、と呼ばれているほう)が華奢な手でジェナの口をふさいだ。


「ジェナちゃん! だめ!」

「ふがが……ねへはん、てほはなひてっ!」

「あなたお客様になんてこと言うの! あやまりなさいっ!」

「ふががっ! ……へもっ、でもっ!」


もめている。

リュウは次第にもうしわけない気分になってきた。

悪いのはザイフィーだ。でも、自分にも非がないとは言えない……かもしれない。


「さっきのは、知り合いが使い魔にしてるトカゲなんです。俺がこの店にいるとあたりをつけて、押しかけてきたんだと思います。でも、悪かったです。すみませんでした。知り合いにも注意しておきます」


リュウがびると、ねぇさん店員のほうが驚いて、


「いいえ! こちらこそ妹が失礼なことを言って、ほんとうにごめんなさいっ! どうか、このコの言ったことはお気になさらないでください!」


恐縮しきりでペコペコ頭を下げている。


「いえ、気にするなんてそんな……」


すると妹のジェナがまた横ヤリを入れてきて、


「ねぇさんってば、あますぎるのよ。こんなマナー違反を放置してたら、店の雰囲気がわるくなるばかりだわ。モンスターがうろついてる店なんてウワサがひろまったりしたら、客なんて誰も来なくなるに決まってるわ」

「この人が来てくれなかったら、誰も来ないじゃないの」


リュウは心配になってきた。この店がなくなったら、いったいどこで朝メシを食べればいいのか?


「あの……雑巾あります? それかモップか」


リュウは床にならんだ足跡を目で追った。

ねぇさん店員は頭を横にふって、


「いいんです。こちらで掃除しておきますから」

「そういうわけには……。迷惑かけたのは俺のほうだし……」

「いいえ! 迷惑だなんて、そんなことおっしゃらないでください。いつもお店に来てくださって、本当に感謝してますわ」


リュウの涙腺は崩壊しそうだった(しなかったが)。

すると、ジェナがプイッとそっぽを向いたまま、


「ねぇさんはヒトが良すぎるのよ」


ボソリとつぶやいた。


「そんなだから、占星方位学的に最高の立地だとかなんとか、うまいこと言いくるめられちゃって、こんな場所でお店をだすはめになったんだわ」


気まずい空気がただよう中、ねぇさんのほうは無理に声を明るくして、


「そ、それはそうと、あなたも魔法使いでいらっしゃるのですね。ビックリしました」


リュウもつとめて明るい声で、


「え、ええ! いちおうは。でも、なかなか仕事がみつからなくて。すみません、いつもヒマそうにしてて。アハハ……」


「とんでもないです。いつだってお客様は大歓迎です。……お仕事さがし、がんばってらっしゃるんですね」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると、気が楽です。この街へ来てからまだ間もないので、ツテもなくて。ときどき、知り合いに仕事を回してもらうんです。とはいえ、俺みたいにレベルの低い魔法使いにとっては、報酬だってたかが知れてます。一個二万ゾルドの魔石注入も楽じゃありません」


リュウは決してなまけているばかりじゃないことを強調したつもりだったが、返ってきたのは予想外の反応だった。


「「二万ゾルド!?」」


店員姉妹はほとんど同時に復唱した。

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