第36話 4-2_企画変更「三回いってごらん」
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「わ~。楽しい休日になりそう」
「そっちが常識を持って行動してくれたらな」
ヘチ子が距離を置いて睨んでくる。
林檎Bの方は一見へらへらと笑った様子で、距離を詰めた。ヘチ子は下がらない。
皮肉っぽい笑顔と怒りの無表情。二人はしばらく間近に睨み合っていたが、さすがに林檎Bも思うところがあるのか、やがて怪我のことを切り出した。
前回の騒ぎのとき、飛びおりた彼女を支えようとしてヘチ子は
「――あんたそれ、腕。大丈夫なんかいさ」
制服に空いたはずの穴は綺麗に修繕してあった。
「制服の代金ならさあ、私が――」
「別に」
別に。と割こんでヘチ子。
「……別に?」
「別に」
「『別に』なんて返事はこの世に存在しないよね~え?」
「怪我に関してお前にだけは心配されたくない」
「はあ? どういう言われ方よこれ」
林檎Bが声を上げた時、ヘチ子がさらに一歩距離を詰めて来た。押しくら饅頭の距離で目を覗きこみながら、
「願いは何だ」と訊ねた。「匣を使って何をやろうとしている?」
「ちょ――直球だねえ~」
林檎Bは得意の作り笑いで、つぐねを振り返るなど曖昧に話を終わらせようとする。
ヘチ子は関係なく続けた。
「怪我のこともそうだが、お前は自分のいいだした契約なんて守る気はないし、すべてをどうでもいいと思ってここに来ている。そうだろう? なら願いについてはどうだ? 願いについてもそうなのか?」
「ぐいっぐい……来るなあこいつ」
ほんのわずかだが作り笑いに苛立ちが滲む。さらに美しい娘の次の言葉が逆鱗に触れた。
「――だがどうでもいい願いなんだろうな。大切なものがないからあんな事ができる」
「おっほっほ~ん」
というのが、とっさに林檎Bの口から出た言葉である。激怒した際にいったん笑う、というタイプの人間が存在する。林檎Bがそうである。彼女は胸でヘチ子を押し返して、要注意の声でこういった。
「三回」という。
「……何?」
「三回いってみなっていってんの。つまり同じ事をあと二回。三回目がいえたら御褒美に、あんたの願い事一つ聞いてあげる。やりたい事があるんでしょ? 今、ここでね。ならいってごらんよ。私の願いが何だって?」
「あれやね『ケンカしようぜ』って意味やね』
つぐねが関西弁で呟く。
もちろんその通りである。ヘチ子が『三回』いった時点で、契約とやらは決裂。その結果どういう展開になるかは不明だが、ヘチ子たちにとっても面倒な事態になるだろう事は確かである。屋上での騒動もあったことだし、彼女たちとしてはこれ以上騒ぎを起こしたくない。
「何を――いいたいのか意味が分からないな」
ヘチ子はやけにゆっくりと、そう発音した。こちらも要注意の声である。
「あんたこの間からそればっかりですなあ――おっと。今日は泣きながらビンタとかやめてくださいよ。今日は懇談会なんだから」
「お前……」
ヘチ子が唇を噛む。
かなりムキになっているな、とつぐねは思う。
この内弁慶の幼なじみが自分から誰かに突っかかっていくのは非常に稀な事だった。
実は、前日の夜も、彼女はこの会談の予定について不満を述べていた。
河豚のようにむくれて「あいつが契約なんて守るはずがない」と主張した。「あいつは危うい」と繰り返すのだった。
つぐねも屋上の騒ぎのことは了解していたが、そこまで拘ってはいなかった。ヘチ子なら、あの飛びおりた状態からでも
それで「何がそんな気に触ったんだ? お前もおれも無茶くらいするじゃん。会ったばっかのやつに怒ることかね?」そう訊ねてみたのだが、ヘチ子はまた美しい河豚になって無言を貫いたのだった。
「うーむ。やっぱめずらしいよな」
現在、彼は新鮮な驚きすら感じながら、喧嘩する二人を携帯端末で撮影している。二人はすぐに気付いて抗議してきた。肩を突いたりペットボトルをゴリゴリ押しつけてくる。
「――おい何撮ってる。許さんぞ」
「盗撮小僧、水ぶっかけてやろうか!?」
「お前らよ。この会合は情報交換のために設けた場だろうがよ。来る前よりちょっと賢くなって一日を終えるべきだろ。何でお前らでその機会潰そうとしてんだよ。ちょっとバカになって終わろうとしてんだよ。見ろよこの醜い争いをよ」
つぐねは撮影したばかりのケンカを見せつけてやる。
