第7話 決着 プラス


「あの竜巻が、しずくだって???」

アングリ口を開ける少年。


呆れた事に匿名希望は、しん達のバトルシミュレーションゲームをデータに侵入して、モニターしていたらしい。

アダムの管理するシステムに潜ってだ。

これは、アンバーTYPE01に匹敵するするレベルの話なのだが、色々、切羽詰まっていた少年は見逃してしまう。


『ソウナノヨ〜〜ン。現在シズクチャンハ、絶賛、暴走中。ナッチャンガ、迎撃二向カッテルワ〜〜〜。』


「ウハ、、、、ウハハハハハハハ!まだ、アダムはモニターしてる訳だ!」

何が可笑しいのか大笑いのしん。


「チャーーーンス!那智に勝てるぞ!南の!しっかり、ジャッジしろってアダムに言っといてくれ!ラウンドツーーだ!」

ヒョイヒョイとこの暴風の中、ガレキを渡って、アリーナの東端、体育館の方へ向かう少年。

「今行くぞーーーー!待ってろ。しずくーーーーー!」

目の前にはF4クラスの渦を巻く竜巻。正気の沙汰ではない。彼はそこに向かっていた。


『ウピョピョピョピョ。ヤッパリ君ハ、面白イピョン〜〜〜』

奇妙な匿名希望の声が携帯に届くが、もう少年は聞いてはいない。


アルカ地下、

スプロール スラム、酒場、ブルーマリーナ


ブラックアウトしたままの、店のモニター前に、三人が集まっている。

「な〜によぉ〜いい所で〜」

ブー垂れるエイダ。那智のトドメ寸前で、配信は止まっていた。

「んん〜叩きゃ治るだろう。」

首をかしげ、テレビの前、右斜め45度に手刀を構えるジノ。


「やめろ。酔っ払い。」

止めるアルマ。何気に客への扱いではない。


しかし、彼らがアルマに叩き出される前に、映像は回復する。

「おお、映った。映った。」

上機嫌のジノだが、映像は、バトルものから、パニック映画に変わっていた。

「何よこれ〜〜」

あっけにとられるエイダ。


第三アリーナから巨大な竜巻が、はえている。

猛烈な暴風雨の割に、第三アリーナの被害が少ないのは、竜巻とはいえ、超能力の産物だからかだろうか。

無意識のうちに、しずくが、しん達を庇ったのかもしれない。

とはいえ、眼前の脅威は、人間がどうこうできるものではない。


学園上空に上昇した野川那智は、後方、校舎屋上の瀬里奈達の避難を待ちながら、猛スピードで横へ回転していく竜巻を睨めつける。

この位置からだと竜巻の幅は優に100メートルを越え、なかなかの迫力だ。


このスペクタル映像は、学園敷地内、学園周辺の研究練や、研究工業施設、住宅路の街灯などに設置されたライブカメラ、防犯カメラから撮影されたものだ。


世界的に、ジュニアからユースのバトルシミュレーションは、公開の義務がある。

アルカが能力者の育成、教育を目的にしているのもあるが、各国の能力開発競争が本当の理由だろう。

どんなものであれ、Aクラスのバトルシミュレーションが途中で途切れたままなのは、国家間の問題に発展する可能性すらある。

幸か不幸かアダムが配信を続けたのは、こう言う背景があったからだ。


ただしここからは、シミュレーションではない。近年まれに見る、Aクラス以上同士の実戦、リアルバトルだ。

記録的価値は天文学的に跳ね上がる。


はるか、下方、視界の隅に瀬里奈達の避難を、確認する那智。


ニィ、と口の隅を吊り上げる。


「くうぅうううーーーーたぁあああーーーーばあああれぇえええーーーーっっ!!!」


振り下ろすこぶし。

一気に見たことのない巨大な炎弾が数十個。竜巻を、囲む。

「エクスプローーーーーーージョンッ!」


グワオオオアアアアアッ、


一瞬のうちに、凄まじい爆発が竜巻をえぐり、削る。


「そーーーこかぁあああーーーーー!!」

攻撃に反応して、暴風の層が厚く変移する部位がある。防御を固めているのだ。

そこに、いる。


炎弾の集中爆撃が始まる。

那智の破壊エネルギーも桁外れだが、100k/m四方から収束されるスーパーセルのエネルギーを利用するしずくの力は尽きることを知らない。


「こんのおおおおーーーーー!!」

これだけの攻撃が防がれるのだ。

よくよく考えてみれば、那智が全力を出せる相手は滅多にいない。しかも、リアルに相対すのは、彼女でも、初めての事だ。

危険極まりないのだが、少し楽しくなってしまう。


「いいじゃん!来なよ!」

身をひるがえし、グラウンド方向へ距離をとる那智。


那智の爆発を呑み込みながら、移動を開始する竜巻。

通り道になる体育館が無残に破壊されていく。テニスコートの鉄柵が打ち壊され、サッカーグラウンドの、ゴールポストが舞い上がる。


「す、、、凄い、、、」

絶句する瀬里奈。

現在、彼女達は、地下会議室の電影ホワイトボードで、アダムの配信映像を見つめていた。

他には、葵。リン。書記補佐の凪早苗がいる。

どうゆうわけか停学中の、し巻、和久井リラの二人もいる。

運の悪い事に、風祭達との引き継ぎのため、登校していたらしい。


他に優秀な能力者、数人の風紀委員の男女がいるが、彼らでもこの事態の前では、避難して、成り行きを息を飲んで見ているしかない。


この地下設備は、校舎と部活練の間のコートヤードに設置され、災害、緊急時の指令系統を保持するために使われる。無線通信インフラも完備している。


あらた生徒会長や、副会長の風祭、教員たちは、突発的な竜巻災害として、隣の、地下多目的ホールに生徒達を誘導し避難させている。最悪、地上の校舎が吹き飛んでも、生き残る事ができるはずだ。

