第6話 エスカレート

グワアアアアッ、

少女の両肩、背中、脇腹、腕、脚、全身から炎が吹き上がる。

彼女の中のマントルが超高圧のマグマに変わり、全てを焼き尽くす炎の竜を生み出しているようだ。

渓谷全体が赤く染まり、炎熱地獄の様相を呈す。


「な、、、、なんだこりゃ、、、」

息の詰まりそうな熱波を避け、川の岩場を渡り、対岸に避難するしん。

幅はあるが深さはない渓流の所々が、那智の熱波の直撃を受けて蒸発する。

「ど、どうしたの?」

同じく、川の中から、対岸へ避難したしずくが、合流する。

無理もないのだが、怯えは隠しようがない。

言いたかないが、不測の事態だ。


「わかんねー、なんか、やばそーだな。」

顔が引きつる。嫌な予感しかしない。効かないのかよ。アフリカゾウだって昏睡する催眠ガスだぞ!

ガスマスクを外して、地獄の熱波の中心の少女を見る。炎と陽炎に揺らぐ彼女が笑ったように思えた。


とぐろを巻く炎龍をのたうち回しながら那智の身体が、ゆっくり上昇を始める。

すでに、近くの渓流は蒸発し、所々山の樹々が炎上を始める。


「体温を上昇させ、代謝を促進。血流を活性化し肝機能を上げ解毒する、、、、」


デトックスだろうか。もちろん、それだけで、催眠ガスが無効になる訳はない。

後にわかるのだが、もう一つ理由から、彼女には対薬の能力があったようだ。

ともかく、なぜか、那智の冗談のようなつぶやきが、よく聞こえる。シミュレーションゆえ、だろうか。


「こんなガス、、、効くもんかーーーーーーーーー!!」

ブワアアアアアアアアアアッ、


10メートルは上空の那智。

最強たる炎姫の面目躍如ともいえる様相だ。

上空をのたうつ配下である巨大な炎の眷族たち。とぐろ巻く炎竜達が集まり巨大な炎の塊りが形成されて行く。

その破壊エネルギーは、都市の一角を軽く消しとばすだろう。


もはや、人知の及ぶべくもない。万策は尽きたようだ。

「悪い、しずく。」

隣の少し上背のある、赤く染まる少女が、なぜか綺麗に見える。


「と、、、AAAってのは、思った以上に凄かった。

色々悪かったな。迷惑かけて。」


首を振るしずく。一緒にゆれるポニテ、いいものだ。

「しん、、、、いいんだよ。

君とまた会えて、毎日楽しかった。」


また、、、、やはり彼女とも、昔、会っているらしい。記憶は無いのだが。

あいまいな、笑顔が浮かんでしまう。


ゴウゴウと渦を巻き、吹き付ける熱波。朱色に染まる世界で、やはり彼は困ったように笑う。

それが何よりもつらい。胸が痛い。

「君は忘れてしまっているけど、私がこの街に、この学園に来れたのは、あの日、

君が私を救ってくれたから。私の力を目覚めさせてくれたから、、、」


「オレが、、、?」

「大切な、、、、大切な思い出、、、だよ。」


再会した彼は、あまりカッコ良くはなかった。いい加減でウソつきで、卑怯者。

挙げ句の果てに学園きってのバカで変態。


でも、やさしかった。色々教えてくれた。楽しいこと。面白いこと。かばってくれた。守ってくれた。幼い日の、あの頃のままに。


「大好きだよ、、、、しん。」


多分、シミュレーションの今だから、それは可能になったのかもしれない。

彼女のありったけの覚悟と勇気が、あらゆる羞恥と抵抗を跳ね除けて。


重なる二つの影。

キスをする二人。


「な、、、、ななななななななななななな、、、、、、」

かなり上空のはずの那智が、なぜか明確に二人の状況をキャッチ。

その行為と意味することを理解する。


「なんじゃそりゃああああああーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

叫んだのも束の間、


みず希しずくの意識が真っ白にハジける。

まばゆい光の光芒が幾重にも、幾重にも重なり合って溶けて行く。


ズズゥーーーーウウン、

実際の振動と轟音が第三アリーナの観客、生徒達を襲う。

「なに?」

「なんだ!」

「きゃああああ!」

パニックを起こす学生達。すでにシミュレーションの映像は途切れ、立体映写システムはダウンして沈黙している。


ビー、ビー、

照明が落ち、真っ赤な非常電源に切り替わる。

けたたましいアラートが鳴り響き、機械的な女性のアナウンスが落ち着いて避難を開始するよう、則す。


「うわあああああ!」

猛烈な耳鳴り、頭痛が生徒達を襲う。局所的な気圧変動だ。


バキ、バキバキバキ、


アリーナ、南側が突然生じた竜巻によって、破壊される。

避難を始めていた生徒達はかろうじて、なんを逃れるが、異変はさらに拡大していく。

彼らは気付く由もないのだが、発生源はスキャンルームB。しずく達のいる場所だ。


バラバラと第三アリーナからまろみ出る生徒達。周りは吹き飛ばされそうな暴風が吹き荒び、見上げる先には、最大風速98m/sに達する灰色の巨大な竜巻が渦を巻く。

