第27話
そしてついにリベンジのときを迎える。
『二心さん、どうぞ!』
その指示が出たのを合図に『よし!』と気合いを入れた僕。そして皆の拍手と声援を背中に感じながら、舞台中央へ進み始めた……のだが、現実はそう甘くはなかった。
素人の僕がヒールを脱いだだけで本物の二心になれるわけもなく、意気揚々と舞台へ飛び出したのはいいものの、僕はすぐに激しい緊張に襲われてしまったのだ。そして右手と右足を同時に出してしまうほど混乱してしまう。
そんな状態でも舞台中央まではなんとかたどり着いたのだが、震えが止まることはない。裸足にかいた汗で滑って転びそうになる。真っ暗な舞台の上、頭の中が真っ白になった僕は、完全に平常心でなくなってしまった。
(息が苦しい。膝が震える。心音が頭に響く……。なぜか音楽も歓声も耳に入ってこない。自分一人が無音の海底にいるみたいだ。でも遠くに姫川さんの背中は見えてる。彼女が向こう側に着いたら、歩き出さないと。でも駄目だ。よく見えない。どうして? ピントが合わなくなってきた。もう向こうに着いたのか? まずい。ぼやけてわからない! このままだと、また同じことを繰り返してしまう! それは駄目だ! 絶対に成功させると心に決めたんだ! 一か八かスタートするか? でも照明はまだきてない。どうする?! 早く決断しないと! ショーが台無しになってしまう――)
そんな焦りと不安で再び心が折れそうになった、そのときだった。
「二心ちゃぁぁあぁあん! きゃわいいぃぃぃ!」
その声と同時、真っ暗な舞台に閃光が走る。
「二心ちゃぁぁん! こっち向いてぇえ!」
驚きながら声の方へ目をやると、それがカメラのフラッシュだとわかった。まだ照明も当たっていない僕を、観客席の方にいる誰かが撮影したのだ。
彼女は熱狂的な二心のファンなのかもしれないが、今の主役はランウェイを歩いている姫川さんであり、僕にカメラを向けることはマナー違反だということはわかった。しかしその行為は、僕にとって不幸中の幸いだったのかもしれない。なぜなら、その光の衝撃を受けたことで、飛んでしまいそうだっだ意識を取り戻すことができたからだ。
するとそのファンがいる方向から聞き覚えのある声がする。
「ちょっと、あなた! 撮影するのはランウェイの方でしょ!」
生徒会長の声だ。真っ暗でよく見えないが僕を撮影したファンに注意しているらしい。だがちょうどそのとき、照明が向きを変えたことで二人の姿を見ることができた。
「え……。雨宮さん……?」
そう。注意されていたのは写真部の撮影スペースにいた雨宮さんだったのだ。
彼女は身振り手振りでなにかを生徒会長に訴えているように見える。そして制止を振り切り再び僕の方へカメラを向けてくるのだった。
「二心ちゃぁぁん! 早く歩いてぇ! 待ってるよぉ!」
そう叫びながらフラッシュを連射する彼女。カメラを持つと興奮して性格が変わるのだろうか。生徒会長も呆れてどこかへ行ってしまったようだ。そんな光景を見た僕は、自分がピンチであることなど忘れて思わず吹き出してしまった。
(ったく……。雨宮さん、なにやってるんだ。ランウェイの高さより上に頭を出しちゃ駄目って言われてたよね? 舞台に身を乗り出してカメラ構えて、必死すぎるよ。そんなに慌てて撮影しなくても、今からランウェイ歩くんだよ? そのときゆっくり撮影すれば……って、あれ? そのランウェイが緊張して歩けないから困ってたんだっけ……。おかしいな。なんだか今なら歩けそうな気がするぞ。この三〇メートルほどの直線を歩いて戻ってくるだけのこと。そんな感覚だ。なんだ、簡単なことじゃないか。難しく考えることなんてなかった。なにをそんなに焦ってたんだろう。そっか……。僕は二心になろうと必死で……。みんなの前で格好つけようとしすぎていたんだな。だからあんなに緊張して……。でも僕は二心じゃないんだ。僕ができることをすればいい。もう大丈夫。僕はできそうだ。全力で楽しんでる雨宮さんを見て、なんだか気が楽になったよ。ありがとう。また助けてくれて――)
「ニヤけ顔が気持ち悪いですわ」
「うわぁぁぁ! 姫川さん?!」
「遠くからでは二心様なのか三郎様なのかわかりませんでしたが、こちらに来て三郎様だとはっきりわかりました。その気持ちの悪いお顔で」
「ひどいな! そんなに変な顔してた?!」
「そんなことより、こんなところで固まって、なにをしてますの……」
「え……。あれ? 姫川さん、舞台まで戻ってきちゃって……。いつの間に?!」
「あのね……。折り返しを過ぎても三郎様がまったくスタートしないので、かなりゆっくり歩いてみたり、止まってみたり、最後はちょっと戻ってみたり……してましたわ!」
「ご、ごめん! 全然わからなかった!」
「もう……。ぼぉっとしている場合ですか? で、二心様には会われましたの?」
「うん。連絡してくれてありがとう。現場が近かったのかすぐに来れたみたいでさ」
「違いますわよ。三郎様が心配だから社長に頼み込んで仕事を早く終わらせたみたいですわ。ここへ着いたときも三郎様が倒れたことでパニックになられてて……。あのような二心様は初めて拝見しましたわ」
「そうだったんだ……」
「それよりも今はショーに集中しましょう。二心様に照明が当たってからの、この歓声が聞こえていませんの?」
その言葉で僕は気づいた。会場中に拍手と歓声が鳴り響いていたことを。そして多くの観客がスタンディングオベーションで僕を出迎えてくれていたということを。それは皆が二心の登場を心待ちにしていたことを意味していたのだ。
その光景を目にした僕は再び感動で涙が溢れそうになったが、姫川さんに冗談っぽく、たしなめられるのだった。
「まだなにもしてませんのに、泣くのは早いですわよ」
「そ、そうだね! よしっ! すぐにスタートするよ!」
「ちょっとお待ちくださいな。ヒールはどうされましたの?」
「ヒールは置いてきたよ。あれって市販のやつだから……いいよね?」
「裸足で行くということですか? まあこの際、仕方がないですわね。サイズが合わなかったということにしておきましょう」
「あんまり驚かないんだね。『そんなの駄目ですわ!』って怒られるかと思ってたよ」
「どうしてです? 今日の主役はその衣装なのですよ。二心様がそのお洋服を着て、嬉しそうに歩くことが全てです」
「そっか、そうだよね。ははは……。二心も姫川さんもすごいな……」
「はい? よく聞こえませんわ。なにを笑ってますの?」
「なんでもないよ! それじゃ、行ってきます!」
「三郎様、頑張って!」
その言葉に見送られ、僕は拍手喝采が続くランウェイに向かって歩きだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます