第6話 覚悟は決めましたよ

 道すがら不安なのは例えば俗に言う魔物だろう。とは言えちょくちょく視界を横切るのは取り立てて特筆するほどでもないサイズの鳥ぐらいで形もそれほど奇怪ではない、むしろ愛くるしい部類のものだった。

 メタ的なことを言えば、もしこの世界が血の滴る牙をはやしたドラゴンが跋扈するなのならこうして遮蔽物の少ない道を歩くのはかなり危険な行為だろう。それでも、大きな壁に守られた城塞を出なければいけない理由とは?

「試されていた?」

「その証拠が俺たちの後を付けてた衛兵だよ。素直に街を出ていけば、そのまま見逃すけどってことだな。あのまま街に残ってたら今度こそ重要参考人扱いだった」

「? 重要参考人……? って、ええっと事件があったときに何か大事な事を知ってそうな人だよね。えっ、何かあったの?」

「っぽそうだったよ。」

 いやまぁ何かあったと言ったら俺とユウキの異世界放浪以上に何があるのかって話なのだが……何と言うべきか、どうにも俺もユウキも異世界に来たって実感と言うのが欠けているように思える。ふわふわと掴めないと言うか、ぶらり途中下車の旅で今回降りた異世界はこちらですみたいな。

「ふーん、私普通に親切にしてもらってたのかと思ってたよ」

「まぁ扱い的にはだいぶ親切だったのは間違いないな。飲み水も貰っちゃったし」

 瓶に魔法かなんか掛けられているのか、氷も入っていないのに水は冷たいままだった。

「魔法かぁ、もしかして私たちも使えるようになってたりするかな」

「……、いや使えない方がこの場合は良い気もするけど……」

「ハルってほんとーにクールだよねー」

 とノラナイ片割れを非難する幼馴染み。

 こんな感じで道中緩やかな雰囲気で、いや、そもそも俺たちの間にシリアスな空気が流れることはほぼ何に等しいんだけど、教えてもらった街に向けて歩みを進める。

 そうして二つの農村を過ぎ、五つの相乗りの馬車を断り(当然現地通貨何て持ち合わせていないし、持ち合わせていたとは言え単なる異国の紙紙幣に価値もない)、著名なファッションデザイナーと自称していた左腕に鱗のある女性のスケッチをしたいと言うお願いを丁重に断ってそれからまたしばらく歩いていた。

 そんな和やかで、危険も感じられず、のどかな景色の続く道がそうさせたのか、ずっと避けていたことを──つまりは元居た世界のことをぽつりとユウキが漏らした。

「亜美たち、今頃は試合してるのかな」

「バスケ部?」

「うん、県大会の予選。後二回勝てたら夢のウィンターカップ! だったわけなんですよー」

「……知らなかったな」

 いや、初耳学。うちの高校のバスケ部は公立校でも屈指の強豪とか何とか聞いていたけれど、ウィンターカップまであと少し! まで迫っていたとは。

「そりゃね。私も言ってなかったもん。ハルが興味ないのは知ってたからウィンターカップに出れるってなったら驚かそうと思ってたんだぁ」

「さいですか。あ、や、でも戻ったらそんなに日数経ってないかも知れないぜ? 逆浦島太郎って言うかさ」

「それだと表島太郎になるのかな」

 何気ないユウキの一言なんだけど思ってた以上にツボってしまったらしい。危うく咽るところだった。

「ハァー確かにそうなるな。で、チームのピンチに颯爽とエースが帰還するわけだな」

「うーん、出場登録が過ぎた後だろうから途中からは試合に出られないんじゃないかな」

「ユウキってば本当にクールだなー」

「ふふふ、ハルってば今更気が付いたの? わたしはクールなスポーツ少女なのでしたー♬」

 楽しそうにこっちの頬を突いてくる自称クールなスポーツ少女さん。こうして異世界の、名前も知らない道で俺たちは笑い合った。

 真剣なことなんて何にもない、あるのは取るに足らない幼なじみ同士の他愛ない話だけ。だから俺もそんな当たり前の延長線上にある話として、聞かなくちゃいけないことを聞く。

「ユウキはさ。元の世界に帰りたい?」

「うん、帰りたいよ」

 それだけが聞きたくて、それが聞けたのだから覚悟は決めた。ハルだけは絶対に元居た世界に返してやる、その覚悟を。

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異世界でも俺TUEEEEEE幼馴染みを全力で引き立てます ぽんぽん @funnythepooh

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