第1章 イケメン令嬢は婿が欲しい
1-1
ゆえに、その日、ユマルーニュ王国の王都にて
「ニコラ様! 次の曲では
「あなた割り込みはよしなさい、ニコラ様の次の相手はわたくし! ねっ、ニコラ様!」
「お待ちなさいっ、あなたさっきもニコラ様と踊っていたでしょ!
ニコラの周りは常に人だかりで、ニコラを取り囲む誰もがニコラの気をひこうと
「ニコラ様、この果実
「ど、どうも……あの、自分の手で食べますので……」
「ニコラ様ぁ、あたくし
「えっ
「
「なんと
そうよそうよっこの恥知らず女っ! と、そこかしこで
ニコラを
の中心で、ニコラは引きつった
(ああ……今回もまたいつもの展開になってしまった……)
子爵令嬢ニコラ・ミグラスは確かに美貌の令嬢である。あるのだが、その美貌の方向性が少々……いや、
並の男など見下ろしてしまえる長身に、
そう、イケメンなのだ。そこら辺の貴公子など目じゃないくらいにニコラはイケメンなのだ。ユマルーニュ王国一とも
ニコラを巡り激しい言い争いを
(やっぱりこうなっちゃうかぁ……ううっ、これじゃ出会いなんて望めない……!)
若き
ニコラもそうだ。ミグラス子爵家の
それなのにこれである。寄ってくるのは異様にギラついた目で見つめてくる女性のみ。
「君、どうかしたのかい?」
植え込みの向こう側に、いつのまにか若い貴公子が立っていた。身なりからして舞踏会の参加者だろう。彼は
「そんなところにうずくまって、気分でも悪いんじゃないのかい?」
「あ、いえいえご心配なく、風にあたっていただけですので! お気遣い痛み入ります」
「しかし顔色も悪いし、控え室で休んだほうがよさそうだ。僕に摑まるといい、さあ……」
植え込みを回り込んできた彼は、しかし、ニコラの男装姿の全身を見るなり目を見開いて顔を
「君……ニコラ・ミグラス
「あれっ、私のことをご存じで……?」
「
「たぶらかすだなんて、そんなつもりは私には
「女性という女性を
彼は差し出していた右手をぱっと引っ込めると、ニコラに冷たい
遠ざかっていく背中をニコラは切ない気分で見送る。ニコラはいつも男性陣からこういった
それも当然だ。彼らだって出会いを求めに来てるのに、
ううっと
(こんなんじゃ、いつまでたっても婿が取れない……!)
*****
「じゃあニコラってば、まぁた成果ナシだったのね?」
「まあね、いつもどおりにね……しょせんイケメンだから私は……」
ミグラス家のこぢんまりとした館の中のこぢんまりとした私室で、ニコラはしょんぼりと
ニコラの向かいに
「だけどガッツリ男装キメたニコラと張り合わなきゃならない男性陣も大変よねぇ」
「うん、それは私も申し訳ないと思ってる……私が
切なげにそう言いながら紅茶をすするニコラをメラニーが
「だったらもういい加減、男装で参加するのはやめなさいよニコラ」
「いや、それはちょっと……先方の要望を無視するわけにもいかないでしょ」
ニコラのもとには
「そんなふざけた要望、無視でいいわよ。しれっと女装して行っちゃいなさいよニコラ」
「ねえ、今、女装って言った……?」
「次のお呼ばれはもっとガッツリ女子っぽくするのよ、ぐわっと
「なんか色々
メラニーは気の置けない
だがニコラは、彼女の言うように先方の要望を無視するわけにもいかない。ミグラス子爵家は極めてちっぽけな弱小貴族なのだ。歴史も浅く領地も
「だから私がとれる手はこれしかないんだよ! とにかく男装であちこち参加して出会いの機会増やして、
「そんな人材いるかしらねぇ」
「ど、どこかにはいるよ多分……! ユマルーニュ王国は広い!」
「王国広しといえども貴族社会は
「うっ……」
「そしてもはや残された時間も少ないわけよね」
「ううっ……」
現在ニコラは十八歳。ユマルーニュ王国の貴族令嬢としては
このメラニー・ラウドーは一年前に
「そういえばメラニー、最近うちにしょっちゅう遊びに来てるけど大丈夫なの?」
「伯爵夫人の仕事はきっちりこなしてるから大丈夫。リカルドがたびたび留守にするから
「ああ、ラウドー伯爵、職務でしょっちゅう国外なんだっけ?」
「あちこち他所の国に
(もう初夏だなぁ。夏が終わるまでにはなんとか
ニコラはじっとりとした不安に包まれる。窓
金銭的に
「ねえちょっとニコラってば! 聞いてんの?」
「聞いてるわけないでしょ。人のノロケをまともに聞いてられる
「やあねぇ、ノロケ話はとっくに終わったわよ。今度のご
「今度のご婚礼って?」
首を
「やだニコラあんたまさか知らないの!? 婚礼っていったらアリアンヌ様のご婚礼の件でしょ! ガルフォッツォ王国の王太子との!」
「アリアンヌ様……って、えっと……?」
「そこすら知らないの!? あんたそれでもユマルーニュ王国の貴族なの!?」
「貴族ったって、こんな
ニコラはもごもごと言い訳する。世事に
「アリアンヌ様はね、王女
メラニーは王女の婚礼への関心が高いようだったがニコラは特に興味は持てなかった。
「だけどあたし実は、向こうの男ってけっこう好みなのよぉ。日焼けした
「ちょっと
「あぁら、火遊びは貴族の
「
ぎりっとニコラに
「あ、そうよニコラ、異国の男って手もあるんじゃない? あんたの婿探し、ガルフォッツォの貴族も視野に入れてみたら?」
「えっ、国外から婿取り!?」
「
「私……国内にはもう望みなしってこと……?」
「そ、そうは言ってないけど!
