最終章
第26話
真っ暗な舞台袖。僕はペンライトで進行表を確認するスタッフの生徒と、打合せをしているところだった。無理を言って急遽ファッションショーに復帰させてもらうことになったため、どのタイミングでランウェイを歩くかを決めてもらっていたからだ。結果、そのときショーは既に全員が最後の出番を迎えていたということもあり、最後に歩く予定だった姫川さんの次だと決まる。当初の予定通り僕が大トリで歩くことになったのだ。
そのとき、打合せを終えた僕のもとへ、ランウェイから戻ってきたばかりの生徒が駆け寄ってくるのが見えた。西園寺さんだ。
「二心姉! 出れるのか?!」
うっすらと見えたその曇った表情に、僕は申し訳ない気持ちになる。彼女はずっと僕のことを心配してくれていたのだろう。
「ごめんね、いっぱい心配かけて。もう大丈夫だよ」
「わかった。二心姉がそう言うなら止めないよ。でも、無理はしないでくれよな」
「ありがとう……。西園寺さんも今のが最後だったの?」
「そう! だから、二心姉のランウェイをここから勉強させてもらうよ」
「い、いや、勉強だなんて――」
すると進行を告げる声が耳に入った。
『小豆さん、どうぞ!』
姫川さんも最後のランウェイだ。ただ、ここへ来てから彼女とは一言も話すことができなかった。というのも舞台袖は出番が終わった出演者でごった返している状況だったからだ。しかし僕がここへ来たことは耳にしていたのだろう。彼女は舞台へ出て行く前に、後ろ髪を引かれるかのようにちらりとこちらを見たのがわかった。それは僕になにかを確認したいように見えたのだった――。
「小豆の次が二心姉だよな」
「西園寺さん、一つお願いがあるんだけど」
「あたしに? いいよ。なんでも言って」
「私の控室から、残りの衣装を持ってきて欲しいの」
「残りの二着をここに? どうして?」
「控室まで着替えに戻ってたらお客様を待たせることになるでしょ? ここは暗いし隅の方で着替えれば大丈夫だと思って」
「三回歩くってこと?!」
「うん。手芸部のみなさんが頑張って作ってくれた衣装、全部をお客様に見てもらいたいから。続けて三回歩くことは生徒会長にもオーケーもらったんだけど、着替えの時間を少しでも短くできたらな、と思って」
「わかった! 任せろ!」
西園寺さんがそう言い残し僕の前から消えたあと、スタッフから次の指示が飛ぶ。
『二心さん、準備お願いします!』
(きた……! 絶対成功させてやる――)
僕がそう意気込んだと同時、舞台裏で大きな拍手が起こった。何事かと驚き振り向くと、そこには僕を取り囲み暖かく歓迎してくれているスタッフや出演者がいたのだ。だが僕は感情がうまく言葉にならず、皆に感謝とお詫びの思いを込めて深く頭を下げることしかできない。
すると薄明かりの中、どこからともなく激励の声が聞こえてくるのだった――。
『二心ちゃん! おかえり!』
『二心さん! 頑張ってください!』
『二心様ぁ! 無理なさらずに!』
『二心様が拝見できて嬉しいですわ!』
『二心さん! 歩いてくれてありがとう!』
その一つ一つの言葉に心が震えた僕は、感動で涙がこぼれそうになる。しかし今は目の前のショーを成功させることが大事だと自分に言い聞かせ、ぐっと涙を堪えた。そして笑顔で頭を上げたあと、『行ってきます!』と元気に応えたのだった――。
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