第9話 忙しさと空虚な気持ちとの葛藤

「じゃあ、ほんとのほんとに私が考えた『都会のダム発電案』と『空気循環型・地中熱利用空調システム』のアイディアが通ったんですか?」

「ええ、とりあえずそのどちらもまずは試験運用から始めてデータを取りながら徐々に広めていく計画となります。もちろんご懸念だった太陽光発電についてもご指摘のとおり、新規の助成金交付は行わないようにと指示をいたしました。その分の余剰予算を用途不明金へと当て自由に使うことができるようになります」


 視察を終えた次の日、朱莉はみやびさんの報告を受けとても喜んでいた。みやびさんも即断即決が信条なのか、朱莉が一昨日話した草案をまとめ上げ、それを環境省へと送り働きかけてくれたらしい。もっとも首相の命令なのだから、各省庁と言えども首を縦に振ることしかできないのだが。


「それに予算についても再エネ促進に記載されている解釈を拡大することで、どうにか試験運用できる程度の予算を捻出することができます。ま、と言ってもそのほとんどは太陽光促進エネルギーの補助金を回しただけなんですけどね」


 みやびさんは予算についても独自に動いてくれたようで、さっそく権力というかそれを翳すことで捻出してくれたらしい。通常ならば予算の使い道については議会を通さなければならないはずだが、朱莉は派閥などのしがらみ・・・・に捕らわれない立場の首相である。これも『法の解釈』という抜け穴とでも言うべきなのか、誰に制限されることもなく就任の1年間は朱莉の自由にできるらしい。それは何も単に予算だけでなく、権力までも思うがままにすることができるとのこと。


「議会の承認を得ないで予算が使えるなんて、本当に権力者になったみたいだよ♪ くくくっ。勢いこのまま各アニメ会社とレーベルに圧力をかけて、打ち切りになった名作の数々も復活できるよね。それにマイナー作品のアニメ化や1巻打ち切りになったラノベの続刊要請も……こりゃ笑いが止まらないよ……私も悪よのぉ~。くわっははははっ」

「なんで最後黄門様みたいな笑いをして閉めたんだよ、朱莉は。しかも首相と言う立場と権力を利用して私利私欲を満たそうとする気満々じゃねぇか」


 朱莉は時代劇に出てくる悪代官さながらの悪い顔をしながら笑みを浮かべて、これからどのレーベルに圧力をかけようかと迷いに迷っている様子。俺も俺でその考えにまったく依存はないのでツッコミを入れるだけに留まり、否定することはなかった。


「ですがレーベルと言えども利益重視なのでいくら首相という立場とはいえ、あまり採算度外視のような作品はお控えくださいね。でなければ朱莉さんの不信任案出しちゃうぞ☆」

「み、みやびさんから正論すぎることを言われて、私の理想郷ユートピアムが阻止されてしまった……だと!?」


 みやびさんは合法の名の元に首相である朱莉のことを脅して、その私利私欲全開の思惑を潰そうとしていた。一体どこの世界に第一秘書が首相を脅すなんてことがあるのだろうか……まぁ実際、目の前にあるんだけれども。この分だとこの国の最高権力を持つ者が首相である朱莉ではなく、その秘書であるみやびさんということになるのではないだろうか? そしてどうやら首相と言えども、アニメ会社とレーベルに圧力をかけるのは無理だということが判明してしまったのだった(笑)。


「そして次のお仕事なのですが、実は先日の朱莉さん首相就任から世界各国からお祝いの電話が鳴り響いております。まずは友好関係であり一番影響力のある米国の大統領との電話会談から始めたいと思います。よろしいですね?」

「わわわわっ。いきなり大統領との会談っ!? 何話せばいいんだろ? それにそれに私、英語なんて話せないよぉ~」


 朱莉の次なる仕事は各国との外交である。これもまた重要であり、一つ間違えば経済は元より戦争へと発展してしまう恐れがあった。だがそれもみやびさんのサポートと朱莉が日本語しか話せないことを良いことに彼女がマズイ言葉は翻訳せず、体の良い言葉へと置き換えて相手の大統領に伝えてくれた。朱莉は何故か日本語でも通じたぁ~などと、喜んではいたがそれらすべてみやびさんと相手方の通訳官の賜物だが言わずにおくことにした。


 そしてこれは改めて言うべきことではないのだが第一秘書ということもあってか、みやびさんは超が付く優秀な女性である。俺も朱莉の秘書という立場にも関わらず、一切仕事をしていないのだが本当に良いのだろうか? それをみやびさんに尋ねると彼女はこんな言葉を口にした。


「ええ、別に何もなさらなくても良いですよ。ただ朱莉さんの傍に居て支えてあげてください。それにぶっちゃけ貴方はコミュ障なので、朱莉さんのスケジュール管理や相手との事前交渉などという秘書として“当たり前の”仕事なんてできませんよね?」


 うん。そのとおーり。ネオニートだった俺に秘書なんて大役できるわけがない。そう言われてしまえば、俺はぐうの音も出せずにただ頷くことしか出来なかった。むしろ朱莉の隣でただ突っ立ってるだけでも「有意義に仕事をした!」との謎の実感が湧いてもいたくらいである。これこそまさにコミュ障の力とでも言うべきなのか、はたまたネオニートとしての秘められた力とでも言うべきではないのか?


「ふぅ~っ。それにしても無駄飯食らいのこの俺にもこんな広い部屋を宛がわれるだなんて……」


 俺はみやびさんの苦いほどの言葉を思い出しながらも、部屋にある大きなベッドへと身を投じていた。ここは某有名高級ホテルのスウィートであり、朱莉もまた同じ階の部屋を仮の住まいとしている。


 俺達二人は『首相』と『その役立たず』という立場からみやびさんをはじめとするシークレットサービスの方々に護衛され、そして以前の家に住むことができなくなっていた。それはセキュリティ上の問題はもちろんのこと、単純に朱莉の首相としての仕事が多忙すぎて家に帰れないためでもあった。


 また本来学生である朱莉は高校を1年間だけ休学して公務に望んではいたが、これまでアルバイト一つしたことのない朱莉にとって朝から晩まで働くことは精神的にも肉体的にも堪えるのは言うまでもない。


「あーっ……暇だなぁー……することないなぁ……窓から見えるのは夜景だけだしなぁ……」


 何もすることもなく、またホテルの一室ということで気が利いてゲーム機の1台でもあれば良かったのだろうがそんな客層は最初から想定されていないのか、大きな部屋には大画面8Kテレビが鎮座しているだけである。遊び道具もなければ、窓から覗く綺麗な夜景しか目に映らない。それこそ始めの1日目こそ、そんな夜景の綺麗さで暇を誤魔化せてはいたのだが、そこはそれ高校を卒業してから数年間引きこもっていたコミュ障にとっては退屈以外の何もでもない。


「あーっ……ゲームしてぇなぁ~……あの深夜アニメの続きどうなんだろ……ちょっと調べてみるか」


 俺は愛用しているスマホを取り出すとさっそくネットサーフィンすることにした。もちろん高級ホテルとあってか、高速フリーWiFiが部屋のアチコチに飛び交いネットへ接続するのには困らなかった。


「……なんだろう……前は面白かったはずなのに……」


 俺は動画サイトに流れるアニメを横目に仰向けになって倒れこんでしまう。その目に映るのはホテル一室の白天井のみ。何故かこれまで面白いと見ていたアニメが急に“つまらない”と感じるようになっていたのだ。


 前は見ているだけでも心が躍り「続きを来週まで待つことができない!」と不平不満を漏らす毎日だったにも関わらず、今この瞬間においてそんなことを思うどころか「何が面白いんだっけ?」などと疑問を持つようになっていたのだ。それは自分自身の環境と心の変化なのか、それとも他では得られないほど刺激的な新しい生活が始まったことにより、これまでただ惰性に毎日を生きてきたことに対する『嫌気』もしくは『無意味である』という悟りを思い知ったからかもしれない。


 大学にも行かず、また就職するわけでもなく、ただ家でゲームをしたりアニメを見たりネットをしたりする自分に正直「このままでいいのか……」と思っていたのだ。けれどもそれを打破する方法を見つけられないまま数年間を無駄に過ごしてきたおかげなのか、自分自身でも「俺はまだ何もやっていない。やればきっと変わる事ができるはずなんだ……」と言い訳のように自分へ言い聞かせて騙していたに過ぎない。


 そのことに今更改めて気づかされ、俺は“何か”をしたい……いや、何かをして世の中の役に立って自分という存在を知らしめたい、そんな欲という感情が芽生え始めていたのだ。朱莉は確かに中二病末期を患っているオタクである。言うことはアニメやゲーム、それとラノベなんかのキャラセリフばかりだし、それに持っている知識や提案したアイディアの数々も作品どおり、そのままなぞっている・・・・・・にすぎなかった。


 けれども今こうして国トップとして首相に選ばれたおかげで毎日が忙しくも、充実しながら誰かの役に立っている。それを兄である俺が羨ましいと感じている……これは、もしかしなくても朱莉に対する嫉妬の心なのかもしれない。

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