「うーん……いや、でも当分は国内で
ニコラは小さな鏡台に目をやる。そこにどどんと
「やだ、あれぜんぶ招待状? さすが
「あれだけ行けばどこかにひとりくらいは物好きな
「ぜんぶに行く気? さすがに無理よ、厳選しなくちゃ」
あたしに任せなさいとメラニーは
が、なぜか
「メラニー? どうかしたの、固まっちゃって。どっか変なとこからの封書?」
「変なとこっていうか……ニコラ、これ……」
メラニーから差し出されたその封書を受け取り、封蝋に刻まれた
世間知らずなニコラでもさすがに知っていた。その紋章――白
「ええっ、おっおっ王家からの書状っ!? なんでうちに!? なんでこんなとこに交ざってんの!?」
ニコラは
「きゅ、
呼び出しの理由は何も記されていなかった。日時と場所の指定のみの簡潔な書状である。
「ニコラ、呼び出し理由より今はとにかく
「そっ、そうだ……っていうか明日の正午ぉ!? 間に合うわけないよ!? ここ僻地だよ!?」
「大丈夫よニコラ、あたしが乗ってきた馬車を貸すわ! 夜明けと同時に
「えっ待って、正装って、女物で行くべきだよね!? ないよ!? 私の狭い
「なんでよ!? この太平の世に戦争でも起こす気!? 」
「これ着て来てねって招待状と
「ちょっと落ち着きなさいよ! まったく、本当あんたってガワはきりっとしたイケメンのくせに中身はヘタレよね」
「知らないよ! 好きできりっとしたイケメンのガワで生まれてきたわけじゃないよ!」
わあわあ騒ぎながら支度に
*****
翌日、王都の宮殿になんとか正午ぎりぎり間に合ったニコラは、早々に
「よくぞ参った、ニコラ・ミグラスよ。ふむ、これは聞きしに
白薔薇と白百合と蔦の紋章で
「ふむふむ、これでおなごだとはのう……なるほど、これならば、うむ……」
国王が、
「本日参ってもらったのはのう、ニコラ。そなたに
「アリアンヌ王女殿下、ですか……?」
つい昨日、友人から聞いたばかりの王女の名だ。他国への輿入れを控えているというその王女とは接点も何もないはずなのに、とニコラは不思議に思う。
「我らの
国王が深い深いため息をつきつつ語り始めたところによると。
アリアンヌ王女は、幼少期より体の弱さゆえ温暖な王国南部の
「儂らはもっと早くなんとかしてやらねばならなかった……ガルフォッツォに嫁ぎ両国間を
「へっ」
突然話の
国王と后は、共にずいっと身を乗り出して、ニコラを強い目でまっすぐに見据えてくる。
「輿入れまでに、アリアンヌをなんとか、男に慣れさせたいのじゃ!」
「そうなのです、だからそなたには、離宮でアリアンヌの側に仕えてほしいの!」
「えっ!? えっ、私が……?」
想像だにしていなかった展開で、ニコラは理解が追いつかない。
「ええ。ニコラ、そなたはどこからどう見ても男だわ! しかも類い希なる良い男だわ!」
「そうじゃ。アリアンヌにとっては、そなたはそれはもう相当な
「し、刺激物……?」
「そなたと共に過ごせばアリアンヌも輿入れまでにかなり男に慣れることができると思うのです! 輿入れ前ですからね、本物の男はあの子の側に置くわけにはいかないの」
「その点、そなたならば安心安全のおなご! まさにうってつけ! どうじゃ、ニコラ!」
「ええっ、えっとっ、その……」
ニコラは
「ああ、それにしてもまことに見事な男ぶりだこと……これほど絶世の美男子だとは……」
なんだかいつのまにやら后に熱っぽい目でうっとり見つめられていて、ニコラは反応に困った。
「
「これこれ后よ、そのように穴のあくほど見つめてはこの者も困るであろう」
「まあ、陛下。もしかして
からかうように問いかける后へ、国王が咎めるような視線を送る。それを受けて、后は
「類い希なる美男子をちょっと見つめるくらいのこと、とやかく言われる筋合いはありませんわ。陛下なんて見つめるどころか
「これ、やめんか人前で」
「せめてもう少し相手を
なんだか目の前で
「あのう陛下っ、このたびのお話なのですが! えっと、私のような無作法者は王女殿下のお
やはり荷が重いためニコラは固辞しようとしたが、しかし国王は
「ニコラよ、これは命令ではない。頼み事にすぎない。であるからして、
「え……」
「我が娘の困った状態が改善されて
国王からの褒美。目の前に特大の
「おっ……おそれながら、陛下……私はただ今、婿探しに難儀している真っ最中でありまして……褒美として、婿探しにご助力いただくというのは、
無論じゃ、と国王は笑みを浮かべて
「良き婿を儂が
「是非ともやらせて頂きますっ!」
かくして話は秒でまとまった。
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