飲み込まれたらひとたまりもないだろう。

暴風に突き刺すような、横殴りの雨が混じり出す。

パニックが最悪な事態を招こうとしていた。


ギシギシと校舎の強化ガラスが軋む。

「なるほど、凄いものだ。これが、みず希君の力か。」


ホワイトボードにすぐ近くの天変地異を、学園のあらゆる場所に設置されたカメラが映し出す。


あらたの平坦な口調に愉悦が混ざる。以前より高いポテンシャルのみが知られていた少女の能力がやっと判明したのだ。

文句なしのAクラス。

水使い、エイダ レスターの完全上位互換だろう。

単純な水流操作にとどまらない、天候操作レベルの高位能力者だ。


『危険です。アルカ広域の気流が急激に強まっています。』

淡々とヘッドセットに情報を報告するアンバーTYPE01

「見せてくれ。」

彼の周りに電影情報モニターが開かれる。

「これは、、、、なんて規模の変動だ。」

絶句するあらた。

『周辺地域から100kmオーダーで雷雲が収束されていきます。』

「スーパーセルか。被害予想は?」

『このまま終息を待った場合、東アルカは半壊。2000億円以上の損失が予想されます。』


ここで何とか落ち着きを取り戻し、笑い出すのをこらえるあらただったが、気にする事も無かったかも知れない。

部屋にいた、瀬里奈と葵はとうに姿を消していた。

避難ではあるまい。事態の解決に向ったのだろう。


「仕事熱心なものだ。」

おもしろくなさそうにつぶやく、どんよりとした瞳のあらた。


第三アリーナ スキャンルームA


ヘッドマウントディスプレイをむしり取り、スキャンデバイスから跳ね起きる那智。

「どうなってんの!リン!」


隣りに立つリンがゆっくりとヘッドセットを差し出す。

「何?なになに!」

せわしく、右耳につける那智。


凄まじい風の音に混じって女性の声が聞こえる。

『、、、える、、、聞こえますか?那智!』

「副会長!」

瀬里奈Sフィールズのひどく切迫した声だ。


生徒会室から出た葵は、瀬里奈の腰を抱き、

校舎の4階の廊下側の窓から、驚異的な全身のバネを使い、一気に身を躍り出す。暴風に逆らい飛翔する。

そのまま10メートル近く滑空し状況を把握する。


凄まじい風切り音が、こまくに響いていく。

眼下に100人を越える生徒達が必死に逃げまどっている。


「まずいですわね、、、」

お姫様抱っこで、葵に、横抱きにされている、瀬里奈がつぶやく。

恐慌状態のまま彼らを放置するのは危険だ。


「着きます。お嬢さま。」

風に流されるのを計算し、横殴りの雨の中、ピタリと目的地、第一アリーナの天井にフワリと着地して見せる葵。

どういう身体操作かわからないが、この状況で彼女を抱いて平然と不安定な足場に立っている。彼女だけだったら、とうに風に流され、吹き飛ばされていただろう。


目の前の第三アリーナ、南サイドから、天に向かって巨大竜巻がゴウゴウと天を突く。


上空、周辺の灰色で広大な空がその一点の向かって渦を巻き、飲み込まれていくような、悪夢のような光景が展開している。遠雷がひかり、遅れて豪雷がとどろく。


『瀬里奈副会長、、、、、』

左耳のヘッドセットからポツリと冬木リンの声が聞こえる。

「リンさん!わかりまして?」

受信に特化した少女だ。索敵はやはり、彼女の方が優れている。

『地上より50メートル。渦の中、、、、』

そこまで聞けば、瀬里奈にも認識できる。


竜巻の中に人間の影。みず希しずくだ。

「お嬢さま。彼女は、、、、」

葵が口を挟む。

「ええ、わかってます。能力の暴走状態ですわ。覚醒したばかりの能力者には良くある事。

これ程の力ですもの、、、」

こわばる表情。彼女にして、しずくの力は予想以上だったのだろう。


「現在みず希さんの意識はないでしょう。危険です。暴走が続けば、彼女自身、焼き切れてしまう可能性がある。」

曇る葵の表情。

能力暴走による事故は、割と頻繁に起きる事だ。


「どちらにせよ、あの子を止めないと、、、、誘導するなら第一グラウンド方向

ですわね。」


瞬時に判断を決める瀬里奈。隣の体育館は潰れるかもしれないが、校舎や寮に竜巻が向かうよりはマシだろう。

「リンさん!那智がログアウトしたら、連絡をお願いしますわ。」


そして多分あの規模の能力に対応できるのは、今は彼女しかいない。


遅ればせながら、体育館からも生徒達が逃げ出してくる。

担任もろとも、パニックのようだ。


(((落ち着いて。)))

瀬里奈の瞳が淡い光を放ちだす。静寂な湖畔の水面を渡る波紋のように、確実にユックリと恐慌状態の人々に響き、広がっていく。


(((第二グラウンド方向に避難してください。そこから、コートヤードへ!地下多目的ホールに避難して下さい!あわてず、でも、急いでくださいね。)))


