第1章 イケメン令嬢は婿が欲しい

1-1


 しゃくれいじょうニコラ・ミグラスは、ぼうの令嬢である。

 ゆえに、その日、ユマルーニュ王国の王都にてもよおされているとう会の場において、ニコラは最も目立つ存在だった。かざった貴族男女が大勢集まっているはなやかな場であっても、ニコラの類いまれなる美貌はだれよりもきわっていた。


「ニコラ様! 次の曲ではわたくしとおどってください!」

「あなた割り込みはよしなさい、ニコラ様の次の相手はわたくし! ねっ、ニコラ様!」

「お待ちなさいっ、あなたさっきもニコラ様と踊っていたでしょ! ずうずうしい!」


 ニコラの周りは常に人だかりで、ニコラを取り囲む誰もがニコラの気をひこうとけんめいになっていた。


「ニコラ様、この果実がりました? 美味ですのよ、さあさあさあ! あーん!」

「ど、どうも……あの、自分の手で食べますので……」

「ニコラ様ぁ、あたくしってしまってぇ、ひかしつでふたりっきりでかいほうしてくださぁい」

「えっだいじょうですか? えっと、じゃありんしつに行きましょうか、どうぞ私につかまって……」

だまされてはなりませんわニコラ様! その女は酒なんていってきも飲んでいませんわ!」

「なんとはじらずな女! ニコラ様をひとめしようったってそうはいかなくってよ!」

 そうよそうよっこの恥知らず女っ! と、そこかしこでせいがあがる。ニコラ様ぁ私と踊ってぇ! 目線くださぁい! などという黄色い声もあちこちであがり続けている。

 ニコラをめぐってギラギラと目を血走らせているその面々は、いずれも女性である。華やかに着飾った貴族令嬢たちである。ねっきょうする彼女たちによる包囲もう

の中心で、ニコラは引きつったみをかべることしかできない。


(ああ……今回もまたいつもの展開になってしまった……)


 子爵令嬢ニコラ・ミグラスは確かに美貌の令嬢である。あるのだが、その美貌の方向性が少々……いや、おおはばに、本人の望むそれとはズレているのだった。

 並の男など見下ろしてしまえる長身に、たよりがいがあると評判の立派なかたはば、広い背中。ひとつ結びにしたくせのないきんぱつすずしげなへきがんいろどられた高貴なおもち。華やかなきゅうてい服をかんぺきに着こなした、すらりとした立ち姿――そんなニコラは、おとにふさわしき美貌というよりも、貴公子にふさわしき美貌にめぐまれまくってしまった女子なのである。

 そう、イケメンなのだ。そこら辺の貴公子など目じゃないくらいにニコラはイケメンなのだ。ユマルーニュ王国一ともしょうされるイケメン容姿を持つ彼女は、どこの舞踏会でもお茶会でも目の色を変えたご婦人方に取り囲まれてきゃあきゃあさわがれてしまうのだった。

 ニコラを巡り激しい言い争いをひろげている女性じんひとがきから、ニコラはそっとした。長身をぎゅっと縮めてこそこそと会場をげだし、ひとけのない庭園のかたすみの、植え込みのかげに身をかくすようにしてしゃがみこむ。重たいため息が次々もれてくる。


(やっぱりこうなっちゃうかぁ……ううっ、これじゃ出会いなんて望めない……!)


