第7話:西京焼き
角夢杏子がトップアイドルになるにはどうすればいいか。
これは命題として成立する。
一つは簡単だ。足し算。杏子ちゃんがもっと可愛くて人受けのする能力を獲得すればいい。もう一つは難しい。引き算。杏子ちゃんより魅力的なアイドルが悉く失脚すればいい。
すっげえ後ろ向きなアイデアだが、とにかく角夢杏子ちゃんをアイドルとして大成させる方法は無いものか。
悩みつつ家に帰ると、
「あ、お帰りだぞ」
今日も今日とて黒岩ルイが部屋にいた。鍵は渡してあるし、別に泥棒されるほど高価なモノも置いてはいないが。なにやら奇妙な縁が出来てしまったことは、俺から見ても否定が難しい現実だ。
「今日のご飯は何だぞ?」
「西京焼き」
あと米とサラダと味噌汁。
「えへー」
俺がメニューを発表すると、その味を想像してか。ニヘラーッとルイは笑った。ちなみにすでにジャージを着てアイドルにあるまじき醜態を晒しているが、本人はあまり気にしていないらしい。
リビングでオメガターカイトのネット動画を見つつ、その感想を俺に聞いてくる。
「あーはいはい。杏子ちゃん激萌えだな。もうあんなに可愛い女の子なんて歴史上探してそういない」
で、俺は出汁を取って味噌汁を作りつつ、西京焼きを調理する。とは言ってもすでに調理済みのギンダラをフライパンで焼くだけだが。
「ボクの方が可愛いぞ」
「残念だが俺の推しは杏子ちゃんだ」
「じゃあなんでボクのために料理を作っているの?」
「俺が食うためだ」
別にボランティアをしているつもりは毛頭ない。
「ボクも可愛いよね?」
「まぁそうだな。可愛いよな。世間が評価している。黒岩ルイは可愛い」
「じゃあ」
「とは言っても全ての人間が肯定する意味っていうのは、この文明社会ではそう無いぞ」
全ての人間が素晴らしいと思う絵画は存在しないし、全ての人間が美味しいと思う料理も存在しないし、全ての有権者が納得する公約というものも存在しない。
「むぅ。ボクのファンになって?」
「だが断る」
「なんでよー」
「だって杏子ちゃん可愛いだろ」
テレビ動画少しだけ映る。はい可愛い。
「こんなに可愛い女の子と一緒にいるんだよ? ちょっとは揺れたりしないの?」
「するに決まってんだろーが」
「あ? え? するの?」
「する」
それは予想外、とばかりにルイは顔を赤らめる。
「もしかして脈あり?」
「無いとは絶対言えんが、お前とどうこうなるつもりは無いぞ」
「ナゼェ……」
「いや。お前が終わったらオメガターカイトが終わるし。そうしたら杏子ちゃんにも支障が出る」
「エッチなことしたくないの?」
「超したい」
それがトップアイドル黒岩ルイであれば俺から出る文句は何処にもない。
「料理のお礼に……ね?」
「はい料理できましたー。並べろ」
「むぅ」
とか不満に思いつつも、リビングのテーブルに並べる。米と味噌汁。それからギンダラの西京焼き。栄養バランスを考えてサラダ。それだけだ。
「ふおー」
だがそんな簡単な料理に、キラキラした瞳を向けるルイ。
「いただきます!」
はいどうぞ。
俺も合掌して、それから食べ始める。さすがに天下の日本企業が漬けた西京焼きだ。味も染みているし、魚も美味い。
「はー。幸せ」
そしてルイも納得がいったようだ。しばらく二人で西京焼きを噛みしめる。そうしてご飯を食べ、味噌汁を飲み、胃を温めて口内を幸せにする。
ソレが終わると、
「御馳走様でした!」
機嫌よく合掌するルイでした。俺は食器洗いに移行する。そうしているとあっさりとまぁルイは言った。
「じゃあ先に風呂入るね」
は?
ワッツディドゥユーセイ?
「タオル借りるぞ。着替えはちゃんと持ってきてるから心配しないで」
そこは心配してねーよ。
「待て。待て待て待て」
「何?」
なにじゃねーよ。
「さすがにそれは不味いだろ?」
天下のアイドルが男の部屋で風呂に入る?
「でも何もしないんだぞ?」
「天地神明に誓って」
「じゃあいいじゃん」
まったく良くは無いのだが。
「じゃね。ボクの湯上りを楽しみにしていろ」
第九を歌いながら、そうしてルイは風呂場へ消えていった。シャワーの音は聞こえない。というか聞こえてたまるか。俺はキッチンで皿洗いをしているのだ。皿が一枚。皿が二枚。
今、黒岩ルイが裸で風呂に入っている。もちろん脱衣所に行けば彼女の下着が放置されているのだろう。ソレを手にする権利は俺にはないが。というか既に中学の頃に下着泥棒扱いはされている。冤罪だったが、今ここでやってしまえば冤罪ではなくなってしまう。おそらく俺がそこまで思考することもルイは悟っているのだろう。とはいえその真意が分からない。
本当に俺が襲ってもいいのか?
「いやしかし……」
それはあかん。あかんて! 黒岩ルイはオメガターカイトのセンター。不祥事などあれば事務所ごと終わりだ。そうなれば角夢杏子も終わってしまう。自制しろ佐倉マアジ。此処で一時の感情に流れれば、お前はこの世の全てを失う。
「俺の童貞か。欲しけりゃくれてやる。探せ。この世の性欲をそこにおいてきた」
俺は何を言っているんだろうな? 悶々として煩悩と戦っていると、さっぱりしたルイが風呂からあがった。肩にタオルをかけて、ジャージを着ている。さすがにサービスシーン旺盛にはならないらしい。俺としても助かった。
「うん? エッチなこと期待したぞ?」
「した」
そればっかりは本当だ。
「そ…………そっか。思ったより直球だぞ。じゃあ今から脱ぐ? ボクはお礼におかずになるくらいはできるぞ?」
「是非ともやって欲しいが是非止めて」
「どっち」
「後者」
多分今チラリズムをされたら俺の理性は風飛び一斗。
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