賢者 編

第16話

・少し長いです。

・視点の入れ替わりがあります。


ルイ Side


(「これはお前宛てだ」)

 

 ローハン隊長に、そう言って渡された紙は二つ折りの紙だった。


『魔従族のことが周囲にばれないように、エイルを連れてこい。真贋判定に時間がかかることは想定済みだから、あいつをちびっ子の保証人に据える。上手く誘導してこい。連絡便も、必要なら使え。後からの経費申請を許可する』


 字面だけ見れば、悪役に間違われても仕方ない文面だ。なにかあれば、連絡しろとのことだが……エイル様には、要件を話す前に遮音結界を頼んだほうが良さそうだ。



「こんにちわ」


 僕は、カランカランと小気味良く鳴るベルを響かせ、冒険者ギルドに足を踏み入れた。


「あら、ルイさんじゃないですか。どうしたんですか?こんな時間に」


 まだ明るい時間帯に、仕事服で一人行動をする僕が珍しいんだろう。

 受付嬢のジーナは、茶色の瞳を瞬かせて僕を見ている。


「ローハン隊長からのお使いです。賢者様はご在席ですか?」


 お使いと聞いて合点がいったのか。それを聞いたジーナの瞳は、途端に興味を無くす。


「あぁ……彼なら、研究室か執務室にいるわよ」


 残念そうな表情で、適当な相槌を打った。彼女は一体どんなことを期待したんだ?暇なのか?

 ジーナが身体をカウンターに預ければ、その反動で揺れるグラスグリーンの髪。


 辺りを軽く見回すが、昼過ぎという時間帯からか、ギルド内はガランとしている。なるほど。五の鐘が鳴る頃には、冒険者たちでごった返す館内も、今は閑古鳥が鳴いて暇なのか。


「上がらせてもらっても?」

「えぇ。エイル様には、内線で知らせるわ」


 出るかわからないけどね……とボヤきながら、連絡を取り始めたジーナを横目に、私は2階に繋がる階段に歩を進めた。


「どうぞ」


 僕がノックをすれば、のほほんとした声が応えた。どうやら、ジーナの取り次ぎは無事完遂したみたいだ。

 さて……室内にいる部屋の主は、ローハン隊長の要請にどんな反応をするかな?若干の気の重さを感じながら、僕はドアノブに力を入れた。


「失礼します」


 僕は扉を開け、一礼した。

 

「久しぶりだね、ルイ。今日はどうしました?」


 声音こわね同様に、のんびりとした空気が流れる室内。

 銀の髪が腰よりも長い。片眼鏡をかけたインテリエルフ。称える表情は、優しげな微笑み。

 それが我が国の賢者。

 エイル・リュタ・ラ・マグワイア。

 種族はエルフだが、ハイエルフの血筋を受け継ぐエルフだ。現在のエルフの長は、エイルの大叔父であり、クリーク連合共和国の首長を務める大物である。


「今日は、ローハン隊長の使いで伺いました。東門で少々問題が発生しまして……真贋判定の依頼に参りました」

「真贋判定ですって?」


 眉間に皺を寄せ、剣呑な雰囲気を発するエイル。先ほどの朗らかさとは一変して、不穏な気配が室内に漂う。


「はい。エイル様のお知恵を借して頂きたく、ローハン隊長からの直接依頼です」

「ローハンが……」

「ローハン隊長から手紙を預かっているのですが、その前に一つだけお願いがあります」

「ルイが頼みごととは珍しいですね。なんでしょうか?」

「遮音結界をお願いしたいのです」

「……そんな重大事じゅうだいじが起こっているのですか?」

「ローハン隊長から、くれぐれも内密にと言われてはいますが、これはエイル様の為でもあります。エイル様は研究のことになると、殊の外興奮なされますからね」

「確かに騒ぎますが、そんな大層な扱いをされる覚えは『ないとでも?』……分かりました。ルイがそこまで仰るなら、遮音結界を張りましょう」



エイル 視点



 遠慮なく割り込んでくる辺りに、ルイの本気を感じます。表情は微笑んでいますが、目が笑っていません。ガチです!