 若きこんの貴族男女にとって、こうした社交の場というのは、出会いの場である。より良きはんりょを探し求めて、みな日夜こういった華やかなるつどう。

 ニコラもそうだ。ミグラス子爵家のひとむすめであり、よわい十八になるニコラは、婿むこになってくれる相手を求めてこうした場にせっせと参加している。

 それなのにこれである。寄ってくるのは異様にギラついた目で見つめてくる女性のみ。

 かんじんの男性たちはといえば――


「君、どうかしたのかい?」


 植え込みの向こう側に、いつのまにか若い貴公子が立っていた。身なりからして舞踏会の参加者だろう。彼はづかわしげな顔をして、植え込みの陰のニコラに近づいてくる。


「そんなところにうずくまって、気分でも悪いんじゃないのかい?」

「あ、いえいえご心配なく、風にあたっていただけですので! お気遣い痛み入ります」

「しかし顔色も悪いし、控え室で休んだほうがよさそうだ。僕に摑まるといい、さあ……」


 植え込みを回り込んできた彼は、しかし、ニコラの男装姿の全身を見るなり目を見開いて顔をこわばらせた。


「君……ニコラ・ミグラスじょうか……」

「あれっ、私のことをご存じで……?」

もちろんだとも。なぜか男装姿であちこちの社交の場に現れては女性たちをたりだいにたぶらかしていく令嬢のことはちかごろとても有名だからね」

「たぶらかすだなんて、そんなつもりは私にはいっさいないんです! みなさんがなんだか勝手にたぶらかされてしまうだけで! こんな格好してるのにも色々と事情がっ」

「女性という女性をのきとりこにするような君には、男の手助けなど必要なかったな」


 彼は差し出していた右手をぱっと引っ込めると、ニコラに冷たいいちべつをくれて、早足でさっさと去っていった。

 遠ざかっていく背中をニコラは切ない気分で見送る。ニコラはいつも男性陣からこういったあつかいを受けるのだった。彼らはいつも、ニコラを取り囲んできゃあきゃあ騒いでいる女性陣の輪の外側から、非難がましい視線を冷ややかに向けてくる。

 それも当然だ。彼らだって出会いを求めに来てるのに、けっこん相手候補の令嬢たちは皆、なぜか男装して参加している女に群がっているのである。非難したくもなるだろう。

 ううっとうめいて、ニコラはまたも特大のため息をこぼす。


(こんなんじゃ、いつまでたっても婿が取れない……!)



*****



「じゃあニコラってば、まぁた成果ナシだったのね?」

「まあね、いつもどおりにね……しょせんイケメンだから私は……」


 ミグラス家のこぢんまりとした館の中のこぢんまりとした私室で、ニコラはしょんぼりとかたを落とした。

 ニコラの向かいにこしけてうすあじの紅茶をすすっているのは友人のメラニー・ラウドーだ。


「だけどガッツリ男装キメたニコラと張り合わなきゃならない男性陣も大変よねぇ」

「うん、それは私も申し訳ないと思ってる……私がにイケメンなばっかりにね……」


 切なげにそう言いながら紅茶をすするニコラをメラニーがあきがおえる。


「だったらもういい加減、男装で参加するのはやめなさいよニコラ」

「いや、それはちょっと……先方の要望を無視するわけにもいかないでしょ」


 ニコラのもとにはごうせいな舞踏会やお茶会への招待状がじゃんじゃん届く。ユマルーニュ王国の貴族社会で話題ふっとう中のイケメン令嬢を招きたいという貴族は多い。だが、そんな招待状にはいつも決まって、ニコラへのちょっとした要望が記されているのである。

 いわく、必ず男装して来い! と。


「そんなふざけた要望、無視でいいわよ。しれっと女装して行っちゃいなさいよニコラ」

「ねえ、今、女装って言った……?」

「次のお呼ばれはもっとガッツリ女子っぽくするのよ、ぐわっとだいたんむなもとのあいたドレス着て、ささやかな胸でもがんがんしゅつして、ちょっとでもイケメン度を薄めるのよ!」

「なんか色々ひどい……!」


 メラニーは気の置けないあいだがらの友人なので、非常にずけずけと物を言う。

 だがニコラは、彼女の言うように先方の要望を無視するわけにもいかない。ミグラス子爵家は極めてちっぽけな弱小貴族なのだ。歴史も浅く領地もひんじゃくで、貴族社会のはしっこにかろうじて引っかかっているような家だ。本来であれば大貴族しゅさいの舞踏会のような場になんて招待してはもらえない。しかしながら男装のイケメン令嬢であればおもしろがられて、そういった大規模で華やかな場にも招いてもらえるのだ。男装のニコラにのみじゅようがある。


