第4話 果たし状……?

 楽しかった筈の放課後に、悲しみを背負いながら俺は屋上前の扉へとやって来ていた。

 ここでサボったら俺のエロ本が母さんに晒し上げられて、今日のおかずはコレねとニコニコ言い出すに違いなかったから。


 ……今更ながら、おかしすぎないかな?

 父さんも”ウム、励めよ”とか言ってるけど、励めじゃないんだよ。

 息子が恥ずかしがってるんだよ? 何で羞恥プレイをゲンドウポーズで観察してるの? 狂ってるのかな?

 父さんの嫁なんだから、父さんがなんとかしてよ!


「うん、やっぱり今日の俺は邪智暴虐なお父さんを誅して、母さんの口をチューで塞いでもらう必要がある気がしてきた。帰らなきゃ」


 屋上の扉クルリと背を向けると、どうしてかそこには幼馴染が居た。ホラーかな?


「どこ行くの、コタ」


「待って菜奈、暗いところで話されると怖いよ!」


「どこ行くの、コタ」


「同じ返事しか返ってこない!」


「帰る? ダメよ」


「部分的に切り取らないで!」


 そのまま俺達は屋上の扉を開けて、二人っきりの青空の下に足を踏み入れる。

 暗いと怖く見えた菜奈の顔は、やっぱり陽の下では素敵でとっても可愛かった。


「可愛い……」


「え?」


「は!?」


 俺、今なんて言った?

 可愛いって? ……馬鹿か俺は!?


「待って、違うっ!」


「かわ、いい……コタのこと?」


「!? そうだよ、俺って世界一可愛いかもしれない!」


 滑った口を、菜奈の勘違いで上塗りしていく。

 俺、菜奈より身長低くて童顔で可愛い!

 …………何でだろう、無性に泣きたくなる時ってあるよね。


「そうね、コタは確かに世界で一番可愛いかもしれないわ」


「待って、何で肯定するの!

 バーカってツッコむところだよ!!」


「でもね、鳴海家で統計を取った結果、コタが可愛いという意見が100%を占めたの。これは即ち、人類の総意と言っても過言ではないわ」


「無茶苦茶顔なじみ!

 確かに可愛がってもらってるけど、絶対にフィルター掛かってるよ、それ!」


「そうね、おじいちゃんとおばあちゃんもだから、私の一族はコタの遺伝子が大好きなのかもしれないわ」


「そうだね!!」


 そういえば、菜奈のおじさんにもおばさんにも、おじいさんやおばあさんにも、全員から頭を撫でられた記憶があるよ!

 お菓子だって、会う度に貰ってる!

 菜奈の家族、全員俺のことが大好き過ぎるだろ!


「そういうことよ、コタは可愛いの」


「菜奈の家族は実質的に俺の家族だし、身内過ぎないかな?」


「身内の票で結果が決まるだなんて、地元に根付いてる政治家みたいね」


 投票権を持っているのが全員身内、明らかに不正が行われている出来レースの投票だった。

 可愛くないし、可愛いなら男の娘的な可愛さの方がまだ個性が出そう。

 俺なんて、童顔過ぎて小さく見えてるだけだし。


「ところで菜奈」


「何かしら?」


「トイレに行きたいんだけど、良いかな?」


 ふと自虐してるうちに、正気に戻れた。

 早く屋上から立ち去らないと、菜奈に弟に戻されてしまう。

 きっとあの果たし状って、そういう意味だし。


『コタは弟なんだから、お姉ちゃんの腕の中で抱きしめられてなきゃダメなの』


『そうなの?』


『ほら見て、コタの腕に鳴海家のって書いてあるでしょ?』


『いつの間に書いたの!?』


『こうして領土主張していけば、自分のものにできるのよ』


『せーじ的なことは分かんないよ!!』


 小学生の頃の菜奈は、時折こんな主張をして教室でもみんなに喧伝してた。今更ながら、頭が痛い。


 もし、それと同じことを高校でやられたら、俺の尊厳は食卓エロ本朗読会よりも破壊され尽くされることになる。

 それだけは、絶対に許しちゃいけなかった。


「そう、紙おむつは?」


「着けてるけど」


 急に変なことを聞いてくる菜奈に、俺は正直に答えて。


「──じゃあ、ここでしても良いんじゃないかしら?」


 更に変なことを、菜奈は口にしていた。

 ……何、言ってるんだろう。新たな拷問か?


「して良いわけがないよっ。それに、唐突に隣でおもらしし始める幼馴染とか嫌過ぎないかな!!」


「唐突におもらしする幼馴染は許されないけど、唐突におもらしするコタなら許せる自信があるわ」


「もっと他のことに自信持って!

 菜奈は可愛いとか、菜奈は美人さんとか!!」


 どうして菜奈って、俺のことになると無限にあり得ないことを言い出すんだろう。

 そして昔の俺は、なんで菜奈が言うならそうかも? と何でも信じてたのだろう。


 中学生の時なんか中二病になった菜奈に、"あなたは前世では私の弟……いいえ、妹だったの。分かるかしら、リトルシスター"とか言われて、素直にスカートを穿かされていた意味がわからなさすぎる。

 俺はバカなのかもしれなかった。


「……私、可愛い?」


「あっ」


 そして、本日2回目のやらかし。

 俺はバカかもしれないじゃない、正しくバカだった。


「ふーーん、ふぅーーーん」


 菜奈の挙動が、そこはかとなくおかしかった。

 口元を軽く押さえて、そんなことをしたかと思えば頬っぺたをパンパンと叩いたりして。

 そうしてから、頬を叩いた影響でほんのりと赤くしながら。


「コタはエッチね」


 そう、笑顔で言い切ったのだ。


 ………………そ、そんな、どうしてっ。

 どうして、そんなところで判断されなきゃダメなんだよ!!


「え、エッチじゃないが!?」


「女の子を可愛いなんて思うのは、エッチな証よ」


 どうしてだか、ニマニマじゃなくてニコニコしながら、菜奈は間違いないわと言い切っていた。

 判断基準がガバ過ぎる、許されざるレッテル張りだった。


「違うっ、全校生徒は菜奈が可愛いって思ってるし!」


「あら、コタが私を可愛いだ思ってるだけなのに、主語がデカくなってるわね」


 マズイ。このままだと俺が、菜奈のをことをすごく可愛くて綺麗で、ドキドキしながらエッチな目で見てるのがバレてしまう!

 イヤだ、動物病院は嫌だ! 去勢されたくなさすぎる!!


「俺はホモだ!!」


 咄嗟に、嘘をついてしまっていた。

 菜奈はピシリと固まって動かなくなって、俺はその内に屋上を後にした。


 ごめん和也、それに同性愛の人たちも。

 多分菜奈が"弟を衆道に落としたのね、その股間の一物でっ"とか言いながら八つ当たりに行くかもしれないけど、後で埋め合わせするから許してくれると嬉しいな!




「う、嘘よね、コタ……」


 呆然とした少女の呟きが、屋上の空気に溶けていく。

 少女は、陽が落ちる時間帯まで三角座りで空を眺めていた。

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