第15話

それに、あの気まぐれで何をしでかすのか分からないような危うさを持つ千宙が、窮屈な集団生活の中に居る姿がなんとなく想像出来ない。


学生達の中に居る千宙がどんな様子なのか、正直気にならなくもなかった。


そう思ったら尚更動くに動けず、私は電柱の影に隠れたまま二人の成り行きを見守った。


そんな私の存在に気付くはずもなく、千宙はあからさまに面倒くさそうな表情するとヤンチャそうな金髪に向かって吐き捨てるように言う。


「お前、しつこい。」


「えー、だって気になるじゃん!あんな何事にも冷めてた男がさ、急に小説とか読み始めちゃって!今日だって学校終わったらすぐ帰るしさ!」


そう騒ぐヤンチャそうな金髪を、深い闇が広がる瞳で軽く睨んだ千宙は、そのまま奴を無視して足を進める。


そんな千宙に臆することなく、ヤンチャそうな金髪は

「さては、女か〜?」と再び軽口を叩いて千宙に近付いて行く。


「だる。」


楽しそうに目を細めて話し掛けてくる金髪に、吐き捨てるようにそう言った千宙は少し呆れたような表情をしていた。


千宙も金髪も周りの生徒よりも垢抜けていて、肩を並べて歩く二人は自然と周りの視線も集めてしまうほどに圧倒的な存在感がある。


確かに、千宙は美形だ。


集団リンチに遭ってボロボロだった傷も癒えて、もうすっかり学生証で見た綺麗な見た目に戻っている。


いつも畳の居間で寝転がって小説を読む生意気な姿ばかり見ていたけど、こうやって改めて学生の中に居る千宙を見ると私とは相容れない存在だったんだなと強く思う。


こんな私が千宙と関わっているなんて本来、ありえない事なのだ。


「あ!堂本くんと近衛くん…!もう帰るの?」


そんな二人を遠目で見ていると、一人の女子生徒が話し掛けてきた。


「おー、坂田さんじゃん!」


金髪がノリ良く女子生徒に反応するのに対して、千宙は特に何の反応も起こさず無表情のままだった。


坂田さんと金髪に呼ばれた女子生徒は綺麗な長い髪を緩く巻いていて、パッチリとした二重の瞳が可愛らしい整った容姿をしていた。


短いスカートから覗く足はまるでモデルのように細く、彼女のスタイルの良さが際立つ。


私の野暮ったい高校生の頃とは大違いで、同じ女でもここまで違うのかと驚く。


もしかしたら、今の私よりも彼女の方が断然大人びて見えるかもしれない。


「なー、聞いてよ!コイツ最近ノリ悪くてさ、絶対彼女居るんじゃねぇかと思うんだよね!」


「えっ!近衛くんって、か、彼女いるの!?」


金髪の言葉に、坂田さんは少し焦ったように千宙に声を掛けた。


それを少し面倒くさそうにしながらも、千宙は「別に居ないけど。」とぶっきらぼうに返す。


「ほっ、本当に!?」


坂田さんは千宙を見つめて、ホッと胸を撫で下ろすように頬を仄かに染めて言う。


その様子は何処からどう見ても、可愛らしい恋する女の子だった。


そんなよくある学生達の光景を遠目に見ながら、私の心は何故か曇る。


ヤンチャそうな金髪と可愛らしい坂田さんと一緒に居る千宙は、なんだか遠い存在に感じた。


あんな千宙を、私は知らない。


これ以上、その光景を見ていたくなくて、私は学校を囲うフェンスの側から足早に離れる。


学生達で溢れる道路を縫うように進んで、目的だったはずのスーパーまで戻ろうとひたすらに足を動かした。


何やってるんだろうな、私。


こんなところまでやって来て、勝手にショックを受けるなんて。


いつの間にか私は、大きな勘違いをしていたのだ。


あの夜、集団リンチに遭ってボロボロだった千宙の全てを拒絶するような瞳に、私は少し期待したのだ。


一人ぼっちで痛々しい姿に、無意識に自分を重ねた。


千宙が自分と同じような存在に思えて、放っておけなかった。