「副会長だ!」

「瀬里奈さまーーー!」

目ざとく何人かの生徒が、第一アリーナの円形スイングブースの上に彼女の姿を見つける。

安堵と歓喜の喝采が上がる。

能力だけではないだろう。その人望が彼らに勇気と希望を与える。


暴風雨の中、千々に乱れる金髪を押さえ、葵に抱かれる姿は、騎士に護られる、天上の姫君だ。

一部嫉妬に悶える男子学生達もいたが、それはどうでもいいだろう。


苦笑して手を振る瀬里奈だが、落ち着きを取り戻した生徒達は、無事、すみやかに移動を始めている。

そこに、リンからの連絡が入った。

「聞こえる?聞こえますか!那智!」

加速度的に勢いを増す暴風が会話の成立を阻む。


「失礼、距離を取ります。」

限界が来ていた。再び、聖理奈を抱いて飛翔する葵。

流されながらもギリギリ後方の校舎の屋上、西の端に着地する。少しズレたら部活練の方まで飛ばされていただろう。

「もう!那智!那智!!」

歯ぎしりする瀬里奈、葵の首の後ろに回した腕を無意識に締め上げている。


「お嬢さま、、、くるしい、、、」

チアノーゼで青くなっていく葵。


「副会長ーーー!葵さん、死んじゃうってーーーー!」


明るい彼女の声が上空からとどく。

「な、、、那智!?」


右脇に冬木リンを抱えた少女が瀬里奈達の隣に着地する。

第三アリーナから飛んで来たのだろう。


そこでやっと、どす黒い顔色の葵に気づく瀬里奈。

「ご、、、ごめんなさい!葵!」

「だ、大丈夫、、、です。」

なんとか、持ち堪える葵。

色男も大変だなぁと思う那智。


彼女から離れたリンは強風の中、普通に立っている。彼女は、身体強化技術のみなら、那智に匹敵していた。

とかやってる、場合じゃない。

「なんですアレは?リンに聞いたけどみず希しずくだって!」

本題に戻す那智。


目の前の竜巻はさらに勢いを増して、第三アリーナの建材を巻き上げてゆく。

「あの子に、こんな力、、、、」

予備知識が無ければ、とても信じられるものではない。あった瀬里奈達でも我が目を疑うばかりだ。


「あれが本当の実力、、、ですわ。

Aクラス天候操作能力者。それが今暴走している。」

瀬里奈の目が厳しいひかりを宿す。


「お願いしますわ。野川那智。

彼女を止めてください。このままではこの街も、あの子自身も取り返しのつかない事になります。」


なんとも変な表情になる那智。

この女性に、平身低頭、頼まれるなど想像も考えもなかった。違和感ありまくりで、調子が狂うし、なにか、体調が悪くなりそうだ。


言われるまでもなく、あの前髪女に勝手に暴走して、死んでもらっては困るのだ。


それでは、まったくの勝ち逃げだ。


朱に染まる二つの影が重なるのを思い出す。

めまいがする怒りが込み上げる。


ブッ飛ばして、引き戻し、キッチリ白黒、着けてやる。絶対逃すわけにはいかない。

この街が灰になり、再び海に沈もうと、知ったことか。


みず希しずく、許すまじ。


ニッコリ笑う那智。


「本気で行きます。」

突如、少女のまとう空気が変わる。


「副会長達は早く校舎内へ、直撃でなければ大丈夫でしょう、、、、、多分。」


最新のテクノロジーが、惜しみなく積み込まれた耐震強化学園だ。かなりのサバイバリティーの筈なのだが、ひどく心許ないのは何故なのか。


フワリと暴風雨など何もない様に上昇を開始する少女。


いい知れない悪寒に襲われる瀬里奈。

「な、、、、那智!みず希さんを第一グラウンドへ誘導して!広いし、かなり丈夫なハズよ!」

