第8話 冬木リン

冬木リンは、泣いていた。

「どうして。」

と、

オレは答えを知らない。


昼休み、超研部(仮)の入り口。つまり

天文部、準備室に続くドアに立つ、プラチナ、ショートボブの小柄な美少女。

冬木リン

彼女を迎えたオレ、山下しんは驚きと共にああ、仕方ない。という諦観と後悔がよぎっていた。

二人きりの部室に、彼女の悲痛な叫びが響く。

「どうして!!」


オレは、こんな時なのに、後ろの、窓ぎわのプランターに射す、五月晴れの日差しが、いやにのどかだなと考えていた。 


少女の嗚咽は、眉間に深いシワを作って泣きじゃくる赤ん坊のようだ。

その小柄な身体のどこに、これほどの憎しみと悲しみが隠されていたのか。

余人が知る由もない。


憎しみは、彼女が持つには似つかわしくない、武骨な黒いサバイバルナイフに収斂され具現化したようだった。


ドシ、


コマ落としのように、ふところに飛び込んでいる冬木りんの頭部が見える。前を開いた白衣がひらめく。

学園指定のワイシャツがみるみる、気持ち悪いくらいのスピードで赤く、赤く染まっていく。


かく言うオレも、彼女のナイフに心臓を刺し貫かれるまでは、本当の意味では、その憎しみも、悲しみも理解はできてはいなかったのだろう。


全ては、あとの祭りだ。


そして!

きたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


いわゆる、異世界転生モノのイントロだ!

非業の死をとげる主人公を待つ、新たなる世界と冒険!

夢のオレtueeeeeeeーーーー!と絢爛豪華な、ヒロインたち!


[まちいや。山下しん。]


天上から声が響く。

いわゆる、ナビゲーター、転生の案内人、神か女神様か、大賢者的な!


[ちゃうで。山下しん。〕

うろんな、関西弁が告げる。

[これ、転生もんじゃあらへんで。あんさん、このままじゃ普通に、おっ死ぬで。〕

何を言ってるんだ。こいつは。

[話し終わってしまうさかい、あんじょう頑張って生き返ってな。〕


おい待てよ!それはない。無理だって。いまさら、何をどうすりゃあ生き返んの!

