7 クサくん過ぎて大草原不可避

 超原!ムームーというオカルトホラー雑誌がある。例えば宇宙人、例えば口裂け女、例えばネッシー、例えばサイコキネシス……そのような超常的なものを対象に調査や考察、解説や新説を載せている雑誌だ。僕は好きだが、毎回購入するわけではなく、気になる項目が掲載される時だけ手に入れる。

 そのため、知らなかった。

 翌日お互いの仕事前に喫茶店で落ち合った市平さんの手には、超原!ムームーが抱えられていた。

「十五年くらいは前の号やと思います」

「ムームーって、長寿雑誌ですよね。創刊は昭和中頃だったような……」

「人生の先輩や……」

 市平さんは唸りながら手元のコーヒーを一口啜り、モーニングとして出てきた食パンを齧った。僕も一旦モーニングに手を付けてすばやく食べ切り、食器を片付けてもらった後にムームーを改めて机に置いた。市平さんはまだヨーグルトを食べていたが、広げさせてもらった。

 付箋をしてくれているため該当箇所にはすぐ辿り着いたが、念のために見出しを読み上げる。

「怪奇!?神秘!?手足が取れる風土病の秘密に迫る!!〜密着取材、隠されし一族禁断の一週間〜 ……ここですか?」

「そこなんやけど読まんでええて」

 市平さんは食べ終えたヨーグルトの器を机に隅に置いてから、少しだけ身を乗り出してきた。

「この付箋箇所があれです、取れとる人と食べとる人についての記事。主に食べとる人が答えてて、せやから久坂部さん亜種なんやけど、読んでみるとほんまに亜種なんですよ」

「……というと?」

「取れとる人にベタ惚れの兄ちゃん」

 そう言われると記事自体に興味が湧いてきた。早速読ませてもらうことにする。


『取れる妻と食べる夫のおしどり夫婦記録』

 ここまでは取れる奇病を抱える人についてのインタビュー記事を載せてきたが、一番最後は毛色の違う、とある夫婦の話をしよう。奇病に犯されているのは妻のMさん、その妻を大切に支えているのが夫のHさんだ。仲睦まじいおしどり夫婦だが、この二人は、取れた身体を埋めたり焼いたりと処分してきた患者たちとは違い、なんと調理して食べてしまうのだ。

 ──妻の身体を捨ててしまうなんて、そんな勿体ないことは出来ませんよ。

 Hさんはキッパリとした口調で語り出す。

 ──どこが取れても肉なんですから、食べられます。とは言っても指や耳、目玉なんかが多いので、摂取にも調理にも苦労はしません。それに、食べてしまう方が、再生が早いんですよ。指や目が取れ、不便そうにする妻を黙って見ているくらいなら、食べてしまって再生の手助けをしたいんです。

 Hさんの熱い思いを隣で聞いているMさんは面映そうにしながら首を振る。

 ──三日もすれば生えると何度言っても聞かなくて。でももちろん、すぐ再生する方が、便利には違いありません。だから今では、すっかり頼り切っています。

 ──これからも、どこが取れてもすぐに食べるよ。

 ──もう、取材の方がいる前で……。

 夫妻はこのように、非常に仲睦まじく微笑ましい。夫妻の様子を見ながらも、取材班としては取れた部位の調理場面・食事場面も目にしたい……そう思っていると、Mさんがおもむろに話し始めた……。

 ──もしかすると、取れた指なんかの取材も、したいのではないでしょうか?

 その通りです、と班が答えると、Mさんはにっこりと笑った。

 ──それでは、ぜひそうしてください。ほら、あなた……。

 ──ああ、でも、小指か耳にするんだよ。

 取材班が夫妻の会話の意味を理解したのは、この直後だった。Mさんは自分の左小指を右手で握り込み、難なくぽきりと折ってしまったのだ!

 動揺する取材班とは違い、二人は涼しい顔だった。Mさんに痛みはないらしく、血もまったく噴き出してはいない。やはり、奇妙な病気……いや、体質だ。

 HさんはMさんから小指を受け取ると、我々に調理も見せてくれると言う。

 ──指は煮込みが簡単なので、今から仕込みます。お時間は大丈夫でしょうか?

 大丈夫だと答えればすぐに取り掛かってくれた。調理手順は通常の煮込み料理と特に変わりはなかったが、爪と皮を剥ぐ工程だけが少し珍しくはあった。ちなみに、試食はさせてもらえなかった。Mさんは自分のものなのだとHさんは言い、部外の我々に何かが起こってはいけないとMさんは言った。

 小指は我々の前で食された。完食し、三十分もすれば、Mさんに新しい小指が生えてきた。夫妻は笑い合い、我々も無事の再生に安堵した。

 Hさんは今後も、取れる度にこうして食べるつもりだと力強く語る。もしも臓器などが取れてしまったとしても、怯まず食べてMさんを支え続けたいらしい。

 辺境の地で出会った夫妻の愛をひしひしと感じつつ、我々の現地取材は幕を閉じたのだった。

(取れる妻と食べる夫のおしどり夫婦記録・了)

 

 読み終わったので顔を上げる。市平さんが「めっちゃ久坂部さんやろ?」と書いた顔で見つめてきた。確かに久坂部さんだったので、頷いた。思えば久坂部さんは自分で調理もしてくれるし、僕が不便ではいけないとすぐに食べてもくれる。両目とも取れた時には調理なしで踊り食いしてくれたりもした。

「久坂部さんは、僕のこと好きなんですね……」

「見てたら好きオーラすごいで」

「僕も好きなのですが、あまり伝わっていないようなんです」

「伝えてるつもりやったんが驚きです」

 市平さんは雑誌に視線を落とした。

「これ、姫野ちゃんにも写メ撮って見せたんやけど」

「あ、はい、彼女はなんと?」

「クサくん過ぎて大草原不可避て言うた後に」

「はい」

「この夫妻の現在調べなきゃダメだねこれ、って言いました」

 その通りだと思ったので頷いた。市平さんは「やっぱ現地行くしかあらへんかな」と顔に書きながら雑誌を捲り、雑誌の発行日や取材地の住所を読んでいた。

 

 現地に行くにしろ別の探し方をするにしろお互いに仕事があるため、名残惜しくはあったが一旦解散した。

 気がそぞろなまま仕事をこなし、退勤後にスマホを覗くと着信履歴が残っていた。姫野さんだった。別で残っていたメッセージには、こう書かれてあった。

『クサヤツ亜種夫妻のいる集落に連絡取れたよ〜』

 どこから聞けばいいのか分からなくなるほど情報の進んだ一文だった。

 

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