なぜ、冷や汗が止まらないのか、わからない。

軽く手を振り応える上空の少女。


本気と言った。


もしかすると、自分達は勘違いをしていたのかもしれない。

本当のAAAの全力の戦いは、まだ誰も見たことがないのでは。


理論上の上限がトリプルエーだ。

では、その上限はどこに設定されているのか。シングルAとの差はどれだけあるのか。

実は明確な定義はない。無限の上限があってもなんら不思議はないのだ。

その意味するものは、、、、、


愚にもつかない妄想だ。

目を閉じ首を振る瀬里奈。


しかし、さっきの那智からは明らかに異質なモノを感じた

全身に鳥肌が立っているのがわかる。

ふと気がつくと、目の上の葵の顔が真っ白になって、硬直している。

どうやら、自分だけではなかったようだ。


「はやく、校内へ、、、」

ポツリとプラチナショートボブのリンがつぶやく。

「那智の邪魔になる。」


それだけ言い置いてスタスタ屋上の塔屋に向かうリン。

彼女は普段と変わりはない。


「そ、、、そうですね、、、急ぎましょう。」

なんとか動き出す葵。


全員が校内に入った瞬間、唐突に戦端は開かれた。



第三アリーナ 南 スキャニングルームB

「うぎゃはははははは〜〜〜〜〜〜〜〜!」

連続する爆発音と振動に転げ回る少年。

「なんだ!なんだ!なんだーーー!」

意識を取り戻す、しん。

見回すと辺りは惨憺たるものだ。30台近くあるスキャンデバイスは全てなぎ倒され、建物東側がゴッソリ無くなっている。

「冗談だろ、、、、」

ゴウゴウと吹き込んでくる風雨で飛ばされそうだ。

なにがあったか知らないがよく生きてたものである。

よく見ると逆さのデバイスの中、友樹がピクピクしている。

中々にしぶとい奴だ。


ここが、最上階でなければ、生き埋めになっていただろう。

天上はぶち抜かれ、側面は数室に渡り削りとられ直接、隣の体育館を見る事ができる。

「うえ、、、、、」


何かの冗談の様な、巨大な竜巻がうねっている。

凄まじい風の音だ。

ロケットエンジンのノズルに頭を突っ込んだら、こんな感じだろうか。

漏斗状の下部の幅は、数十メートルくらいだが、上空は軽く100メートルを越えている。

飲み込まれた体育館は、破壊され、異音をたてながら、分解され上空に舞き上げられていた。

体育館の南は災害物資の備蓄庫になっていたはずだが、すべて何処かへ飛んでいってしまったようだ。


ここの惨状も、あの竜巻が原因だろう。

しかし、なんの予兆もなくあんな、天変地異が起きる訳がない。

となると、超能力だが、あの規模の天候操作能力者は、天宮第一にはいないはずだ。


ここで彼は真っ青になる。なぜ、わすれていたのか。

「しずく!どこだ!しずくーーーーーーー!」


辺りを見渡すが、姿が見えない。どこかに、埋まっているか、飛ばされたか。

パニックの寸前、例の精神制御状態におちいる。ある種のセーフティーの様でもある。


冷静な知覚が、鳴り続けている携帯にやっと気がつく。

予想外の人物からだ。


「匿名希望?なんだ?」

音声のみ。携帯に出る。相手は天宮第四学園、変態仲間の南のリーダー匿名希望だ。


『ヤアヤア、シン♡ズイ分面白イ事ニナッテイル様ダネ〜〜〜』

怪しげなボイスチェンジャーのオネエ言葉が流れる。

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