「だから私がとれる手はこれしかないんだよ! とにかく男装であちこち参加して出会いの機会増やして、しゅの変わった通好みなしんに出会えるのを期待するしか……!」

「そんな人材いるかしらねぇ」

「ど、どこかにはいるよ多分……! ユマルーニュ王国は広い!」

「王国広しといえども貴族社会はせまいのよね」

「うっ……」

「そしてもはや残された時間も少ないわけよね」

「ううっ……」


 現在ニコラは十八歳。ユマルーニュ王国の貴族令嬢としてはけっこんてきれいギリである。あせりできりきりと胃の痛みを感じつつ、ニコラは向かいに座る友人をうらやましく見つめた。

 このメラニー・ラウドーは一年前にりょうえんを結んだ身だ。彼女はミグラス家同様の弱小貴族の出でありながら、財も歴史もある王国有数の大貴族ラウドーはくしゃく家にとつぐというぎょうげたごうものなのである。上等なドレスを身につけたその姿は今や大層立派な伯爵夫人。ラフなシャツ姿でかみも簡単にひとつにくくっただけのニコラとは大ちがいである。


「そういえばメラニー、最近うちにしょっちゅう遊びに来てるけど大丈夫なの?」

「伯爵夫人の仕事はきっちりこなしてるから大丈夫。リカルドがたびたび留守にするからさびしいのよぉ」

「ああ、ラウドー伯爵、職務でしょっちゅう国外なんだっけ?」

「あちこち他所の国におもむかされるんだから、陛下の信任厚いだん様を持つと大変よぉ。リカルドったらああ見えて意外とデキる男なのよねぇ、こないだも彼ったらねぇ」


 こうれいのノロケが始まったのでニコラは心を無にしてやり過ごすことにした。無の表情でひたすら窓の向こうを見つめる。なだらかなおかりょうせんじょじょに夕日に染まりつつあった。


(もう初夏だなぁ。夏が終わるまでにはなんとか婿むこりを……なんとか……なる……?)


 ニコラはじっとりとした不安に包まれる。窓硝子ガラスに映るおのれのたくましい姿を見て、さらに不安はつのる。また全体的に、い感じの筋肉が増してしまっているのだ。

 金銭的にゆうのないミグラス家では使用人が少なく、こうれい化もいちじるしいため故障者も出やすく、その穴は若いニコラがめるしかないのである。庭師のじいやがこしを痛めるたび代わりに木登りしてせんていし、足の悪いばあやがそこら辺で動けなくなっているのを見つけるたびき上げて運んだりしていると、いやおうでも筋肉量は増える。結果、イケメン化にはくしゃがかかってしまう。


「ねえちょっとニコラってば! 聞いてんの?」

「聞いてるわけないでしょ。人のノロケをまともに聞いてられるじょうきょうじゃないんだよ私は」

「やあねぇ、ノロケ話はとっくに終わったわよ。今度のごこんれいの話をしてたの! 久々の華やかな行事で楽しみよね。王都でも連日この話題で持ちきりだもの」

「今度のご婚礼って?」


 首をかしげるニコラを前に、メラニーががくぜんとしたように目を見開く。


「やだニコラあんたまさか知らないの!?  婚礼っていったらアリアンヌ様のご婚礼の件でしょ! ガルフォッツォ王国の王太子との!」

「アリアンヌ様……って、えっと……?」

「そこすら知らないの!? あんたそれでもユマルーニュ王国の貴族なの!?」

「貴族ったって、こんなへき住まいだし……しょせんゆいしょ正しくない系貴族だし……」


 ニコラはもごもごと言い訳する。世事にうといニコラとは反対にメラニーは情報通だ。


「アリアンヌ様はね、王女殿でんよっ! 末のひめぎみで、あたしらより四歳年下で、今度の秋にガルフォッツォ王国に輿こしれなさるのよ。お相手の王太子って、どんな方かしらね? しゃくねつのガルフォッツォっていったら情熱の国だし、ガルフォッツォ男ってとにかく無類の女好きって印象あるし、王太子の女関係でご苦労なさらないといいけど」