アリーナ、体育館の南にある、中等部の第三グラウンドの地下にも、同様の設備がある。

無事、避難が済んでいればいいのだが。


「彼女、、、どうなっているんでしょう?」

ポツリと葵がつぶやく。みず希しずくの事だろう。

「一種のトランス状態ですわ。意識は無くても、那智の攻撃に対応している。まるで、自動防御システムを備えた要塞ね。」


応える瀬里奈。

映像の天変地異のスケールは、圧倒的だ。なんとか識別できる、上空、風雨の中の那智は、今にも吹き飛ばされそうに小さい。

「でも、流石ですわ。那智、、、」

きっちり、オーダー通り、竜巻を第一グラウンドの中央に誘導している。


彼女の本領はこれからだろう。


ゴウゴウと灰色の渦が、那智の眼前を流れていく。

暴風雨が千々に前髪を流す。少し智由姉にすいてもらおうと思う。何をやっても完璧な姉だ。美容師をやっても、一流だろう。那智は幼い頃から、彼女に髪を切ってもらうのが好きだった。


その前髪が、チリチリと音を立てて毛羽立つ。意味もなく背筋に悪寒が走る。


上空、どす黒い雨雲が、電荷を帯びて青白く光を溜めている。


「!」

高速に加速された知覚が、炎の障壁を展開する。上空、前方左右、後方に一つ、計四つの爆炎を起点に三角錐を形成する。


バガアアアン、


同時に凄まじい衝撃が爆発する。

落雷の直撃だ。

200億キロワットのエネルギーを反応爆発する障壁が弾き相殺する。


のたうつ、幾つもの光の龍が校舎を破壊し、グラウンドに穴を開けていく。

明らかに、竜巻の、しずくの攻撃だ。命中精度は高くないが、随分と険呑な能力だ。

威力は一流の電撃使い並み。

防御から、攻撃にシフトしたらしい。


ペロリと舌を舐める那智。

「やるじゃん。しずく。決着、、、つけようか。」


彼女の前髪も智由姉にカットしてもらった方がいいと思う。こんな時に何を、と思うが。


さらに、上昇を開始する那智。


炎の盾は消失し、彼女の周囲にこれまでとは、異質なエネルギーが収束を開始する。

瞳にオレンジ色の光が揚々と宿り、広げた両手にまばゆい、光爆が宿る。

少女を包むエネルギーが丸く暴風雨の中、隔絶された空間を作り上げる。


暴風の中の気配が何かを察知、対応を開始する。

のたうつ竜巻の中から八つの水流が分離する。それが、牙もつ龍に形取られウネリながら周囲を睥睨する。


「な、、、、、に、、、、?」

うめく瀬里奈。暴風雨と落雷の中、アルカ上空数キロに渡ってウネリのたうつ8匹の水竜たち。

その光景は見る者を圧倒する。その胴体は高速で流動し表面はマッハ3を越えるウォーターカッターで覆われていた。

もたらされる、破壊は如何程のものか。

自分は甘かったのか。こんなものの前に、たった一人で彼女を立たせてしまった。

「な、、、、那智、、、、」

後悔とじくじの念で胸が押しつぶされそうな瀬里奈。


グワオオオオオオ、

一斉に叫び、天変地異の中、ポツンと浮かぶ明るい光の球、那智に向かって数キロ四方から水竜達がのたうち、ウネリながら襲いかかる。


風雨が意志をもって襲いくる。その質量だけでも、地形は削られ形を変えるだろう。

少女の瞳に映るのは絶望のみか。


否。


力強く、瞳は真っ直ぐと彼女を捕らえている。


「しぃいいいいずくぅうううーーーーーーーー!!!」

轟音と共に次の段階の能力が解放される。


「デトネェエエエーーーーーーーーーション!!!」


グウワオオオアアアア、

爆轟が強大な水竜たちを呑み込み破壊する。


いわゆる高速爆轟だ、那智の通常の炎弾が低速爆轟にカテゴライズされるのに対し、こちらは、衝撃波が9km/sを越え、理論上、4倍以上の破壊力を持つ。


最大で解放された場合、TNT換算で5キロトン相当、通常の爆発反応では、破格の威力を誇る。これは、米軍の最大通常兵器MOAB(大規模爆風爆弾)の500倍に相当する。

