第29話 半身

「あははははははははは!見たか!?民衆からの溢れるラブコールを!」

「そうですね」

「今晩は大型を召喚して城を襲わせるからな、姫たちの愛も俺のものだ!」

「お手柔らかに」

「大丈夫だ、何人食ったって俺が元に戻してやる。食えば食うほど残ったやつの絶望が増して、俺の与える救いに縋り付くんだ」

「そうですか」


 人々からの称賛、感謝、そして注がれる愛。錆びついていた俺の心は全快した!

 今では喜びに満ち、更なる喜びを得るために邁進することが出来る。

 これこそが俺の求めた物!エネルギーとなる感謝、心を潤す愛、両方そなわり最強に見えるってやつだ。

 今日は王国の城に招かれ、夜には王侯貴族たちとの夜会の予定。


 初めて魔物を生み出してから5年。領内から始めたマッチポンプ作戦は既に大陸中を舞台にしている。

 生み出した魔物は地獄に繋がれていたやつらしい。こいつは人を食うが、体内で殺した人間の魂を吸収して、体は消化せずに排泄するという珍しい生態をしている。なので殺して体をひらけば潰された肉体はそのまま残っているし、魂は輪廻しないので復活させるのも簡単というわけだ。

 見た目もグロくてまさに俺の作戦にうってつけ、百目くんと名付けて嬲っている。



「ルカ様、もう十分じゃありませんか?」

「なに?」

「自分で魔物を出して自分で退治しているだけでも人々を騙しているのに、戦っているルカ様自身もぼろぼろになっているじゃないですか。こんな事もう止めましょう?十分に愛は見つかったでしょう?」

「んー?まぁいつ止めてもいいんだけどな。体も治そうと思ったら治せるし、あまり深く考えるなよ」

 満足したらやめていい。ただ心地いいから続けているだけのこと。


「……本当にやめられるんですか?」

「当たり前だろ?」

「だったら今晩だけやめてみてください。一緒に食事をしてダンスを踊ってください」

「なんだよ急に。あっ、お前もそういうお年頃か?」

「そうです。だからお願いします。いつでも止められるんですよね?だったら今日だけでいいです。お願いします」


 なんだ急に?まぁ、別に一日くらいな。

 でも、俺が休まず苦しんでいるのが民衆の琴線を震わせまくってるっぽいんだよなぁ。一日のんびりして姫たちとパーティして大丈夫か?一発アウトって事は無いだろうけどマイナスだよな。

 それに城の人間にも直接百目ちゃんを見せておきたいってのもあるんだ。精鋭部隊ならなんとかなると思ってる節があるので叩き潰して分からせておきたい。


「んー、やっぱり今日は――」

「お願いしますルカ様。私の精一杯のわがままです」

「わかったわかった」

 他ならまだしもこいつに頼まれたんじゃ仕方ない。まぁ少しくらい気を抜いても取り返せるだろう。



「メグのやつはどうしたんだ?」

「あの子はまた貴族の方々に絡まれていましたよ」

「またか。あいつモテモテだな、簡単に愛が釣れて羨ましいことだ」


 メグは美しく成長した。初めて会った頃から既に片鱗はあったが、よいものを食べてスクスクと育ち、穢れなき13歳にして知的でお淑やかでグラマラスで色気ムンムンという、貴族の子弟が涎を垂らして求める憧れの女性になった。

 姉の方は普通だ、メイドとしてアリアの補佐をしているが仕事は少なく、楽勝人生を謳歌している。

 そしてアリアも普通である。中身は結構有能で、身体能力はたぶん世界2位。そして俺の行動を知っても付いてきてくれる替えの効かない人材だ。


「やっぱりメグが気になりますか?」

「そりゃな。あいつは放っといたらロクな目に会わないだろう。位置をサーチしてやばそうなら助けに行こう。あいつにも少し力を与えてやった方がいいかもな」

「………」

「せっかくだし暫く休む。時間になったら起こしてくれ」

「はい」






 一人になってベッドで横になった。

 俺はよくやっている、最近では心が焼かれる痛みを感じることは無くなった。

 最初の頃は成果が出なくて悩んだが、変な宗教が出来てからは順風満帆、しかも犠牲は1人も出していないんだ。むしろ復活の際に健康になっているくらいだぞ。

 だというのに――。


 一人になった途端に押し寄せる得体の知れない感情。なにか大事なことを忘れているような、不意に込み上げる懐かしい様な気持ちを理解できない。

 何かを間違っているのかも知れない。だけど、他にどんな方法があったって言うんだ。俺はこの世界に居たい、ずっとここに居るためには必要な事なんだ。


 この方法であれば俺は戦っているだけでいい。敵が恐ろしい程に俺への愛と感謝は高まり、俺が苦しむ程にみんなが喜ぶ。

 そうだ、今日は飛び切り苦戦して見せようか。残った右腕を飛ばし、口で剣を咥えて突撃するか?腹に大穴を空けて倒れて見せようか?片方の目を無くすのはどうだ?それともいっそ………………。