 メラニーは王女の婚礼への関心が高いようだったがニコラは特に興味は持てなかった。


「だけどあたし実は、向こうの男ってけっこう好みなのよぉ。日焼けしたかっしょくはだとかくろかみとか、野性味あって色っぽいわよね!」

「ちょっとしんこんでなに言っちゃってんの伯爵夫人ってば……」

「あぁら、火遊びは貴族のたしなみよ?」

ぜいたく者め……! こちとら婿ひとり見つけるのにもなんしてるってのに……!」


 ぎりっとニコラにめつけられるが、にやけ顔のままメラニーは肩をすくめてみせる。


「あ、そうよニコラ、異国の男って手もあるんじゃない? あんたの婿探し、ガルフォッツォの貴族も視野に入れてみたら?」

「えっ、国外から婿取り!?」

きんりんの友好国だし、王女殿下の輿入れで両国の結びつきもさらに強まるわけだし」

「私……国内にはもう望みなしってこと……?」

「そ、そうは言ってないけど! せんたくが広がるにしたことはないでしょ?」

「うーん……いや、でも当分は国内でがんってみるよ。あれだけおさそいもらってるし」


 ニコラは小さな鏡台に目をやる。そこにどどんとちんしているのはふうしょの山である。


「やだ、あれぜんぶ招待状? さすがしゅんのイケメン」

「あれだけ行けばどこかにひとりくらいは物好きなこうがいる、と思いたい……!」

「ぜんぶに行く気? さすがに無理よ、厳選しなくちゃ」


 あたしに任せなさいとメラニーはさっそうと立ち上がり、未かいふうの封書の山をてっぺんから検分しにかかる。ここは真っ先に返事すべし、ここは行く価値ないから後回しでよし、ここは意外とアリだから返事は急ぎで、と各招待状をたくみの手つきで仕分けていく友人にニコラはかんたんのまなざしを送る。

 が、なぜかとつぜん、ぴたりとメラニーの手が止まった。メラニーは目を見開いて、一通の未開封の封書の、ふうろうのあたりをぎょうしている。


「メラニー? どうかしたの、固まっちゃって。どっか変なとこからの封書?」

「変なとこっていうか……ニコラ、これ……」


 メラニーから差し出されたその封書を受け取り、封蝋に刻まれたもんしょうを見て、ニコラもまた目をいた。

 世間知らずなニコラでもさすがに知っていた。その紋章――白しら百合ゆりつたとが組み合わさった優美なしょうは、ユマルーニュ王国をべる王家をしょうちょうする紋章もの


「ええっ、おっおっ王家からの書状っ!? なんでうちに!? なんでこんなとこに交ざってんの!?」


 ニコラはあわてふためきながらも大急ぎで開封し、紙面に並ぶ文字を必死に目で追った。


「きゅ、きゅう殿でんに! 明日の正午、王都の宮殿に参上するように、って書いてあるんだけど! 私ての呼び出し状なんだけど! ミグラス家当主の子爵じゃなくて令嬢のニコラ・ミグラス宛て……なんで私!? なんでっ!?」