どうして。

「どうしてこうなったーーーーーーー!!!」


話は数週間前に遡る。


アルカ、北西の方にある東京の荒川。その先にあるアルカの人工の一級河川、第二荒川が、ゆっくりと流れていく。

これは、二つに分岐し、この人工島の工業用水、生活用水をまかないながら、アルカを縦断、南の太平洋へ至る。

河口に人工の気水湖を設け、その後、真水に処理され街を循環していく。


住宅区と併せた親水空間の整備だそうだが、自然の河川となんら変わりのない広大な景観が開けている。

絶好の散歩コースだが、大仰な事だ。これが全て人工物なのだから。


「ふー。」

やっとギブスが外れ、松葉杖から解放された身には、小高い土手の登頂は若干こたえる。

暖かな5月の陽気に少し、シャツが汗ばむ。

まあ、リハビリには丁度いい運動だろう。みなもを渡る涼しい風が、我が白衣をはためかせ空へ向かって通り過ぎる。


遠くに、数隻のレガッタが川面に白い波線を描いていく。ボート部の掛け声が聞こえて、、、聞こえ、、、、


「おおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーー!」

向こうの方から、猛烈な勢いで見覚えのある影が近づく。

「テメェエエエエーーー!待ちやがれ!しぃいいいん!!!!!」

土手のスロープを駆け上がり、顔面を真っ赤にわめき散らす、茶髪メガネ。


悪友の、只野友樹だ。

「なんだー友樹ー元気だなー何かいい事あったのかいー?」

ヘラヘラと応える白衣の少年。

「うるせえええ!だまれこのやろー!」

両手をヒザにつけ、息も絶え絶えの木更津県人。学園から全力疾走で追いついて来たのだろう。ご苦労なことだ。


「オレもバイト頼んだだろ!ひとりでおいしー思いしやがって!なんで、一人で行っちまうかなー!」


いやはや、ついボロい儲けのバイトがあると、口を滑らせたのが運の尽きだ。


「オレも、ウサギやモルモットのモフモフペットと戯れたいんだよ!」


コイツにはバイトの内容はオブラートに包んで伝えている。理由もなく高額なバイトなど世の中にはありはしないのだ。


「いいけどさー。まー見学だな。今日は。」

「おーよ!さあいこーぜ!!」

人の気も知らず能天気な茶髪メガネだ。まあ、いい社会勉強になるだろう。どうでも

いーけど。


バイト先の生物化学センターは、学園区から工業区に少し入った所にある。


同じ川沿いの土手なのだが、工業区に入り京葉線の高架をくぐり少し行くと何故か人通りは少なくなり、閑散とした雰囲気が辺りを占める。


最先端科学技術の粋を極め、完全管理システムを謳う東アルカだが、北と南東の工業区内に所々、虫喰いの様な治安の悪い場所が放置されている。

噂では、地下深く存在するという、スプロールスラムの入り口があるとか、ささやかれていて、完全管理とは程遠い有り様だ。


たとえ、天空にあるスーパーすんごいコンピューターの力を借りようが、人が作る社会というのは、不完全なものなのかも知れない。


「ん、、、、?」

そんな中、少し先の土手に、ポツンと立つ少女の姿が見える。

白い天宮一高の制服。腕には風紀の腕章。小柄な、プラチナショートの美少女。


「しん!お、、、おい!あれ、冬木リンじゃね?」

中々めざとい茶髪メガネが、道路側に降りる道にしゃがみながら、引っ張ってくる。

「なんで隠れんの?」

「いや〜〜〜だってよ〜スゲーテレパスだろ、あの子。オレ、苦手だ〜」


まったく、この小心者が。確かに彼女の前に立つのは、己の全てを曝け出し、一切の迷いない勇者のみなのだ。

「ウハハハハハ!これだから、小物が〜!オレが愛する嫁の前、マッパの!裸一貫の男の生き様を、今こそその目に刻むがいい!!ギャフ!」

訳の分からない事を言いながら、突撃しようとする白衣の少年を、寸前で押さえ付ける友樹。

「待て、まてまて!誰か出て来た!」

「フガ、、、」


彼女、冬木リンを囲む様に、数人の男女が、土手の河川側から登ってくる。

明らかな待ち伏せだ。


「なんだ、なんだ!クラスの女子もいるぞ!」

興奮する茶髪メガネ。


ここでやっと、奇妙な事に気がつく少年。

風紀委員の活動なら、最低でも二人1組で行動するはずなのだ。特にリンの場合プライベートでも仲の良い彼女。学園最強を誇る野川那智とたいがいワンセットなのだが、今はなぜか一人だ。