しかし目の前の二人は、そんなことで反省するヤツらではない。
「わあかわいい。ウッ。でももっと嫌な顔できたね。次から気をつける~ウッ」
「ンンッ! 確かに酷いな。もっとボコボコにいってやるべきだった。ンッ。要改善だな」
うめき声が混ざるのは、すでに手が出ている状態だからである。肩を組むような近距離で互いに細かいボディブローを蓄積させている。
ついに、つぐねは手を上げてこう宣言した。
「ハイッ今日の主題変更~。今日の集いを『お楽しみ会』と呼ぶことにしま~す。おれ撮影係な。お前らがケンカするたび動画に撮るから。そんでそれが三十分以上溜まったら『はじめてのおつかい』みたいなBGMとナレつけて学校の連中に流すからな」
「は!? 許さんぞお前」
「あ!? 転がすぞ」
「お前らはアレだ。まず人間関係からだわ。ねちねちしたケンカ禁止。仲良くできてる間は撮影しないでやる。情報交換とか以前の問題だわ。おれは遊びてーんだ。お前らも仲良くしろよ。嘘でも善いぞ」
「やってられるか、そんな集まり」
「あんたやシャーと違って暇じゃないのよあたしらは。シャーごとヌンチャクの錆にしてやろうか?」
「帰ってもいいけど何も解決しねえぞ。そしたらおれはエリさんにこの動画のナレーションを頼みにいって楽しい動画作りで一日潰すわ。ね、エリさん」
とつぐねがいうのは、二人の背後に着ぐるみを従えたライディーンの女将、エリさんが立っていたからである。
「エリさん!?」
エリさんは一瞬で状況を察した。迷うことなく『はじめてのおつかい』の名物ナレーション故・近石真介氏の物真似で応じた。
「おやおや、お姉ちゃんもヘチちゃんもやる気十分のようでス。『がんばるぞっ』」
「近石真介バージョンだ! 初代マスオさんでも有名な故・近石真介さん!」
「忘れさせちゃなんねーからよ……近石真介イズムはよ」
三人の中でつぐねだけがはしゃぐいでエリさんとの会話を弾ませる。
「エリさんがなんでここに?」
林檎Bは近石真介のくだりを見なかった事にした。ヘチ子も同様の様子で会釈する。
「お前らのドツキあいで気付いて集まって来たんだぞ」
とつぐね。
エリさんの後ろで着ぐるみたちが頷いている。
「いや、そもそも何でこの広場に?」
「諸事情あって店はお休み。それで三人で遊びに行こうという話になったんだよね」
そう応えたのは着ぐるみの片割れの方である。
「――誰だ!」
「僕さ」
『かわいじりくん』の中から薔薇の
「亜喜良さん!? え? 何? バイト?」
「いや、借り物。本当のバイトの人はまだ準備中だっていうから着てみただけだよ」
続いてピンクのカッパも着ぐるみを脱ぐ。片食妹の姿が現れたが、彼女もどこか満足げである。
「きぐるみがあったら着る。これがライディーンの家訓だかんね」とエリさん。
「自由だなこの人たち……」
しかし、とつぐねたちは目配せする。
ライディーンの人たちと合流するとなると、親睦会としては楽しくなる代わり、匣の話がまったくできなくなる。
『それはさすがに趣旨が違いすぎる』とヘチ子が視線を送り『でもどうでもいいかな。遊ぶか』などとつぐねが思い始めていたところ、片食兄が気を利かせたのか、こういってくれた。
「ご一緒したいのは山々なんだけどチームライディーンは予約を入れているところがあるんだよね。まあ、ウロウロする予定だから途中で会うこともあるかもしれないね」
続けて「予約の方を何とかしようか?」という選択肢も提示してくれたが、それは子供チームの方で丁重に辞退した。
「じゃ」
「ではでは」
そういってチームライディーンと別れた。
「……で。どうするよ」
話の流れで広場を出て行く事になったが行き場所は決まっていなかった。
なお、解散する前の事だが、つぐねは撮影役を買って出て、一同へ本日の意気込みを訊ねていた。
以下そのインタビュー映像。
Q――今回の意気込みは?
「気を抜くな。これは戦争だ」
(河尻市、
「ぶっ
(河尻市、羽根井雪さん)
「賽は投げられた。自分のできることをやるだけです」
「……(※時は来た、それだけ)……」※意訳
(河尻市、
「よおし、みんなもやる気じゅうぶんっ。それでは、はじめてのおつかい、開始でス」
(河尻市、ライディーン栄璃(芸名)さん)
こうして近石真介氏の物真似で『お楽しみ会』は始まったのだった。
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