第18話

「二心ちゃん、面白すぎるよぉ。出会ったとき、いつも誰かに囲まれてるんだから」

「確かに美月の言う通りだな。二心姉、あたしと会ったときもそうだったし」

「な、何度もごめんなさい……。二人には助けられてばかりで」

「そうそう! 亜理紗から聞いたよ。またお店の前でファンに囲まれてたんだって? ごめんね。折角お店まで来てくれたのに病欠で。でも今日会えたからよかったよぉ!」

 僕と姫川さんは、二人に案内してもらうかたちでファッションショーの会場である体育館へと向かって歩き始めていた。僕は当然体育館の場所は知っていたので、すぐに二人と別れてそちらへ向かおうとしたのが、雨宮さんが『連れて行ってあげる!』と言い始めてしまい、半ば強引に道案内されることになってしまったのだ。

 僕が二心の姿で西園寺さんに会うことはもうないと思っていたし、雨宮さんと会うのも次を最後にしようと思っていたのだが、なぜかこの二人とは不思議な縁があるようだ。今日も、どの部活にも所属していないであろう二人とは、出会うことはないと思っていたのだが……。こんな朝早くに二人がここにいた理由がわからない。どうしても確認したくなった僕は、目の前を歩く雨宮さんに声をかけた。

「あの……。開場って十時からでしょ? まだ二時間くらいあるのに、二人はどうしてあそこにいたの?」

「あははは。驚いた? 今日二心ちゃんが出るファッションショーって、演劇部もモデル役で出るって知ってた?」

「それは聞いてたけど……」

「実は亜里沙も演劇部でね。二心ちゃんと同じモデル役なのだよ!」

「えぇ?! 西園寺さんって、演劇部だったの?!」

「まあね。でもモデルの仕事があるから、ほぼ幽霊部員みたいなもんだけどな」

「西園寺さんもショーに出るんだ……。この前モールであったときなにも言ってなかったから、びっくりしたよ……」

「だってあの時点では二心姉、仕事で参加できないって聞いてたんだ。だから、今日会えるって知ったのも昨日の夜だったんだよ」

「そうそう! だから亜里沙ったら、喜びとか緊張とか興奮とかで昨日ほとんど寝れなかったんだって!」

「美月! 本人の前で……恥ずかしいからやめてくれよ――」

 その会話を聞いて僕は思い出していた。そう言えば、昨日夜遅くまで西園寺さんとメッセージのやり取りをしていたな、ということを。

 普段、西園寺さんとはたまに一言二言メッセージをやり取りする程度だったが、昨日は何度も繰り返し返信があったので珍しいなと思っていたのだ。しかし同時に、僕は彼女に感謝していた。それはいつも通りの他愛のない会話だったが、彼女と同じように緊張で眠れなかった僕にとっては一番の安定剤となったからだ。

 だが、まだ一つ疑問が残る。これで西園寺さんがここにいる理由は判明したのだが、わからないのは雨宮さんだ。彼女はどうしてこんな朝早くから学院にいるのだろうか――。


「そ、それで……美月さんは、どうして? まさか美月さんも演劇部とか……?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 私、写真部だから」

「写真部? そうだったんだ……。写真部もなにか出展するんだね」

「違う、違う。写真部もショーに参加するんだよ。スタッフの一人としてね」

「それってもしかして……。今日のショーを撮影に?!」

「その通り! いっぱい撮らせてもらうからね!」


(これはまずいかも……! 二人にランウェイ歩く姿を見られたら、僕が素人だとばれるかもしれない――)


 そんな不安で僕が顔面蒼白となっていると気づいたのか、横を歩く姫川さんが優しく声をかけてくれるのだった。

「二心様は気軽になさってはどうですか? 今日はお仕事ではなくお祭りなのですから。型にとらわれることなく、楽しくまいりましょう」

 すると前を歩く雨宮さんがくるりと回転しこちらを見た。

「そう言えば亜里沙から聞いたけど、姫川さんも二心ちゃんと同じくらいのトップモデルさんなんだってね! 今日はよろしくね」

「雨宮さん……でしたか? わたくしは二心様の足元にも及びませんが、こちらこそよろしくお願いいたします」

「『いたします』……って。姫川さん、固いなぁ!」

「わ、わたくしたちは、これが普通なのです!」

「普通だとしても固いよねぇ。亜理紗はどう思う?」

「あたしらとは住む世界が違うんじゃね? あ、こいつのことは『小豆』でいいから」

「その『こいつ』っていうの、やめてくださいます?! あなた、私と会うのはまだ二回目ですのに、馴れ馴れしいですわ!」

「なんだよ。『お前』が駄目で『こいつ』も駄目なら、なんて呼んだらいいんだよ」

「だから『小豆』と呼べと言ってますの!」

「ああ、それな」

 そんな三人の会話を聞いて笑っているうちに、いつの間にか僕の緊張もほぐれていることに気づいた。おそらく姫川さんは、なるべく僕がボロを出さないようにと、自ら会話に入ってきてフォローしてくれているのだろう。年下でまだ中学生のように幼い顔立ちの彼女だが、僕にはとてもたくましく見えた。と同時に、彼女の助けがあればファッションショーもうまく乗り切れるかもしれないと思えたのだった。

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