彼女がAAAとされる一端だ。


「目を、さませぇええええーーーーーーーー!!!」

轟音が轟音を呑み込み、水竜たちが四散し、破壊が竜巻に達する。


緋色より遥かに明るい山吹色、輝くサンライトイエローのエネルギーが竜巻を分断し、決着がついたかに見えた。が、


予想外の事態が起こる。


「おー、すげ〜。」

第三アリーナ東端の破壊されたコンクリートの構造物にしがみつきながら、二人の戦いを眺めるしん。

ハジに来るほど破壊は広がり、アリーナ中央端辺りまで来てしまっている。

右に壊れた体育館、その向こうに、4階建の校舎、その向こうに、巨大竜巻、そこに山吹色のエネルギー弾が喰い込んでいる。


あれは那智のデトネーションだろう。相変わらずのデタラメな威力だ。

しかし、竜巻を破壊しきれてはいない。

よく見ると吹き飛んだ水竜は半分で、正面の4匹が集まって強炎弾を防御している。


グワアオオオアアア、

再び4体の水竜が追加で、生まれ始めた。

デトネーションを押し戻すべく集結を始める。壮絶な勢いで加速、轟音をあげエネルギー弾に激突した。


「オホホホホ、これはいけるざますよ〜。」

衝撃波に吹き飛ばされそうになりながら、笑う少年。


「こんのぉおおおーーーーーーー!!!!」

ジリジリと押され始める那智。

彼女にとっては、マイナス要因が、3つあった。


一つは、相手の力量を見誤った事。

みず希しずくは能力を解放してから、正式にアダムに能力判定をされてはいない。

大方の予想では、シングルAであったが、実際はダブルA相当の力を有していた。


二つ目は、しずくが暴走していた事。

この状態は、能力者が危険な程の限界状態だ。場合によっては、自らの能力以上の力を発揮する。実際、この時のしずくが、まさにそれだった。


そして最後は、これが実戦だった事。

那智にその気はないものの、無意識下で力がセーブされてしまっていた。

まだ、対人戦の命のやり取りなど、彼女にはとても無理な話だ。

他には、しずくの身を案じて、というのがあるかもしれないが、本人は絶対認めないだろう。


本来ならAAA、野川那智の勝利は確実だったのだが、

以上の条件が、重なって見事に、力が拮抗してしまっていた。


現状は、のっぴきならない力比べ。

他に方法はあったかもしれない那智だったが、こうなっては、下手に引いた方がどんな被害を被るか分かったものではない。


100キロオーダーのスーパーセル。その超巨大積乱雲のエネルギーを、猛烈に消費しつつ那智に対抗する水竜たち。

エネルギーに激突する、竜たちは、凄まじい風と水しぶきをあげ、後方の校舎が余波を食らってボロボロになっていく。

これは、那智の位置取りが悪いのだが、そこまで言うのは酷というものだ。


驚くべきは、この超災害級の自然現象をシステムに組み込んだ、竜巻の能力に匹敵している彼女の能力と言っていい。


「押し返し始めた、、、、」

ゴクリと息を飲む葵。

那智の能力を把握していたと思っていた瀬里奈や葵たちにして、認識を改めざるを得ない、驚愕の光景が続く。


輝きと大きさを増す山吹色のエネルギーが、胴回り、直径が優に10メートルを越える8頭の巨大な水竜達を圧倒し始める。

「見かけ倒しじゃん!」

気勢をあげる少女。

とは言え、現状は、ギリギリの拮抗状態だ。

しかし構わない。こういうのは、気合なのだ。一気呵成にたたみ掛ける。


「だっっあああああああああああーーーーーーーー!!!!」


さらに力を増すサンライトイエロー。


アルカ上空、数十キロの天空が渦を巻き、悲鳴を上げる。巨大積乱雲のエネルギーが加速度的に消耗していく。耳を裂く断末魔の轟音をあげながら、水竜達が、アルカの空がのたうっている。