でも実際、千宙は全然一人ぼっちなんかじゃなくて、こうやって自然と周りに集まってくる人たちが居る。


いつも一人で、何処にも居場所が無かった私とは全く違う。


それを寂しく思うなんて、馬鹿げている。


まだ知り合ったばかりだというのに、勝手に千宙のことを知った気になっていた。


私なんかと何度も関わってくれる千宙に、最初から特別な感情を抱いていたのだ。


今更になって、そんなことを痛感する。


こんな三つも年上の情けない女よりも、可愛らしい同級生の坂田さんと一緒に居る方がよっぽど千宙に合っている。


「おい!ちょっと待て。」


そんな事を考えながら黙々と歩いていると、いきなり背後から声を掛けられて腕を引っ張られる。


「なっ!?」


そのことに驚いて思わず振り返れば、私の腕を掴んでいたのは息を少し乱した千宙だった。


先程、ヤンチャそうな金髪や坂田さんと一緒に居たはずの千宙が何故此処に居るのかと、不思議に思いながらも動揺する。


突然の現れた千宙に、私は何の言葉も出なかった。


千宙はそんな私を暫く無言のまま見つめると、フッと表情を緩めて少し呆れたように口を開く。


「アンタ、何でこんなとこ居んの?」


「何でって…か、買い物?」


千宙の問いかけに、私は当初の目的を思い出して曖昧な返事をする。


なんというか、改めて考えてみると学生生活を送る千宙が気になって学校まで来てしまったなんて、ちょっとイカれてる。


もうすぐ二十歳になる女が、年下の男子高校生を追っかけているなんて小っ恥ずかしいにもほどがある。


流石に千宙も、気持ち悪く思うだろう。


こんなことしてしまう自分が、ますます情けなくなった。


「スーパー過ぎてるけど。」


そんな少し余所余所しい態度を取る私に、千宙は何かを勘付いたように言葉を放つ。


千宙の指摘に、羞恥心が大きく煽られる。


「これから買いに行くんだってば!」


「ははっ!」


逃げ場を失いつつある私は自棄糞になりながら叫ぶと、千宙は心底可笑しそうに笑った。


綺麗に整った顔をクシャッと崩して笑う千宙に、思わず見惚れてしまう。


そんな単純な自分が悔しい。


「じゃ、行くか。」


「えっ!?」


私の反応を満足そうに眺めて、ケラケラと笑っていた千宙は一息吐くと私を手を引っ張って歩き始めた。


「ちょっ!何処行くの!?」


「スーパー行くんだろ?荷物持ちしてやるよ。」


そう言って振り返った千宙は、ニヤリと口角を上げた。


そんな千宙に引き摺られるように、私はひたすらに足を動かす。


学生達が下校する中で、私達の存在は異質な程に目立っていた。


千宙は言わずもがなその整った容姿に目を引くし、そんな千宙が私なんて年上の地味な女の手を引いていたら、そりゃ学生の皆は気になるだろう。


学生達の好奇の視線が、ザクザクと全身に突き刺さる。


「あれって、近衛くんじゃない?」


「えー!手を引いてる人誰!?」


…は、恥ずかしい。


荷物持ちを申し出てくれるのは有り難いけど、正直この手を離してほしいとも思う。


それに気付いているのか知らないが、千宙は呑気に「昨日の夕飯なに?」なんて聞いてくる。


「まだ、決めてないけど。」


「じゃ、カレーで。」


「アンタ、そればっかりじゃない?」


此方を向かずに淡々と言った千宙に、呆れたようにそう言ったけれど私の口角は自然と上がっていた。


掴まれている腕が、じわじわと熱くなる。


私も、単純な奴だ。


千宙と会えた事で、先程まで感じていた寂しさはすっかり薄れてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アウトサイダー 透野 紺 @tounokon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