第2話 兄と妹?

「さぁどうぞ入って」祐樹は玄関ドアを開け靴を脱いで部屋に上がると

彼女にも部屋に入るように促した。

「おじゃましまぁーす♪」彼女は明るい声と共に部屋に上がると

自分の靴と祐樹の靴をきちんと揃えた後、祐樹の後をトコトコと付いていった。


玄関から上がってすぐのダイニングルームから引き戸で仕切られた奥の部屋に入ると

そこはベッドルーム兼居間になっていて、祐樹が部屋を出る前にエアコンをつけていたので暖かい空気で満たされていた。


祐樹は買って来たものをベッドの横にある小さなテーブルの上に置くと

「適当に座って」と彼女に声をかけて、自分もベッドとテーブルに

挟まれるような位置に腰を下ろした、ここが祐樹のこの部屋での定位置なのである。


彼女も祐樹と同じようにコンビニのレジ袋を四角いテーブルの上に置くと

マフラーを外し上着のコートを脱ぎながら祐樹の右隣りの辺に

ゆっくり腰を下ろした。


祐樹は彼女の白いセーターの胸のふくらみに一瞬目を奪われたが

すぐに目線を上に上げて彼女の顔を見ながら質問をした。

「ところで君、名前はなんていうの?」

「えっとぉ、ユキっていいます・・・たぶん」

彼女が少し困ったような表情を浮かべながらそう答えると

祐樹は自分の胸のあたりに右の手のひらをそっと当て

目線を落としながら一言つぶやいた。

「ユキ・・・」


「苗字はなんていうの?」

祐樹は再び目線を上げ、さらに彼女に問いかけると

「それがそのぉ、ユキって呼ばれてたような記憶はなんとなくあるんですけど

苗字とかは、あんまりはっきり覚えてなくて・・・えへへ、すいません」

彼女はさらに困ったような表情で申し訳なさそうに祐樹に視線を送った。

「君もしかして、記憶を失ってる感じ?あの辺で事故にでも遭ったのかな?

自分の住所とか覚えてる?」

祐樹は眉をひそめながら矢継ぎ早に彼女に質問を浴びせた。

「それが住んでた場所の記憶も無くて、この町の風景も見覚えがないし、

ただ身体がどこか痛いとかは全然ないんで事故に遭ったとかではたぶんないのかなと・・・」


彼女がそう言うと、彼女のお腹のあたりからグルルルという音が聞こえてきた。

「ああ、ゴメン!お腹すいてるよね、とりあえず食べよう!」

祐樹は恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女の表情を横目に見ながら

自分の弁当とコーヒーの入ったレジ袋に手を伸ばした。

同様にレジ袋からパスタとサンドイッチを取り出す彼女の表情はにこやかに変化し

「いただきまーす!」という元気な言葉と共に

ひとときの休息と糧を得た小鳥のように楽しげに食べ物をついばみ始めた。


祐樹は弁当をパクつきながら、かすかに残る幼いころの記憶を思い起こしていた。

祐樹には幼い頃に死に別れた『ユキ』という名の妹がいたのだった。

もし妹が生きていたら、こんな感じに成長していたのだろうかなどと妄想しながら

祐樹はさらに彼女に問いかけた。


「ところで君、何歳?家族のことは覚えてる?」

彼女はサンドイッチを口に運ぶ手を止め、顔をしかめながら中空を見つめ

「歳はハッキリ覚えてないけど、お兄ちゃんがいたような記憶があります」

彼女の返答に少し驚きを覚えながら祐樹は質問を続けた。

「お兄ちゃんてどんな感じの人だった?」

すると彼女は突然、祐樹を指さして

「こんな感じだったかも!・・・なーんちゃって、えへっ」

彼女はイタズラな笑みを浮かべながらさらに話を続けた

「ん~実際には、お兄ちゃんがいたっていう漠然としたイメージしかなくて

お父さんやお母さんのことも全然思い出せないんです」


彼女の突然のアクションに祐樹は

「お、脅かすなよ!」と反応するのが精一杯で内心はドキドキだった。

「僕の名前は風間祐樹っていうんだけど、この名前に聞き覚えはある?」

祐樹は気を取り直し、自分の名前を言って彼女の反応を窺ってみた。

「ん~ちょっとわからないです・・・でも目が覚めた時、目の前にいる人が

『お兄ちゃん?』っていう感覚もなんとなくあったんですよね、不思議ですね」

彼女の言葉に、祐樹は自分の妹のことを話すべきかどうか迷っていると

さらに彼女の予期せぬ言葉が飛んできた。


「あのぅ、この際なので『お兄ちゃん』て呼ばせてもらっていいですか?」

「えっ、いや、そんな突然『お兄ちゃん』とか言われても・・・」

突然の提案に驚き、どぎまぎする祐樹に彼女はぐーっと顔を近づけてきた。

「な、なんだよ?僕の顔に何か付いてる?」

祐樹は少し背中をのけぞらせ、絞り出すような声で彼女に問いかけた。

すると彼女はしばらく祐樹の顔を見つめた後に

「目と鼻と口が付いてる・・・どう見ても初対面なんだけど

なんかすごく親近感が湧いてくるんです」と答えた。

その言葉にどう応えていいのか、混乱する頭を落ち着かせるように祐樹は

「と、とにかくご飯を食べよう、まだ途中だから」

そう言いながら、乗り出してきた彼女の上半身を元の位置に戻すように促した。


2人がご飯を食べ終わると祐樹は出勤時間が迫っていることに気が付いた。

祐樹はテーブルの上にあるノートパソコンを開いて地図を表示させ

彼女に駅や病院、警察署や保健所等の場所を説明してあげた後に

「それじゃ僕はそろそろ出勤しなくちゃいけないから、気を付けて帰るんだよ」

祐樹は少し名残惜しいと思う感情を抑えながら彼女にそう告げた。


すると彼女は「私、お留守番してます!」

祐樹に向かって、にこやかな笑顔を振りまきながら宣言した。

「ちょ待てよ、僕らはさっき出会ったばっかりだし、君はどこの誰かもわからない

アカの他人なんだから、そんなの無理・・・」

祐樹が困り顔でそう言いかけると、彼女は再びぐーっと顔を近づけてきた。

「アカの他人じゃなければ大丈夫でしょ」


その言葉と共に祐樹の唇はやわらかな感触に包まれた。

若い男女が2人きりの部屋でひとつになるために

時間も理由も多くは必要としなかった。

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冬の贈りもの 冬野輝石 @who_kiseki

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