渦の向こうのみず希しずくの気配が、ひるんだんだ様な気がした。

決着が着こうとしている。


「とどめぇええええーーーーーー!!!」


だがしかし、

さらなるエネルギーを解放しようとする、那智の目が信じられないものを捉える。


なんで、こんな所に。


こんな時に。


よりにもよって、


このバカは。


「ウハハハハハハハハハーーーーーーーー!!」


暴風雨に流され竜巻の渦の中、巻き上げられながら、そして落下に移る、白衣の少年が二人の高位能力者の間に登場する。


「う、、、そ、、、」

さすがに、硬直する那智。


さかのぼる事数分前、第三アリーナ東端、最上階から飛翔する白い影。

「とーーーーー!」

白衣の山下しんだ。

別に自殺願望があるわけでは無い。部分的に通電させる事で、この特殊防弾ポリマー白衣は自在に形を変え固定される。

今はハングライダー形状で固定され、上昇気流に乗り、破壊された体育館を飛び越え滑空して行く。

耳ろうする、ジェット気流のような暴風雨の中、凄まじいスピードで雨を切り裂く。

右手のジョイスティックである程度の方向操作が可能だ。


軽々と4階の校舎を越えたところで、乱気流の渦に飲み込まれる。

「うぎゃあああああーーーー!」

必死の操作もむなしく、地面に激突の所で、今度は竜巻に飲み込まれた。

もみくちゃになりながら、体勢の確保に努める。


巻き上げられながら、凄まじい遠心力に流されて行く。

規模の割りに北半球では、標準的な反時計回りの竜巻だ。

降水粒子や地上から巻き上げられたデブリが想像以上に複雑に流されて行く。

気圧のせいか、空気は薄いし、漂流物に、衝突、ヤスリがけされる可能性もある。

しかし、何としてもこの上、渦の中心に向かわなければならない。そこに彼女が、みず希しずくがいるはずだ。


ドン、

ある層に達した時、外側からの猛烈な衝撃で渦内部に押し流される。周辺の水分が蒸発していて火傷しそうだ。

那智のデトネーションに近い部位だ。危うく蒸し焼きにされる所だったが、それが幸いし

きりもみ状にになりながらも、5体がバラバラになる前に、渦の中心に突き抜ける。


ポッカリと開いた空白地帯。その遥か下方に放心状態のしずくが見える。


実際の竜巻にこんな台風の目の様なとこは無いだろう。

上昇気流が体を押し上げる。

「ウハ、、、、ウハハハハハハハハハハーーーーーーーー!!!」

見つけた。やっとだ。このやろう。


気流を白衣で操作し下降に移る。流れるポニテの少女に思い切り手を伸ばす。


「しずくーーーーーーーーーー!」


かすんだ瞳にぼんやりと光が灯る。

「し、、、ん、、、」

どうも、まだ完全には、起きてはいないようだ。


それでも彼に向け両手を伸ばす少女。


「わーーー。しんだーー。」

寝ぼけながらも、立派に、奇跡の再開をはたす男女ぽい感じになっている。


暴風の渦の中、なにやらドラマチックぽく再開を果たす二人の気配を察知してしまう野川那智。

頭痛がするが、考える

なぜ、今なのか。バカみたいな危険を犯して。この大バカの考えそうな事。


ここに至り、彼の目論見に思い至る。


「ちょおおおと待てぇええええええええええーーーーーーーーっっ!!!!」

少女の叫びがむなしく響く。


伸ばす左手がしずくの両手包まれる。

口の端じが、ニタリと吊り上がる少年。


「ブーーーーストーーーーー!」


「わ、、、わ。」

輝くしずく。


そう、いまだ、生徒会との勝負に燃える少年。

彼の増幅は、ほんの少し、取るに足らない。ちっぽけなモノだ。


しかし、今のしずくの能力は、桁が、規模が、次元すら違うほどに強大だ。

それが一割増加したら、凄まじい結果が訪れる。単純な事だった。


「この、、、、、、、バカーーーーーーーーーーー!!!」

那智の声が光に呑まれる。


グァワアアオオオオッ、


ギリギリの均衡があっけなく、崩壊。

空間を切り裂く様な爆轟が炸裂する。四方に散ったエネルギーは校舎を吹き飛ばし、周辺研究施設を半壊させて行く。


しかし、この程度で済んだのは、那智の能力が大部分の自然災害のエネルギーを削っていたからだ。

分厚い絨毯の様な雨雲が、散り散りに四散するいく。


「おい!しずく!おいって!」

わめくしん、彼は視界の隅にヤバいモノを捉えてしまっていた。


「おやすみ〜。ムニャ、、、」

全エネルギーを使い果たし、半覚醒状態だったしずくは、再び眠りに戻り、静かに下降して行く。

「あーーー!クソ!」

下方の視界がみるみる開け始める。失速した竜巻は、四散しながら、上空に残った雨雲に収納される様に巻き取られていく。

しずくは大丈夫そうだが、野川那智がまずい。


ノックバックだ。ギリギリで障壁を貼った様だが、間に合わなかったのか、防ぎきれなかったのかわからないが、水竜たちに吹き飛ばされて、糸が切れたタコの様にきりもみをしながら上空へ舞い上がって行くのが見えた。

意識がある様に思えない。生きていたとしても、このまま落下したら即死だろう。


のんびりしてはいられない。

再び白衣を操作し、竜巻の目から出る。

失速したと言ってもまだ暴風圏だ。勢いよく体が流され始める。いっきに100メートルは上昇した所で渦の流れから離脱する。

スイングバイだ。那智の落下予想方向に勢いよく加速する。


風切音がうるさい。吹き付ける風雨。しかし、所々、日の光が差し込んでいる。滅茶苦茶な天候だ。

学園の敷地を出て、公園を越え、各種研究練に差し掛かる所で見つけた。

「ビンゴ!」

自画自賛していいだろう。ゆっくりと、上昇から下降に移る少女が見えた。方向はバッチリだ。

「那智ーーーーーーーーーーーー!」

叫んでみたが、よろしくない。右手のステックが違和感を伝える。

「あれ、、、、あらら、、、」


何かの不都合が、起きた様だ。

白衣の背中の電装品ボックス。電気系の故障だろうか。方向のコントロールが出来なくなっている。

万事休す。防水と耐久性にもっと配慮が必要だった。反省する少年。後の祭りだが。

「すまん。那智。迷わず成仏してくれ。」

手を合わせ拝むしん。


全身が痛む。腕も足も、身体中の関節が悲鳴をあげている。全ての力が抜け落ちる。

指一本動かない。気絶する寸前だ。

体が落下に移る。

高度千メートル以上。とても助かるまい。つまらない事になったと思う。意外に冷静だと考えながら気を失おうとする少女に声が届く。

自分を呼ぶ声。


南に10メートルくらい。やや下の方、変な白衣をまとった少年。山下しん、だ。


(おまえが、、、おまえの、、、、おまええええーーーーーー!!)

圧縮した怒りが意識の覚醒を即す。


なにか、中空でフラフラしている。助けに来た様だが、このままでは、間に合わないのを理解した。


一瞬の内にいろんな感情が爆発する。訳が判らない那智。

最後に怒りが来た。


「ちゃんと助けろおおおおおおーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


後方に炎弾が炸裂する。

ゼロと思われた能力が発動する。今日最後の奇跡だ。

それが最後だった。意識がブラックアウトする。


「うげブッッ!!」

ズドォオン、

一直線に長ヤリのごとく、少女が頭から突っ込んでくる。見事なコントロールだ。少年の腹部を直撃する。

胃の内容物を、ぶち撒けそうになるが、とりあえず、彼女を捕まえなければならない。闇雲に伸ばした腕が柔らかな腰のホールドに成功する。

つまりは、もっとフクヤカな、ブラウスの胸に顔を埋める事になる。


飛んで来た反対方向にキリモミしながらだが、この世の天国を味わう少年。しかしここでゲロったら、後で殺されるであろう。地獄の苦痛を噛みこらえる。

世の中甘くはない。


とか、遊んでる場合でもない。今度は学園方向に真っ直ぐ落下する二人。高度千メートル弱。減速し制御を取り戻さなければ、墜落死だ。

那智は完全に意識不明のようだ。全身の力が抜け、脱力している。こうなるとしんにとってはかえって、扱いに苦戦する事になる。


苦労して体を引き下げる。近くで見ると意識はなくてもビックリするほど美少女だ。右腕を回し体を抱き、頭部を自分の顔の左側に右手で固定する。


ああ、こんな状態でなければと運命を呪う。

右回転のキリモミを止めるため、左手で白衣の翼を押していく。手動でコントロールを取り戻す。最後は裸一貫、人力勝負だ。


バサ、

キリモミから脱出する。素早く腕を切り替えて、右翼を制御。飛行を安定させる。


名残惜しいが彼女をクルリと回転させ、背中ごし、両脇から腕を通し固定。那智の左手を曲げて掴み、補助棒として利用、固定する。

鬼軍曹である母から叩き込まれた

負傷者を運ぶ、前屈搬送方なのだが。空を滑空中ではあまり意味はない。

しかし、彼らの場合、補助棒として捉える左手一本で相手の体幹コントロールできて、便利という利点があった。


このまま、グライダーのように背面飛行を続ける。

衝撃を受ければ白衣は固まるし、自分がクッションになる分、彼女の生存確率が上がる。


色々試すが減速がままならない。日頃の行いが悪いせいだろうか。天を仰ぐ。

雲の切れ間からさす光が神々しい。


この固定法だと、彼女の頭部が下にきて眺める事ができる。

あれほど、巨大に見えていた体躯は意外に華奢で小さい。触れる場所全てが柔らかい。雨に濡れた頭からシャンプーの香りが立ち昇りクラクラする。


創造の神に感謝の念が湧いて出る。

ハーーーーレーーーーールーーーーヤーーーーーー!