「ルカさま。そろそろ準備をしませんと」

「む…、眠っていたな。ありがとうアリア」

 体を清めてアリアの用意してくれた礼服に着替える。窮屈だな、これで動き回るのはつらそうだ。

「アリアは着替えないのか?」

「この後に着替えますよ、私はついでに招待されたってだけですから遅れて入ります」

「何を言っているんだ、一緒にいくぞ!」

「え?」

 めんどくせぇ、パパっと着替えさせよう。

 能力を使って豪奢なドレスを出した。着用者に合わせて伸縮機能付きだ。薄い青が所々に入ったほぼ白一色のドレス。この色が一番映えるからな。

 身長が高めのアリアには踵の低いドレスシューズがいい、これはシルバーで華やかに。


「俺はもういいからこれに着替えろ。一緒に入場するぞ」

「ええ!?いや……、でも」

「いいから、部屋に戻って着替えろ。部屋の前で待っているからな」

「は、はい」

「早くしろよー」




 急かしてみたわけだが、結局アリアが部屋から出てきたのはたっぷり1時間ほど待ってからだった。

「お待たせしました」

「いや、まぁ、いいよ」

 時間がかかるわけだ。どうやってか知らんが、部屋の中で体を清めた上に髪も結い上げたらしい。いつの間に手に入れたのか、アクセサリーもバッチリ決めてある。

「…綺麗だな」

「…ありがとうございます」


 会場までぎこちなく歩いた。だがいつまでもそうしていられない。

「腕を」

 左腕を軽く曲げて差し出す。

「はい…」

 アリアがそっと手を添えた。

 そうして、案内役に先導されて会場入りをする。

 万雷の拍手を浴び、その中で項垂れた女性たちも見つけた。みな綺麗に着飾っているが、ここで一番綺麗なのはアリアだ。隣を見れば恥ずかしそうに俯きながら頬を染めるアリア。

 あぁ、素晴らしい。想像以上だ。その白いドレス、汚すなよ?



 知らない連中とどうでもいい会話を交わす。女性たちはアリアに嫉妬の目を向けながら俺に節操なく愛の言葉を捧げてくれた。

 昔、貴族の女性たちからは底無しの感謝を感じたものだが、愛という観点で見ると平凡だな。ただ考えなしに食いついているだけか。

 それでもいい。もっと俺を愛してくれ、俺の心を埋めてくれ、俺には愛が足りない。

 だが、今日のお前たちの役割はちょっと違うんだ。



「きゃあああああああ!!」

「ば、ばけものだ!」

 突然騒ぎが起こり、食器が落ちて砕ける音が響く。

「ルカ様!?」

「アリア、お前は俺の大事な半身だ。ずっとお前が一番大事だったんだ」

 だから。


 ドズン!アリアの腹を貫くのは脚。大きな蜘蛛の化け物の脚だ。

「がっは!」

「アリア、お前を失うのは半身を失うのと同じ。大切な物を失っても俺は戦い続けるよ」

 涙が溢れてきた。本当に悲しい。身を引き裂かれる思いだ。

 大蜘蛛は今回新たに選んだ。呪いの大蜘蛛だ。こいつに殺された者は俺の能力でも復活出来ない。アリアとの別れが俺の大切な物語になるんだ。


 脚が引き抜かれた。穴の空いたバケツみたいに血が溢れる。

 やはり白いドレスに真っ赤な血が映える。美しいアリアの最後にふさわしい。俺の、俺の、なんだっけ?

「ルカ…様。いままで、ありが、とう」

「礼を言うのは俺の方だ。ありがとうアリア、お前といる時だけが本当の俺でいられた」

「ごめ……なさ……」

 死んだ。魂が消失したことが分かる。輪廻することすら無い本当の終わり。






「許さん!許さんぞぉ!!」

 全ての魔物を瞬く間に殺し尽くした。

 止め処なく涙が溢れ、うずくまり、声を上げて泣いた。悲しくて悲しくて堪らなかった。

 夜が明けるまで泣き続け。それでも自分が何を無くしたのか気付くことは出来なかった。

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