 そしてなにより、力一杯否定出来ない自分が悲しいです。日々の行いの大切さを痛感しました。


「ではこちらが、ローハン隊長から預かった手紙です」

 

 遮音結界が張られたのを確認したルイは、私に手紙を差し出してきました。それを受け取り、裏を確認すれば、確かにローハンの筆跡です。私は急ぎ開封し、便箋に書かれた内容に視線を走らせます。


「………これは、本当のことなのでしょうか?」


 手紙に書かれていた内容の非現実さに、私はたっぷりと固まりました。質問した声だって、やっと絞り出したのです。掠れた酷い声。


「興奮しないんですね?」


 だと言うのに、ルイの第一声は酷いものでした。


「興奮って!…随分な言いようですね。私だって、現実味の可否ぐらいは区別がつきますよ!取り分けこれ・・は、群を抜いて現実味が無さすぎます!」


 いくら研究分野だからといって、なんでもかんでも興奮するわけないでしょう!?私がプンスコ憤慨していると、ルイは残念そうな表情だ。


「ローハン隊長の見込みも、当てにはなりませんね」


 肩をヒョイッと竦めると、ルイはズイッと顔を近づけてきた。


「私たち門兵も暇じゃありません。冗談などではなく、本気です。隊長の手紙になんと書いてあるか存じません。ですが街門には、エイル様が来るの待つ幼子(+魔獣)がいるんですよ」

「…っ近いですよ、ルイ!」


 ルイの胸元を押し退け、私はズレた眼鏡を指で調整した。見る人が見れば、ご馳走様な状態であった。


「幼子が魔従族のメダルを持って、二百年ぶりに街門に登場ですか!?」

「はい。なんでも……里の最後の住人で、面倒を見てくれていたお祖母様を亡くされたみたいで。一人でも問題ないけど、やっぱり人恋しいから里を降りてきた……と仰っていました」

「真贋判定には時間がかかるのをご存知ですよね?『一時間やそこらで済ませろ』というローハン貴方がたの注文が間違ってるんですよ!」

「では、その幼子を街から放り出せと言うんですか?……可哀想に。誰かさんの怠慢で寒空に放り出されるなんて、なんという鬼畜でしょう」

「なっ!?あなたねぇ……ルイ!少しキャラが違いませんか!?」



 確かに、本来の真贋判定は、こんな気軽に依頼出来るものでもなければ、直ぐに診断が付くものでもない。

 本物だと認定する以上、それ相応の責任が付きまとうものだから。

 ルイはそれを知った上で、任務遂行の為に舌を転がす。


「とりあえず、一度街門まで来ていただけませんか?真贋判定をするかどうかは、メダルを見てからでも遅くはないですよね?」

「確かにそうですが……もし、真贋判定をするとなった場合は、幼子はどこで保護をするんですか?」

「……ローハン隊長のことですから、きっと考えがあるのでしょう。真贋判定の言い出しっぺも、隊長ですし」


 皆まで言わずとも、貴方に預けるつもりです!とは、ルイは口が裂けても言わない。任務遂行…以下略。



「その間が怪しいですね。ですが、これに応えなければ、貴方も帰らないのでしょう?」


 私の言葉に、ルイは『御名答』とばかりに微笑みます。コイツは、見た目とは全く違う似非紳士です。しかし、見た目に騙される女性が後を知れません。可哀想に。


「よくご存知で。それに、考えても見てください。王家の褒章メダルを偽造という極刑モノの犯罪を、幼子がするメリットがあるか否かを」

「……確かに。なんのメリットもありません。誰か愉快犯の仕業だとしても、悪質過ぎて、笑えません」


 そう言われて、疑問に思うのも無理はありません。もし身分証明が欲しいなら、入領税を払って街に入り、然るべきギルドで会員になればいいだけなのですから。

 それを敢えて、身分証明としてメダルを出す辺り、偽物とは考えにくい。だけど素人には、本物かどうかの区別も難しい。だから、私の出番というわけですか。



 考え込みだしたエイルの姿に、ルイは気付かれない程度に口端こうたんが上がる。


「そうですよね?それに、褒章メダルのミスリルの材質は本物だそうですよ?」



 もし本当に、メダル自体が本物なら?幼子も魔従族なら?……私の研究者としての性が疼き始めてしまいました。

 ルイは本当に、誘導がお得意で。それを見計らって、ルイをうちに寄越したローハンが気に食わない。


「あいつ……ことが終わった後に、なにか奢らせなければ気が済みません」

「お好きなようにして下さい」

 

 フフッとサディスティックに微笑むルイに、私は頬が引くつきました。あの笑顔の裏で、一体なにを考えているんでしょうねぇ?彼は。

 見方によれば、上司を売ったように見えるんですが、ルイは気づいているんでしょうか?(←もちろん!)

 


 ルイ Side



 僕は職務を実行出来れば、後のことは知ったことではない。エイル様と隊長は、仲良く戯れていればいい。

 とりあえず……エイル様を、街門まで引っ張ることには成功しそうである。


 エイルさん、こんな事を考えていますよ。

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