かろうじてゴールの学園、ランディングに最適だろう、グランドが遠く猛烈なスピードで近づいてくる。


左手で、彼女の頭部を固定して庇う。柔らかな身体を押さえる右腕が汗ばむ。

集中がレッドゾーンを振り切っていく。

大きく右旋回しながら、研究練の間、もっとも木々の多い公園部に突っ込む。

減速はまあまあ、しかし、入射角は最適だ。


(南無三!)


衝撃が来た。


ベキ、バキバキバキバキ、

立木のかなり太い幹がへし折れていく。

強化特殊ポリマーは、衝撃の全てを吸収する訳ではない。

電気系が完全に逝ったようだ。

翼が消えてただの白衣に戻る。ポリマー自体の防御機能は生きているようだが。

とりあえず、身体操作を駆使して衝撃をそらす。

頭部と上半身の可動域のみでも、体術は使用可能だ。


変な武道家で、鬼軍曹だった母親から教わった奇妙な技術は、合気に制せぬものはない。がモットーだ。

落下する巨大隕石があれば、いなして、軌道を逸らせと教える。

そんな事ができるなら、ブルースウィリOもガンダOもいらないだろう。


動体ならば天をも動かし

静態ならば、山をも動かし地を崩せ

だ。意味がわからない。


東アルカは、完全電線類地中化処置が取られ架空線、電柱がない。

景観はいいのだが、いい事ばかりでは無いらしい。

初期費用は高いは、整備が大変やら、

そして、思い出したように、電灯、防犯カメラ、各種センサー、情報掲示板モニターを有した立派な街灯が立っている。


直撃コースだった。


「ガッっデム!!!」

バッキィイイイインン、

思い切りひたいを叩きつけて右に衝撃を逃がす。

弾かれた先に研究練の壁だ。

なんとか体を入れ替えて、背中を叩きつける。脊髄がいい感じに異音をたてる。

「サノバビッッッチ!!!」

バウンドした先の立木を抜けると、トドメとばかりに学園の防球ネットのコンクリート柱が出迎える。

「この、くそっったれえええーーーーーーーーーーーー!!!」


ゴッキイイインン、

激突したひたいがかち割れる。

ヘッドスリップが機能、衝撃緩和に成功する。

ワイヤーと、防球ネットがブチブチと音を立てスピードを殺していく。

空母に着艦する艦載機を補助するアレスティングワイヤーの要領である。


高速で迫るグラウンド。体をひねり背面飛行へ。と言っても翼はないのだが。

衝撃に備える。

テイクダウンだ。

一回、

二回、大きくバウンドする体。

次に長い衝撃が続く。砂煙が舞い、うなじが摩擦でチリチリする。

頭、ハゲんだろ。こんちくしょーーーーーーーーーーーーー!


大きく右旋回しながら、東から潜入。広いグラウンドの中央で、やっとの事、ランディングは止まった。


息が切れる。

瀬里奈Sフィールズは、摂生し、日々のワークアウトは欠かさない。しかし、体脂肪率的に自分の身体は、運動には適さないようだ。

「お嬢さま。運びましょうか?」

後ろから、葵が心配そうに声をかける。

「だ、大丈夫、ですわ。」

天候は回復し始め、薄日が差している。この状況で運ばれるのは、少し恥ずかしい。

一般女子の平均的運動能力はクリアしてるはずだが、能力強化が苦手な自分は、ここでは、どうしても他者と比べて遅れを取る。


決着を確認し、すぐ駆けつけなければならなかったが、半壊した校舎の瓦礫が地上を塞ぎ、

無事な出口を探さなければならなかった。

特に那智の様子をサーチしていたリンがパニック寸前で、もう少しで素手で、ガレキ掘削を始めそうになった。幾ら強化しようと、怪我をするし、二次災害もある。


そこに合流してきた無骨で老け顔の、もう一人の副会長、風祭塔也が、一撃のパンチで地上までの大穴を開けて見せる。

なぜかいつも目立たないよう立ち回っている彼だが、かなりの実力者だ。


その頃には落ち着いたリンが、山下しんが那智を助けたと、信じられない事をつげる。

現在は第一グラウンドに墜落したらしい。

とは言え、事態を混乱させたのは、彼だ。あの状況でなんて事をするのやら。


とにかく一刻も早く、みず希しずくと那智のもとへ行かなければならないのだが、

壊れた校舎を迂回するため、大きく回り込まなければならない。

さらに、ガレキを越えてなので、思うように進まない。雨のおかげで、煙が大分収まっているのが救いだ。本来ならガス漏れや、火災の可能性があるから、離れた方がいいのだが。