「なんだろ?しん?」

友樹が鬱陶しい。

あからさまな悪意を放つ、女子のメンツを見る限り、まともな用では無さそうだ。

「クラスのキラキラグループ女子どもだろ、あれ。」

「おお!那智達クラスカーストトップ達と敵対してる!」

さすがに聡い茶髪メガネ。

こういった人間関係には目が効く。


しかし、彼は失念している。山下しんは、友樹たちとは別クラス。なんで他の教室の人間関係にまで精通しているのか。

単なる情報通なだけだが。


「まあ、猿山のボス争いだろ。那智のいない今、リンに目を付けたってとこか」


ケバいキラキラ女子達は、野川那智を目の敵にしてるのだろうが、那智は多分気にも留めてはいるまい。下手をしたら気がついてもいないだろう。

実際、脅威になるものではなく、天然な彼女にとって、良くも悪くもクラスは平和そのものに見えているかもしれない。

その分周りの人間が苦労する。


リンを囲む三人の女子のうち、一番派手なギャルが笑いかける。

「冬木さぁん。ちょっとごめーん。あなたを紹介してって友達がさあ。アハハ。」


周りを囲む上背のある男5人が包囲を狭める。

あからさまにガラの悪そうな、チンピラが舌舐めずりしながら近づく。

「すっげ〜美人ちゃんじゃん。」

「もうちょっとボインだといーけどよー」


全く無表情なリンの表情が、わずかに動いたような気がする。

「ぼっ、僕は、ちっちゃい子でもいいんだな。ハアハア」

歯の欠けた巨漢のデブがヨダレをたらす。

「変態がよーケケケ」

周囲のチンピラ達が、笑う。


「ヤバイヤバイヤバイ!どうしよーしんー!!」

ユサユサと人をシェイクする友樹

「あ〜も〜〜〜」


バカを絵に描いたような三下共だ、他校、モスグリーンの三高の制服からして、全く冬木リンをわかっていない。

そして、女子三人も受信テレパスの少女を完全に侮っている。


「いーか、友樹。俺たちが以前シミュレーションして戦った相手、野川那智が、冬木リンだったらどうだったと思う?」

以前、第三アリーナで行われた、超研部(仮)の進退をかけた戦いだ。

「そりゃ、、、、オレらの楽勝?」

コイツもか!