 呼び出しの理由は何も記されていなかった。日時と場所の指定のみの簡潔な書状である。


「ニコラ、呼び出し理由より今はとにかくたくしなくちゃ! 急がないと時間ないわよっ」

「そっ、そうだ……っていうか明日の正午ぉ!? 間に合うわけないよ!? ここ僻地だよ!?」

「大丈夫よニコラ、あたしが乗ってきた馬車を貸すわ! 夜明けと同時にって飛ばせばギリ間に合う! ラウドー家の馬力ハンパないから! あとはそう、身支度ねっ」

「えっ待って、正装って、女物で行くべきだよね!? ないよ!? 私の狭いしょう部屋、男物の衣装ばっかりだよ!? きらびやかな服とか軍服ばっかりだよ!」

「なんでよ!? この太平の世に戦争でも起こす気!? 」

「これ着て来てねって招待状といっしょに送りつけてくるご婦人方が多いからいつのまにかそんなありさまなんだよ! 女物なんてずっと着る機会もなかったから新調してない……! やっぱ男物着てくしか……でも不敬にあたる!?」

「ちょっと落ち着きなさいよ! まったく、本当あんたってガワはきりっとしたイケメンのくせに中身はヘタレよね」

「知らないよ! 好きできりっとしたイケメンのガワで生まれてきたわけじゃないよ!」


 わあわあ騒ぎながら支度にけずりまわっているうちに夜はしゅくしゅくけていった。



*****



 翌日、王都の宮殿になんとか正午ぎりぎり間に合ったニコラは、早々にえっけんの間に通された。

 てんじょうには、王家がしんぽうする、太陽をつかさどる神の神話がえがかれていた。そうだいな天井画に見下ろされてガチガチにきんちょうしながら、ニコラはふたつの玉座のぜんひざまずいた。結局、男物の宮廷服を着てきたため貴公子のごとくかたひざをついて跪いてみた。この謁見の間に至るまでにニコラの格好がとがめられることは特になかった。


「よくぞ参った、ニコラ・ミグラスよ。ふむ、これは聞きしにまさる美男子ぶり……」


 白薔薇と白百合と蔦の紋章でかざられた玉座に座すユマルーニュ王国の国王ときさきは、ふたりしてやけにまじまじと見下ろしてくる。ニコラの緊張はさらに増していく。


「ふむふむ、これでおなごだとはのう……なるほど、これならば、うむ……」


 国王が、となりの后と顔を見あわせて何やらうなずきあっている。ニコラはなんだか不安になる。


「本日参ってもらったのはのう、ニコラ。そなたにたのみたきがあるがゆえなのだ。我が娘アリアンヌのことでのう……」

「アリアンヌ王女殿下、ですか……?」


 つい昨日、友人から聞いたばかりの王女の名だ。他国への輿入れを控えているというその王女とは接点も何もないはずなのに、とニコラは不思議に思う。


「我らのいとしき末娘アリアンヌ……そなたも存じておろうが、あれは近々ガルフォッツォとのこんいんを控えておる。だがわしらはこの婚姻に、少なからぬねんを抱いておってのう……というのも、アリアンヌはあまりにも……あまりにも、男に慣れておらぬのだ……」


 国王が深い深いため息をつきつつ語り始めたところによると。

 アリアンヌ王女は、幼少期より体の弱さゆえ温暖な王国南部のきゅうで育った姫君であるという。そして国王夫妻の意向で、その離宮に勤める人員はすべて女性にしたのだという。王女のそばきも医師も護衛もすべて。というのも、王女があまりにもれんなので、側近くに男なんぞ近寄らせてはならぬっ! と国王夫妻が強く思ったから……らしい。そんな少々親馬鹿な国王夫妻が用意した女のそので育った結果、王女は今や、男という未知の存在に対してものすごく緊張してしまって会話すらできない姫君になってしまった、のだとか。


「儂らはもっと早くなんとかしてやらねばならなかった……ガルフォッツォに嫁ぎ両国間をたくみに取り持ち、ユマルーニュの益となるよう立ち回らねばならぬ身であるのに、夫となる男と会話すらままならん、などという現状ではまずい……そこでそなたに頼みたい」