視界が開けて来る。

雲の合間合間から日が差し込んでいる。

なぜか分からないが、かなりの数の女生徒達が、所々えぐられ、穴のあいた広いグラウンドに集まって来ていた。

携帯か何かで映像を見ていたのだろうか。まだ、大部分の生徒たちは、避難指示に従って地下ホールにいるはずだ。


よく見ると、一年から三年まで、役職のある無し関係なく、上位の能力者達が揃っている。


その向こうにモゾモゾと動く、白衣の人物が遠く見える。


脈絡もなく嫌な予感がした。

突然、風が巻き込む。

上空よりフワリと、近くに、し巻八重が降りて来る。

驚くべき事は、

彼女の敵愾心は自分ではなく、遠くに見える彼に向けられている。


「な、、、何なんでしょう。お嬢さま。」

葵も異常を感じたらしい。

何故かは分からないが、説明しておかなければならないと思う。

「葵は、しんをどう思うんですの?」


意味を推し量れないのか、少し間が開くがすぐに応える。

「ボクは彼を絶対に許しません。お嬢さまが一番つらい、苦しい時に奴は突然姿を消した。

連絡も何もなく。

その後のお嬢さまの悲しみはよく知っている。子供だったと許せることじゃありません。」

押し殺すような、怒りとやるせなさがにじむ。


知らなかった。葵がそんなに思い詰めていたとは。もっと早く説明しておくべきだったのだ。

あの頃は自分の事だけで精一杯だった。

「これは、後でわかった事ですわ。私がしんの記憶を封じ込めてしまったの。多分。」


「な、、、、」

美貌の葵が、少し気の毒なくらいの変な顔になっている。

「お嬢さま、、、、いやでも、そういえば、お嬢さまの能力が顕在化したのは、あの頃で、でもなんで、、、」

それでは自分の怒りは不当になる。しんは、記憶が無かったのだ。


「彼の増幅能力が私のテレパスの力を解放してしまい、あの、、、色々あって、その、、、記憶を無くしてほしくて、つい、、、」

なぜかしどろもどろになる瀬里奈。

「、、、、、お嬢さま。」

なぜか真っ赤になっている瀬里奈の前、いたたまれなくなる葵。


「とにかくごめんなさい!あなたにはもっと早く伝えておくべきでしたわ!」

深々とこうべを垂れる瀬里奈。


これではたまらない。白旗をあげる葵。

「いいですから!もう。それよりこの現状は?」

彼女には見当が付いているような気がする。そしてそれは正しかった。


「最初の違和感は、那智の彼に対する対応。次にリンですわ。

そして那智の姉、智由先生との話。」

「あの時ですか。」

思いいたる葵。

「彼女は、私に過去に山下しんに会った事があるか。それだけを確認に来ました。彼の記憶障害を知った上で。原因を探りに来たのでしょう。でも私も彼女達が過去に、彼と会っていた。と推測できました。」


やはり、瀬里奈には、うかつにウソはつけないと思う葵。

「次は、し巻八重。」

本人が近くにいるのだ。声のトーンを落とす瀬里奈。

「彼に過剰な能力を向けましたが、これは、おかしい事ですわ。

色々問題はありますが、本来は風紀委員長として、一線を守る判断力はある優秀な人です。

では、彼と因縁があると考えれば、どうかしら?」


尋ねる瀬里奈。イタズラっぽく笑っている。

「う、、、、」

口ごもる葵。しんに対する自分の行動を考えれば、うなずくしかない。


「答え合わせよ。

しん達とし巻さんを捕まえた時、過去に彼と会った事があるか確認したわ。もちろんみず希さんもね。やはり、幼い時に彼と会っていましたわ。」


雲の合間からエンジェルラダーの降りる光の中、輝くウエーブする黄金のロングヘアーをなびかせ、天啓を告げる学園トップの美少女。

全ての者は平伏し感謝し敬愛を捧げるだろう。改めて彼女は美しいと思う椎名葵。


「以上から推測できるのは、ここにいる女生徒、全員が、過去に山下しんと会っているだろう。という事。そして多分それがきっかけで能力が開花した者が多いと予想できますわ。」


とんでもない話だ。

ここには、30人以上の学園トップランカー達が集まってしまっている。

全国各地から集められた、日本を代表するに遜色ない女生徒達だ。

つまり、高位能力者の学園比率で女子が多いのも。もっと言えば日本内の統計で見たとしても、偏ったデータが出るのは、こいつの、山下しんのせいだという事になる。


「ウソ、、、、だ、、、、」

後ずさる葵。いくら何でも信じられない。

遠い視界の先、白衣の人物がモゾモゾと動き始める。


腕の中の、フワフワ柔らかい極上の優勝トロフィーは、規則的な呼吸を繰り返している。目立った外傷もない。能力戦のダメージもそれ程でもなさそうだ。精密検査は必須だろうが。

とりあえず胸を撫で下ろす少年。

壊れ物を扱うように慎重に横に移動させる。


ブチブチと絡みつく防球ネットを引き千切り、上体を引き起こす。節々が悲鳴を上げ、左肩は、外れてしまっている。割れた額から血しぶきが吹き上げる。


「しゃああぁおらあああああーーーっっ!」

右手を突き上げ意味不明なおたけびをあげる。


頭がグラグラする。千の夜が流れ、万の朝が轟音を上げ通り過ぎる。

全ての記憶が蘇り、濁流のごとく、なだれ込んでくる。記憶にある幼い少女達が実際の、ディテール、質感を持って再現されていく。味覚、嗅覚、聴覚、触覚、あらゆる五感を持って記憶が再生されていく。

今、ここに、一人の少女がかけた、心の枷が破壊される。


彼は全ての記憶を取り戻した。


気がつくと、となりの少女の手が白衣の左袖を掴んでいる。


「お前、、、那智か。」


その短いイントネーションのみで、必要にして十分な理解に達する少女。

「やっと、、、思い出した、、、、」

童女のような微笑みが通り過ぎ、再び意識を失う那智。


「ウハハハハハハハハハハふっっかつっ!!!」

立ち上がる少年。


「なんだか知らんけど、やったどーーーー!」

クルクルと大喜びする、しん。

荒れ果てたグラウンド。半壊した校舎が視界を回っていく。


ここでやっと集まっている女生徒たちに、気がつく少年。

「やや、ややや、どうしたん。みんな、怖い顔してよー」

まったく空気を読まないしん。


「アッキーにひーたん!リラに八重もいるやん〜」

無用心に彼女らに近づいて来る。

常の彼なら濃厚な殺気を感知し、とうに逃走に移っていただろう。ダメージはかなり深刻のようだ。

「ほう、、、思い出したか。しん。」

バキバキと指を鳴らす、し巻八重。その向こうに、フワフワロング、にこやかな和久井リラもいる。


眉間をもむ瀬里奈。

彼のブーストが掛かるとしたら、なんらかの肉体接触があったはずだ。それがどんなものかは分からないが、能力の発動という彼女達の根幹に関わる事に直結しているのだ。軽い話ではない。