「アホ〜!一瞬で、オレらの全滅だ!!」


「うらああああああ!!」

一斉に小柄な少女に群がる男たち。


が、すでにそこに、リンの姿は無い。

まるで残像の様に、それぞれの男の元に掴みかかる少女が見える。


「へ?」

「ギャァ!」

「ぐわあ!」

なんの工夫もない、膂力のみで男五人を遠投するリン。


キレイな放物線を描き、第二荒川の水面まで吹き飛んで行く。護岸は、水害対策のため広い。かなりの飛行距離だ。

特に、ボイン発言をした男はかなり遠くに着水したようだ。


「な、な、な、なんで、、、ウソ?」

腰を抜かしその場にヘタってしまうギャル達。


Aクラス受信テレパス。冬木リン。

その身体強化能力は、野川那智に匹敵し、通常の戦闘能力だけみたら化け物クラスだ。

それがこちらの作戦や、戦術を筒抜けにして行動する。


「相性の問題だよ。オレらパンピーがマジ敵対したら、何も出来ずに瞬殺される。」

白衣の少年が楽しそうに解説する。


リンが女子達の前にゆっくり近づく。

「ひ、、、、ヒィ、、、」

たじろぐギャル。取るに足りない、那智の取り巻きと思った相手は、とんでもない怪物だった。


少しの間の後、奇妙な事を聞く少女。

「何か問題、、、?   相談は、私、、、風紀で受ける。」

ポツリとつげるリン。


「なんだ?」

よくわからない友樹


「な、、、な、バカにすんな!」

ヨロヨロと後退りながらも、顔を真っ赤に反論するギャル達。

「覚えてろ!バ〜〜カ!」

子供の様な捨て台詞と共に一目散に逃げ出す三人。


「へ〜中々根性あるじゃん。ギャル」

「何が?」

首を傾げる友樹


多分リンは、三高のアホ共とあの子達の関係を心配したのだろう。

もちろん、風紀委員に手を出したのだ。あの五人、及びその背景、関係グループは、徹底的に完膚なきまで根絶、叩き潰されるだろうが。

当然、ギャル3名にも追及は及ぶ。自業自得だ。相手がリンでなければ、薄い本の如くひどい展開、待った無しだったのだ。同情の余地は無い。


「あ!ちょ、待て!しん!」

止める間もなくリンの前に出て行く少年。


「ちーーーす!リンさん!お疲れ様すーー!」

土手の上、もみ手で彼女の前に近づく、しん。


感情の無い、光彩の薄いライトブラウンの瞳がゆっくり、彼を捉える。

その透明な視線に捉えられるもの全て、邪心を底まで看破され、己を恥じて怯えさせられるだろう。

ある意味、彼女の前で普通を通せるのは、同じAクラス、能力者。

能天気な野川那智くらいかもしれない。


Aクラス能力者が、無意識に垂れ流す大量の神経パルスが、テレパスを阻害するらしくリンも、那智の心は読めない。

同様に、最強クラスの発信型テレパス、

生徒会副会長、瀬里奈SフィールズもAクラス能力者相手には、無力だ。

ま、そんな相手は、ほとんどいないのだから気にする事もなく、彼らはアルカの頂点に君臨している。


那智に聞いたのだが、リンの白銀の髪、薄い光彩の瞳は、先天的に色素の薄いアルビノの母親から遺伝し、受け継いだものだそうだ。

そのため、生まれつき弱視の彼女は、遺伝子治療によって人並みの視力に回復している。


リンの両親は、彼女が幼い頃、二人とも相次いで病死している。

そのためか彼女は、プラチナの髪の色の治療はせず、母の形見として、残しているという。


「何やってんの?リン。」

興味無さそうに、少女の視線が離れていく。

「那智は、どーしたん?一緒じゃねーの?」


「ひえぇ、」

少し離れて、まだしゃがみながら、呆気にとられている友樹。

クラスでも、目立つグループにいるリンだが、その能力ゆえ、その中にあっても異質だ。

明るく話すのも、笑顔も見た事がない。 

誰も彼女には近づけないのだ。少なくとも一般の生徒風情では。


それをあのバカは、一切の躊躇なくチョッカイをかける。

その直後、彼は坂を転がり落ちそうになった。


「、、、、外回り、、、、」

ポツリとリンが答えたのだ。


『しゃべったああああああああああああーーーーーーー!!!』

たとえ、学園一のビジュアル系イケメンのアプローチでも、けんもほろろの塩対応。氷の女王の異名を欲しままにする彼女が、応えた。軽佻浮薄の変態の問いに!!!!

過呼吸で死にそうになる茶髪メガネ。


大きく弧を描きながら、上流から流れる第二荒川。

その河岸を埋める灰色の研究練。工業施設が遠く霞んでいく。


「外回り?ああ、風紀の課外活動か。警察の特四?」

変な事にくわしい、白衣の少年

「そう、、、、」

風が揺らす透明なプラチナブロンドの髪を押さえながら、歩き出すリン。

身長がコンプレックのしんだが、彼女とは大体同じぐらいだ。


場所が場所だけに、土手の上には二つのカゲのみ。並んで歩いていく。


天宮中央警察署には、能力者、専門に対応する部署がある。

それが、特殊四課だ。アルカの風紀委員は、どこも、そこと関係を保ち実際の刑事行動を担う事がある。それが、ここの風紀が実動部隊である特殊性の一端だ。


その関連で、風紀委員が社会見学、課外授業、情報の共有をかねて、警察四課に出向く事がある。

那智がいないのは、そのためだろう。

リンが外回りと言ったのはそうゆう事だ。


「でもよ〜いくらリンでも、一人でこんな所ウロつくのはどうなんよ」

無表情の少女をながめながら、続ける

「さっきのあれ、待ち伏せだろ。最近、ここら、ウロついてんの?何かの調査?捜索?」

想像してあれこれ聞いてみる。

意外な事に答えが来た。


「少し前から、、、、、」

立ち止まり河川を見つめるリン。

「助けを呼ぶ声が、、、、、聴こえて、、、」

「テレパシーか?」


「細く、、、、小さな、、、、、、特定が困難、、、、気のせい、かも、、、」

端整な表情が曇ったような気がする。

「んなわけあるかー!リンが異常を感知すんだ。ただの、心の声ってワケねーじゃん。」


「、、、、、、」

断言する少年を、ジッと見つめる薄いトビ色の瞳。

「特徴は?場所とか位置とか方向とか?」


「多分、、、、相手もテレパス、、、、とても変わっている、、、、」

彼女の伝たえたいニュアンスの十分の一も、少年には届いていないだろう。

それでも続ける。

「そして、、、」

ゆっくり、少女が眼下に見える、岸辺の、灰色のパイプがウネウネと幾重にも絡まる、白い巨大な研究施設を指さす。


「あ、、、、忘れてた!」

その建物、それが、少年の目的地。バイト先、生物化学センターだった。

「悪いリン!バイトだった!人探しはまた明日な!」


ポツンとリンを置いて、土手の先の階段に走る少年。

「友樹!モタモタすんなーーー!」

「ま、、、待てよー〜〜しん!アハハ、、、、」

後から、しんとよく一緒にいる生徒が愛想笑いしながら、追い抜いていく。


けたたましく眼下に去っていく二人。


「、、、、、、、、、、、」

それを見送り、一人残る少女。

その薄いライトブラウンの瞳からは、何の感情も読み取れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る