「へっ」


 突然話のほこさきを向けられたニコラはすっとんきょうな声をあげてしまった。

 国王と后は、共にずいっと身を乗り出して、ニコラを強い目でまっすぐに見据えてくる。


「輿入れまでに、アリアンヌをなんとか、男に慣れさせたいのじゃ!」

「そうなのです、だからそなたには、離宮でアリアンヌの側に仕えてほしいの!」

「えっ!? えっ、私が……?」


 想像だにしていなかった展開で、ニコラは理解が追いつかない。


「ええ。ニコラ、そなたはどこからどう見ても男だわ! しかも類い希なる良い男だわ!」

「そうじゃ。アリアンヌにとっては、そなたはそれはもう相当なげき物であろう!」

「し、刺激物……?」

「そなたと共に過ごせばアリアンヌも輿入れまでにかなり男に慣れることができると思うのです! 輿入れ前ですからね、本物の男はあの子の側に置くわけにはいかないの」

「その点、そなたならば安心安全のおなご! まさにうってつけ! どうじゃ、ニコラ!」

「ええっ、えっとっ、その……」


 ニコラはどうようしきりだった。離宮で王女のそばづかえというだけでも大層なお役目なのに、男慣れさせるなどという任務まで負うなんて荷が重すぎる。れい作法にもことづかいにも自信はないし、王女にうっかり無礼を働いたりしてばつを受けることになるかもしれない。そもそもニコラは外見こそ完璧イケメン男子ではあるが中身はただのヘタレ令嬢である。男というものをじんもわかっていないのである。男慣れの任務なんて務まるとは思えない。


「ああ、それにしてもまことに見事な男ぶりだこと……これほど絶世の美男子だとは……」


 なんだかいつのまにやら后に熱っぽい目でうっとり見つめられていて、ニコラは反応に困った。


せいえいぞろいの宮殿付き衛兵にもここまでの者はいないわ……これでおなごだとは、神々もなんという意地の悪いことを……」

「これこれ后よ、そのように穴のあくほど見つめてはこの者も困るであろう」

「まあ、陛下。もしかしていていらっしゃるの?」


 からかうように問いかける后へ、国王が咎めるような視線を送る。それを受けて、后はたんげんそこねたように目をとがらせた。


「類い希なる美男子をちょっと見つめるくらいのこと、とやかく言われる筋合いはありませんわ。陛下なんて見つめるどころかまみいし放題ではありませんか。そこらへんの女に見境なく手をつけて!」

「これ、やめんか人前で」

「せめてもう少し相手をぎんして頂かないと! 貴方あなたというかたは、下働きの田舎いなか娘やら酒場の女将おかみやら異国の踊り子やら、見境なく次々とっ! どれだけ子種をばらまけば気が済むのやら!」


 なんだか目の前でふうげんが始まってしまっている。雲の上の人々の私生活がかいみえてしまった気がする。これ以上聞いてはいけない気がしてニコラは慌てて口を開く。


「あのう陛下っ、このたびのお話なのですが! えっと、私のような無作法者は王女殿下のおそば近くにあがれるような者ではなく、やはりお受けするわけには……」


 やはり荷が重いためニコラは固辞しようとしたが、しかし国王はけんせいするように片手をあげてニコラのそれ以上の発言を押しとどめた。


「ニコラよ、これは命令ではない。頼み事にすぎない。であるからして、ほうをとらそう」

「え……」

「我が娘の困った状態が改善されてばんぜんな状態での婚姻が成ったなら、そのあかつきにはニコラ、そなた褒美に何を望む? 何でも申してみよ」


 国王からの褒美。目の前に特大のえさをぶら下げられて、ニコラはごくりとつばをのんだ。


「おっ……おそれながら、陛下……私はただ今、婿探しに難儀している真っ最中でありまして……褒美として、婿探しにご助力いただくというのは、かないますでしょうか……?」


 無論じゃ、と国王は笑みを浮かべておうように頷いた。


「良き婿を儂がつくろってやろう。どうじゃニコラ、こたびの頼み事、引き受けてくれるか?」

「是非ともやらせて頂きますっ!」


 かくして話は秒でまとまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る