その原因が、学園一の変態となって現れたのだ。

彼女らにとっての凄まじい黒歴史。取り返しのつかない、深刻なトラウマになっているはずだ。

これは仕方ないよね。

十字を切る瀬里奈。


「ウハハハハハハハハハハ!当たり前やん!お前ら全員、オレの嫁やああーーーー!!!」

駄目押しをかけるバカ。


「ふっっざっけんなぁあぁああーーーーっっ!!!死ぃいいねぇぇえーーーーーーーっっ!!!」


ズオオァアアゴワゥワアアアァオオ、


し巻の叫びを皮切りに、ありとあらゆる種類の能力が解放される。

総勢30名以上、天宮第一学園、上位能力者達による総攻撃だ。

光学、電撃、炎熱、風、土、ありとあらゆる属性攻撃から、植物、動物操作、アポーツ、事象干渉まで、惜しみないエネルギーが集約される。


ドドーーン、

大地揺らす轟音のあと、水捌けのよい強化グラウンドに大穴を開けて、この日起こった全ての騒動が終焉を迎えた。


人はいつか、無益な争いを止める事ができるのだろうか。

答えは無い。

風に揺れる深緑の若葉に落つる雨粒。それが静かに嵐の明けた蒼穹を映すのみだった。


そんな感じで量子コンピュータ、アダムの中継は終わる。


USAアルカ  エアズホウル高、女子寮

「はー、面白かった。」

ノビをひとつする黒髪ロングのルームメイト。


「後半はよく分からなかったけど、やっぱりナチ ノガワね。

あのデトネーション、中々だったよね、アリコ。」

クルリと机から体を回し振り向くトバリ。


「なにを、、、、やっているの?」

ここで初めてガタゴトとキャリーケースに着替えやらを積み込んでいるアリコに気づく。

「ちょっと、日本に行って来る。」

ニッコリ笑う少女。

「は、、、、?」

異常事態だ。目が笑ってない。

この子がこんな時はロクな事にならない。

「ま、待って!今何時だと思ってるの?い、いえそうじゃなく!なんでそうなるの!」


慌てふためくルームメイト。

それはそうだろう。後半のあれを理解できるのは、世界で何人もいるまい。

いや、理解可能な人間がいるのが問題か。


見つけた。白衣のあのバカ。


とりあえずブチのめす。


「大丈夫。空港まで、飛んでくから、朝には発てるわ。」

にこやかな、アリコ マーレイ。

非常識な事を、事もなげに言っている。まずい、なんでこんな事に。

今にもベランダから飛び出しそうだ。


灼熱の熾天使を冠するアメリカを代表する高位能力者。

その彼女が異質の、青白い情念の炎を瞳に宿す。


「待って!待ちなさい!アリコーーーー!!」

夜の女子寮にトバリ リビングストンの悲鳴が響く。


UKEアルカ、郊外、放牧場、クラブハウス


まぶしい、朝の日差しが差し込むラウンジ。

会員制のここは、24時間体制で学生達を迎えてくれる。早朝にもかかわらず、数人の学生達が歓談している。


ランシィ フォンドリックとメリッサ カートも穏やかにメリッサ所有のタブレットにより、日本のバトルシミュレーションを食後の紅茶を楽しみながら観戦していた。


正確にはメリッサは、ただひたすらに、ランシィ様のウオッチングに励んでいた。試合などどうでもいいのだ。

ここで誤解のないよう記載しておくがメリッサの性別は正真正銘、女である。

美は性別を凌駕するが彼女の座名の銘のようで、ランシィのナンバーワンの追っかけ、ファン、グルービーを自負していた。

それは日々エスカレートしていき、いまや、危険な領域に差しかかってきているが、彼女は一向に気にはしていない。

とにかく、だ。

眼前には今世紀最強の奇跡の姫騎士と謳われる絶世の美少女。

たおやかな指がウェッジウッドのティーカップを運ぶ。

コクリと嚥下されるダージリン。

長い金色の眉毛がまばたきのたび、光を放つようだ。


しかし、幸福な彼女の時間は、唐突に途切れる。


ドン、

映像の終了とともに、世界がブレていくような、壮絶なプレッシャーが襲う。

パニック寸前のメリッサ。

背景が灰色に染まり、重力が何十倍になったような圧力が襲う。心臓がギリギリと握り潰されそうだ。

やっと原因にたどり着く。

これは、ランシィ様の、鬼気だ。

能力ではない。10年にひとりと言われる天才的剣技。その研鑽が生み出した殺気。それがコレだ。

相手を飲む。どころでは無い。彼女の周囲全てを圧倒。物理的、圧力すら纏い金縛りにする。

まれに、ランシィフォンドリックが真に怒る時に現れる現象だ。


メリッサが知るのは、ローゼンクロィツァーの活動で児童誘拐団、壊滅に参加した時だ。

彼女の怒りは周囲を呑み込み、同行した成人の数名、上位能力者達をも心停止寸前に追いやった。


完全に油断していた。高位能力者のメリッサにして、不意打ちは耐えられない。

ラウンジに居た学生達が次々と倒れていく。

理由がまったく分からない。彼女の様子は、いつもと変わらず穏やかで、美しかった。


フィルムがコマ飛びしたように、立ち上がっている美影。

クルリときびすを返し、ラウンジを去る。


薄れゆく意識の中、メリッサは、聞いた事のない人物の名前を、彼女がつぶやくいたような気がする。


「山下しん、、、、、、」

そして、


「殺す。」


それは、容易になされるだろう。

なんとしても、何が何でも、彼女を止めなければ。どこの馬の骨か知らないが、欧州の英雄、輝ける明星を絶対に、罪人に落としてはならない。


