第3章
第17話
文化部交流祭――それは僕が通う天河高等学院と、二心が通う星門(せいもん)女学院との間で年に一度、毎年六月の第一日曜に開催されるお祭りのことだ。両校は姉妹校なのである。その内容は一般的な文化祭と似たようなものなのだが、一つ違うのは文化系の部活のみが参加できるという点で、例えば両校の料理部が創作料理を販売して売上を競ったり、将棋部や競技かるた部が対戦したり、美術部や書道部などが合同展示会をしたり……と様々だ。そしてその会場は毎回、校舎が広い天河学院側でと決まっている。また、当日は両校の高等部および中等部の生徒とその親族であれば誰でも入場できるため、毎年かなり多くの観覧者が押し寄せてくるらしい。
なぜ『らしい』という推測の助動詞をつけるのかというと、万年帰宅部であり友達もいない僕は中等部時代も含め一度も観覧したことがなかったからだ――。
「きょ、今日はよろしく。姫川さん」
「相変わらずキョドってますわね……。それにしましても、まさか本当に三郎様が来るとは驚きましたわ。あ、今日は『二心様』とお呼びした方がよいですわね」
今は交流祭当日朝の八時前。制服を着て駅前で会話する僕たちを見た人は、仲の良いJK二人が待ち合わせしているだけのように見えていただろう。まさか一人が女装した男子だとは思わずに。
なぜ僕たち二人が駅前にいるのかというと、二心の姿になって一人で行くのが不安だった僕が昨日姫川さんに連絡し、天河学院の最寄り駅前で待ち合わせして一緒に行こうとお願いしていたからだ。それと、二心の制服とローファー共にサイズはぴったりだったのだが、違和感がないか姫川さんにも事前チェックしてもらおうと思っていたのだ。
しかしモールであったような騒ぎになるのはごめんだったので、念のために伊達メガネとマスクを装着し、変装はしているのだった――。
「二心っていつも変装してる?」
「変装? 通学時はなにもされてませんわね。それにしましても、二心様に変装しておきながら、それがばれないように更に変装されてるとは妙な話ですわ」
「……ほんとだ。あははは。確かに変だね」
「呑気に笑ってる場合ではございませんわ!」
「ご、ごめん。心配してくれてるんだよね」
「そうです。三郎様だから心配しているのです。二心様は、ご本人だとばれることがございましても声をかけられることは少ないですから」
「そうなの? 僕はこの前、数十人に囲まれたけどな」
「本物の二心様は人を安易に近づけさせないスター特有のオーラがございますの。お顔は今の三郎様と同じですが、全身から醸し出される雰囲気がまったく違いますわ。それに比べ、三郎様バージョンの二心様は、そういうのがございませんから」
「なるほど、そういうことか。だから僕のときははすぐに人が集まったんだね。よしわかった。ちょっと、二心の真似やってみるから見てくれる?」
そう提案した僕は姫川さんの隣を歩きながら、すっと背筋を伸ばして胸を張り、顎を少し上げてみる。そしてマスクを下にずらし真顔で目を細めながら、彼女を上から見下ろした感じで声をかけてみた。
「ねぇ、小豆。私は誰に見えるかしら?」
「……に、二心様? い、いえ、ま、まあ、その……。どうかしら……」
「あれぇ? 今ちょっと二心に似てると思ったんじゃないの?」
「ち、違います! い、一瞬だけ似てるかもとは思いましたが、よくよく拝見しましたら、まだまだ二心様の足元にもおよびませんでしたわ!」
「そっか。難しいね」
「でも……。三郎様は、そのままでよろしいのではなくて?」
「そうなの? でも、偽物だってばれちゃうよ?」
「そこはわたくしがフォローいたします。それに、いつもと違う二心様が見られるというのも、その……。わたくしにとっては嬉しいご褒美……」
「ごめん。ちょっとよく聞こえなくて――」
「さ、さぁ! 到着しましたわよ! 皆様、ごきげんよう!」
学院の正門を通り、突如玄関前の広場に集まる数十名の集団に挨拶した姫川さん。それは全員同じバーガンディ色のブレザーを着た星門学院の生徒たちだった。
手のひらを身体の前で合わせ、身体を三〇度前傾させた綺麗なお辞儀をする彼女。すると挨拶されたその集団も一斉に頭を下げて同じ挨拶を返してくる。さすが名門のお嬢様学校だと思わず感心してしまうほどの綺麗な挨拶だ。そして全員が黒髪で長いスカート姿。雨宮さんのようにピアスを付けていたり、西園寺さんのように金髪にしている女子など一人もおらず、まったく別の世界の生き物かと思ってしまう。しかしそれよりも一番圧倒されるのは、全員が女子だということだ。そんなことは当たり前であるしわかってはいたことだが、いざその世界に足を踏み入れるとなると、かなりの勇気がいることだった――。
すると茫然と立っている僕に気づいた姫川さんが、肘で僕の身体をつついてくる。それは『早く挨拶しなさいよ』という意味だとわかった。
「ご、ごきげんよう!」
事前に二心にレクチャーされていた通り、お嬢様言葉で挨拶する僕。だがすぐに挨拶が返ってこない。変な間が空いたあとでまばらに挨拶を返され、中にはヒソヒソとなにやら耳打ちしている生徒が目に入る。
(あれっ?! もしかして、テンションがいつもの二心と違った?!)
そんなことを思った矢先、姫川さんのフォローでその原因がわかった。
「ほら、皆様。二心様ですわよ」
そう言いながら、僕のマスクを引っ張って下にずらす姫川さん。
と同時、突如その集団が僕に向かって駆け寄ってきた。そして周りを取り込まれたかと思うと、腕を組んだり手を握られたりと信じられない出迎えをされるのだった――。
『二心様でしたのね! 気づきませんでしたわ! ごきげんよう!』
『うわぁぁ! 二心様! メガネ姿お似合いです!』
『マスクされて、お風邪ですか?!』
『今日もお美しいです! 先輩! 鞄、お持ちしましょうか?!』
『は、初めまして! ご挨拶できて光栄です!』
数十名のJKに満員電車かのように密着されながら、そんな感嘆の声を浴びせられた僕は、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして動けなくなってしまった。フォローしてくるはずの姫川さんも集団の外に弾き出され、オロオロしている姿が目に入る。
そのとき――再び僕の前に救世主が現れるのだった。
「みなさん、道を開けてください! 二心ちゃんが困ってますから!」
「お前ら全員離れろぉ! 二心姉が怪我するだろ!」
そのJKの声が響き渡ると、モーゼの十戒のワンシーンかのように、人垣が両サイドに移動し僕の前に道ができる。
そしてその先に見えたのは、雨宮さんと西園寺さんであった――。
「二心ちゃん、久しぶりぃ! また会えたね!」
「二心姉、怪我ないか? 出迎えに来て正解だったな」
心配そうに駆け寄ってくる二人。それは二心に変装している僕的には今日一番会いたくない二人のはずだった。だがなぜか、彼女たちの姿を目にしてほっとする自分がいる。
しかし……。残念ながら二人は、星門学院の生徒たちには歓迎されていないようだ――。
『あの方たちは何者ですの? お一人は髪が金色ですわよ』
『野獣のようですわ。怖い……』
『今、あちらの方が、二心ちゃんってお呼びでしたわ!』
『ピアスにネックレス、それにあのスカート……。ショーツが見えそう!』
目の前を通る二人を見ながら、聞こえるようにひそひそ話をする生徒たち。
しかし西園寺さんが眉間に皺を寄せ睨み返すと、彼女たちは意気消沈し、頭を下げて僕から離れていくのだった――。
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