第37話 頂点。


「苦痛を与えることが目的じゃねぇから、痛覚だけは俯瞰できるようにしてやるよ」


 そんなセンの言葉の直後、

 『体の痛み』というものが、きれいさっぱり消え去った。

 まるで、死んでしまったみたいに、

 すべてがゼロになっていく。

 けれど、同時に、

 グンと、何か、

 『重さ』のようなものを感じた。

 深く、重く……下へ、上へと堕ちて、揚(あ)がって……



「我が配下、センエース八部衆の一人『毘沙門天のジバ』よ……『馬鹿みたいに積み重ねてきた俺の拳』……その身で受け止めて、俺という奇行種を理解しろ。それが最初の一歩だ」



 センエースの拳に、『深いオーラ』が集まっていく。

 その、とんでもない質量を前にすれば、『八部衆? 八天王じゃなかったっけ?』など

 と考えている余裕すらなかった。

 バグってしまったかのように、すべてがどんどん重くなる。

 えげつなく膨大で……まるで、全てを包み込むよう……

 ジバは、深いスローモーションの中で、

 センエースの一挙手一投足を、その目に焼き付ける。

 頭で『焼き付けよう』と思ったのではない。

 心と魂が、勝手にセンエースの全てを求めていた。

 意識の上では、まだ、ジバは、まったくセンエースを理解できていない。

 しかし、『芯部(しんぶ)の底』では、すでに、理解している。

 目の前にいる男の高み。

 その尊さ……その最果て……その気高さ……


「……美しい……」


 心が理解した。

 『センエースという概念』に対する模範解答。

 誰もが、センエースの芯を見れば、美しいと呟かずにはいられない。

 それほどのぶっとんだ高み。

 『深い高み』を脳裏にやきつけようと必死のジバ。

 そんな彼に、

 センは、


「……閃拳……」


 阿呆のように積み重ねてきた必殺技を放つ。


 それは、ぶっちゃけ、ただの正拳突き。

 右の拳を突き出すだけの、なんてことないただのパンチ。

 しかし、センエースは、積み重ねてきた。

 狂ったように……イカれているかのように……

 センエースは、この『閃拳』という拳に、人生の大半をつぎ込んできた。

 『基本スペック』が『狂気で一杯』の男……そんな彼の煉獄がふんだんに込められた拳。

 その拳を受けたジバは……


(な、なんという……)


 衝撃とかダメージとか、そういう『表層の反応』の『奥』にある『信じられないほどの深み』を感じた。

 『痛みを飛ばしてもらっている』というのも大きいが、

 しかし、もし、痛みが飛ばされていなくとも、

 おそらく、痛みではなく、それ以外の何かを感じ取れていたであろう……

 と、ジバは、そんなことを想う。

 もっと言えば、


(痛みを……飛ばさないでほしかった……)


 そんなことをすら思った。

 生(なま)のまま、実直に、愚直に、ゴリゴリのライブ感で、この拳を受け止めたかったという奇異なワガママ。

 『通常の一般的な視点』では『とうてい理解できないところ』に辿り着いたジバ。

 ……ジバの中で、センエースという概念が膨らんでいく。

 センエースの拳は、まるで光。

 大きな光に包み込まれているような……


 そんな感覚で一杯になる。

 言葉の意味はよくわからんが、

 とにかく、すべてがFになる。

 ――本来であれば、即座に気絶しているところなのだろうが、

 しかし、『その辺諸々の配慮』をセンから受けまくっているジバは、

 気を失うことなく、全てを受け止めることができた。

 ぶっ倒れて、天を仰ぐジバ。

 ハッキリと意識の中で、限定空間の天井を眺めている。

 そんなジバの顔を覗き込む『武の化身』センエース。


「どうだった、ジバ。俺は最強だろう?」


「……はい。あなた様は……まぎれもなく……この世界の頂点。あなた様を超える者など……存在するはずがありません……」


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