「ラン、、、シィ、、、さ、、ま、、、」

しかし声は届かない。


美しき影は、視界から消えていった。


一週間と数日後、

ゴールデンウイークの後、澄み渡る五月晴れの空の下、

ギブスと包帯まみれの、山下しんは、やっと、病院から解放、学園に登校することができた。


川崎から学園にアクセスするには、京葉線が便利だ。学園近くの天宮駅には、新都心環状線も入っていて、かなりの賑わいをみせる。

当然、千葉県民も京葉線を利用する。偶然、仏頂面の茶髪メガネ。只野友樹と合流する。

「来たな、犯罪者。」

ひどい言われようだ。

前回のシミュレーションの結果は、実際には、無効であり、勝敗はつかなかったのだが、

なぜか上機嫌のあらた生徒会長のはからいで、ペナルティーはオレの一週間の停学くらいで済まされた。

実質、入院期間だったのだが。


もちろん、盗撮データ販売ルートは、押さえられ二度と商売はできないだろう。

しかし、個人的に楽しむだけなら、バレないと思う。ナイショだが。


たまに見舞いに来てくれたしずくの話だと、オレは学園内では、何かやらかした、変態として有名になっているようだ。

オレの大切な嫁たちはというと、基本、無視だそうだ。まあ実際には、子供の頃のちょっとした友達というだけだ。

元カレとかそんな話ではない。彼氏持ちなどは、変にこじらせて揉めたりするそうだが、まあ、上手くやって欲しいものである。


「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

問題は幽霊のように、背後を歩く家のお隣の地味子さん、みず季しずくだ。

今回の事件で一番大変だったのは彼女かも知れない。

AAの高位能力者として、華々しくデビューしてしまったワケだ。

一夜にして世界が変わるのを地で行ってしまったらしい。


学園の超有名人に。生徒会からも勧誘され、行政からの登録、審査と休みなし。

少し生臭い話だが、Aクラス以上になると、国からのかなりの額の補助金が出る。アルカ内への引っ越し勧誘など、家族ぐるみで大変だったようだ。


しかし生徒会も、引っ越しも断ってしまったらしい。もったいない。きっと、特典満載だろうに。


で、問題なのは、そんな多忙な時期に、病院に来ては、オレの昔の嫁たちについて、根掘り葉掘り聞き出そうとする事だ。

恐ろしく、不機嫌に。

話せば怒るし、昔の取るに足らない事と言うと、それはそれで怒る。もう訳が分からない。


以来ずっと、不機嫌な地味子さんだ。


「お〜〜。だいぶ直ってる。よきかな、よきかな。」

半壊した校舎が見えてくる。

急ピッチに再建が進んでいる。最新のBMI、そして、モジュール工法により、後一週間もあれば、修復は終わるらしい。アルカならではだろう。


その間はリモートで済む学生は自宅で授業を受け、それ以外は、地下教室を利用したり、中等部の施設を間借りしたりしているらしい。


「なーにがいいのよ。アンタのせいでしょ。」

ショルダーバックを肩にかついだ、ブラウンのふわりとしたセミロング、

学園最強の炎姫、野川那智が後ろから、これも不機嫌に声をかけて来る。

その後ろに、まったく無表情の冬木リンもいる。


AからAAAまで、三人の少女が並ぶのは、ある意味壮観だが、どうもよろしくない。

なんで那智としずく、この二人は朝から、こんなに不機嫌なのか。


それに言っておくがオレが何もしなくても、あの状況では被害は出ただろう。


「なあなあ、那智、智由センセーに怪我の治療頼んでくれよー。」

彼女が治療してくれたら、こんなギブスも松葉杖も多分、すぐに必要なくなる。

ような気がする。


「あ?ダメに決まってんじゃん。それ、罰則だから。」

血も涙もない事を言い放つ那智。

「そうです。君は少し色々、人生を反省して悔い改めてください。」

重ねて、しずくの説教が続く。

仲良いのか、この二人。


ではないらしい、すぐ、プイと視線を外す、那智としずく。


まあとにかくだ、

「ザ、ハーレムエンドだ!夢の嫁だらけの学園生活へレッツゴーだ!

ウハハハハハハハーーーーーーー!!!」


ドカン、

那智のショルダーバックが弧を描いて直撃する。

「死ね。」

吐き捨てる那智。

「バカ、、、、」

ジト目のしずく。

「、、、、、、」

1ミリも表情を動かさないリン

すっころぶしんを見てガッツポーズしている友樹


ケガ人をおっぽって行ってしまう、皆。

「まってクレーーーー」

五月晴れの空に情けない声が響いていく。


とはいえ、少年は自らの幸運に感謝しなければならない。

アメリカの至高、アリコマーレイ。

および、欧州の最終兵器とされるランシィフォンドリックという超人たちが日本に渡ろうとしていたのだが、人をブチのめすという訳の分からない理由では出国許可が下りず、来日に失敗していた。


もとより、国のミリタリーバランスを左右しかねない彼女たちである。出国審査はとても厳しい。

出入国管理局や官僚たちの地道な努力が、日米英の超能力大戦を水際で防いでいたといえる。

かくして、今日も名もなき人々の努力と労力によって、平和な日々は過ぎていく。


雲一つない抜けるような五月晴れの空に風が渡っていく。遠く。高く。

 END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る