第16話「山下の提案」

「三日だけです。それ以上は待ちません。情報漏洩が発覚した場合、川崎特務科生自身が不利益を被ることだけは、くれぐれも忘れないでください」

「ああ、わかってる。悪いな」

「はぁ……結局、こうなりましたか」


 安藤は肩を落として立ち上がった。


「私も未熟ですね」


 直美も続いて椅子から立ち上がると、安藤の後ろに回り――いきなり抱き着いて、胸をわしづかみにした。


「なっ! 隊長、なにをしてるんですか!」

「うん。確かに未熟だね」

「っ! そういう話をしてません! セクハラで訴えますよ!」

「まあまあ、良いではないかぁ~」


 迷惑そうに直美を払いのける安藤だったが、俺の横に座っていた春花もその輪の中に参加しようとしている。ずいぶん楽しそうだな。


「桐原君」


 斜め前からかけられた声に視線を向けると、難しそうな表情をした沢渡がそこにいた。


「私じゃ、今回のこと、力になれないけど……お願い」

「ああ。けど、決めるのは川崎自身だ。そうだろ?」

「……うん」


 わかってはいても、どうにかしてあげたいという想いは募るものだからな。それは、俺だってわかるさ。


「友よ、ちょっといいかい?」


 見ると、山下は真剣な眼差しをこちらに向けつつ立ち上がった。

 どうやら、すぐに今後の動きを話し合うつもりらしい。


「……ああ」


 俺は春花と直美に目配せをしてから立ち上がり、山下とともにリビングを後にした。




 俺の私室へと入った山下がデスクの椅子に座ったので、俺はベッドに腰を下ろす。


「ったく、俺の部屋に我がもの顔で入りやがって」

「いいだろう? 僕と友の仲じゃないか」

「気色悪いこと言うな」


 山下は愉快気に笑みを浮かべながら椅子ごとこちらに向くと、オーバーリアクションで足と腕を組んだ。


「で? 本題は」

「友が気になっているようだからね。まずは、角度の高い情報を共有しようじゃないか」

「情報?」


 それなら、さっき安藤が話していたんじゃないか?


「僕も少し気になってね。東亜エネルギーについて調べてみたんだ。特に、どういう経緯で軍が目をつけたのかについて、だね」

「それで? なにがきっかけなんだ」

「東亜エネルギーが使用している高密度蓄電部材の一部が、税関記録上、南地中海連邦経由で搬入されていたんだけど、出荷元が特定できなかったのさ。それがきっかけのようだね。で、怪しんで調べてみたら、ノーウェイ! 部材の仕様が米国軍需規格に近似していることが判明したってわけさ」

「……」


 なんなんだ途中のカタカナ英語は。こんな時くらい、真面目にしゃべれよ。


「それで? それを知ったら何かに使えるのか?」


 仮に川崎に伝えたとしても、何にもならないだろ。


「友よ。ミス安藤中尉の話に出てきた東南アジア開発支援機構合同会社が、クアラルンプール郊外の自由貿易都市にあるという話を覚えているかい?」

「ああ。それが?」

「ミスター雅之氏は知らなかった。もしくは、意図的に隠している。どちらだとしても、僕にとっては疑問点が浮かび上がってくるんだよ」

「……どういうことだ?」

東北大震災二六震は、知っているね?」

「ああ。冷戦期に日本が欧州から手を引かざるを得なくなった、切っ掛けのあれだろ?」

「そうさ。その時にクアラルンプール郊外の自由貿易都市には米国資本がかなり入ってしまったんだ。今回僕たちは、技術仕様書による裏付けで、背後に米国がいることをほぼ確信できたわけだが……」


 そうか。


「その手の事情を川崎財閥の誰も知らないなんて、おかしい。わかったうえで契約しているとしたら、何か理由があるかもしれない。そういうことか」


 山下は正解だと言わんばかりにどや顔で指を鳴らした。


「ミスター川崎父は、厳格で厳しい人物である一方、人格者としても知られていてね。僕にはその実際のところまではわからないが、我が家の父ともそれなりの交流があるはずなのさ。もしかしたら、うまくいけるかもしれない」

「……」


 父親経由で揺さぶりなり、探りなりを入れてみようって腹か。

 何かがわかる可能性はある。だが、リスクもあるだろう。

 うまくいった場合のリターンは大きいだろうが……。


「大丈夫なんだな?」


 山下は含みのある笑みを浮かべつつ、


「僕は父に話をするだけさ。そして父は軍人で、しかも大佐だ。これは、漏洩に当たらないと思わないかい?」

「……ったく」


 屁理屈だが、確かにそうだな。

 こいつの父親が出来ない人間とは考えづらいし、あまり好きではないと言っていた父に、わざわざ頼ろうって言うんだ。

 それなりに勝算があるんだろう。


「うまくやれよ」

「もちろんさ。友もね」

「ん?」

「ミス千夏と、直接話をするつもりなのだろう? ちなみに、どうやって会いに行くつもりだい?」

「それは……別に普通に尋ねればいいだろ」


 山下は、なぜか失笑しやがった。


「なんだよ」

「いいや、さすが友らしいと思ってね。まっすぐなのは非常に好感が持てるんだけど、ミスター雅之氏がそう簡単に上げてくれるだろうか」

「……」


 言われてみれば、確かにそうだな。


「時に……友は、姿を消せる固有能力を手に入れたとか」

「……」


 こいつ、それをどこで……。


「そう訝しがらないでくれたまえ。現場にいた軍関係者に知り合いがいてね。極秘裏に教えてもらっただけなんだ」


 俺と山下の関係を知ったうえでってことか……。おそらく、俺の固有能力を知ったというよりは、その可能性の断片情報を収集してきて、山下が考察したってところだろう。


「それで?」

「川崎家邸宅の防犯センサーと間取り、それからミス千夏の私室位置の資料を用意するとしよう」

「おい、まさか……」


 山下はニヤリと笑みを浮かべると、キザったらしい決め顔で言いやがった。


「そうさ。侵入だよ」

「おまえ……」


 データを盗んできたときといい、平然と犯罪行為を推奨してきやがるな。


「明日までに僕が必要なものを用意する。明夜決行でどうだろう?」

「……はぁ」


 ここまで来て、尻込みするのは変な話だよな。


「……聞くまでもないだろ。決まっている」

「ふっ……さすがは心の友だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る