不変と、変化と。

第10話

「いらっしゃいませ〜」


日曜日ということもあってか平日よりも混み合う店内で、ひたすらに商品を棚へ補充しながら忙しなく動き回る。


同じような作業を繰り返す私の日常は、相変わらず代わり映えしないものだ。


別にこの仕事が凄く苦痛というわけではないけれど、正直そんなに好きではない。


まぁ、仕事なんて多分そんなものだと思う。


それでも、ふとした瞬間に考えてしまう。


一体これがいつまで続くのだろうかと。


終わりの見えない日々を考えれば考えるほど、偶に心が折れてしまいそうになる。


こんなことで一々絶望するなんて、私が甘い人間だからだろうか。


好きでもないことに日々を消費しながら、誰も彼もが当たり前のようにそうやって生きているのに、私にはそれが酷く苦しく感じる。


そんなことを考えながらも行き交う客に再び「いらっしゃいませ。」 と声を掛ければ、擦れ違った二人組の女性客が私を見ると不意に足を止めた。


「もしかして、詩ちゃん?」


「…え?」


予想もしていなかった声に、思わず作業をしていた手が止まる。


「え、あの星守詩ちゃん?」


「そうそう!あ、やっぱりそうだ!」


二人は私の顔をしっかりと確認ながら、懐かしそうに声を掛けて近付いて来る。


その声にどこか聞き覚えを感じて、私もよくよくその二人の顔を確認した。


一人は茶色のショートボブでカジュアルな服装をしていて、もう一人は長い髪を緩く巻いた清楚系の子だった。


この二人は、確か…


「…萩野さんと、中田さん?」


恐る恐るそう呟けば、「正解!」というようにショートボブの萩野さんが頷く。


「そうそう!久しぶりだね!…何年ぶり?」


その勢いのまま、萩野さんは隣にいる中田さんに話を振った。


中田は少し首を傾げながら、萩野さんに答える。


「え、普通に中学卒業ぶりじゃない?」


「マジか!超懐かしい〜!」


この二人は、中学生の時のクラスメイトだ。


高校生の時は友達が出来なかったけれど、中学生の時は萩野さんと中田さんとよく一緒に居た。


私達三人は中学生の頃、教室の片隅にひっそりと集まっているような大人めのグループだった。


萩野さんも中田さんもどちらかといえば内気で物静かなタイプで、萩野さんの明るい茶色のショートボブは重たい黒髪だったし、中田さんは大きな黒縁眼鏡をかけていた。


しかし、今では二人とも今時のメイクを施し、すっかり見違えるほどに垢抜けていて最初見た時は全然誰だか分からなかった。


この数年で、こんなにも変われるのかと驚く。


けれど、ちょっとした話し方や笑い方に当時の彼女達の面影が薄っすらと残っていて数年前の記憶が蘇る。


中学を卒業して二人とは別の高校に進んだ私は、それっきり二人と会う機会も無く、ごく偶に数回ほど取っていた連絡も時間が経つに連れて殆ど無くなっていった。


「久しぶりだね〜!」


「此処で働いてるの?バイト先?」


二人から同時に投げかけられる言葉に、少し戸惑いながらも「うん、まぁ。」と答える。


「それにしても、詩ちゃん昔と全然変わってないから直ぐに気付いたよ!」


「…そ、そうかな?」


笑顔でそう言った萩野さんの言葉が、不意打ちで胸にグサリと刺さった。


見事に垢抜けた二人にそう言われると、なんだか昔から変わってない自分が少し恥ずかしく思える。


そんなことを思っている間も、二人は次から次へと容赦なく質問を投げかけてきた。


「今、大学生?何処行ってるの?」


中田さんからは進学していることが当たり前のように聞かれて、思わず反応に困る。


「…いや、進学しなくて。」


「じゃあ、就職したんだ!社員ってこと?」


「…いや、パート?」


そう告げた声は、思ったよりも小さくて情けない声になってしまった。


高校生の頃、出席日数ギリギリで何十時間もの補習を受けてようやく卒業することが出来た私が、就職なんて出来るわけが無かった。


卒業後、大学生にも専門学生にも、ましては社会人にも成れなかった私は、ちょうどパート募集していた地元のスーパーの面接を受けた。


人手不足だった地元のスーパーは、こんな私でもあっさりと雇い入れてくれて今に至るのだ。


すると、私の返答に驚いたように萩野さんは声を上げる。


「え…!じゃあ、フリーターってやつ?」


「…まぁ。」


私の声を聞くと、二人は少し無言になって顔を見合わせた。


「そ、そっか〜!」


「まぁ、人それぞれだしね。」


フリーターと聞いた途端、余所余所しい反応をする二人に私は無意識に唇を噛み締めた。


確かに社員ではないけれど働いてることには変わりないのに、何故そんな反応をされなくちゃいけないんだろう。


なんだか、数年間の知らなかった私を勝手に決めつけられたみたいでショックだった。


「ねぇ、せっかく数年ぶりに会ったんだし、この後ご飯でもしない!?」


「え?」


突然すぎる申し出に、私は口を開けて固まった。


しかし、二人はそんな私の様子に構うこと無く話を続ける。


「いいじゃん!」


「私、この辺の美味しい居酒屋知ってるし!」


「あ!それって、この間彼氏と行ったっていう店?」


「そうそう!めっちゃご飯美味しかったとこ!」


盛り上がる二人に全く付いて行けない私は、一人空気のようにポツンとその場に突っ立っていた。


そして、私が仕事中であるにも関わらず、何の配慮も見せない二人に深く溜め息を吐きたくなる。


「詩ちゃんにも、私の彼氏の話聞いてほしい!」


そう話す萩野さんは、多分私じゃなくても気持ち良く自分のことを話せる人間なら誰でも良かったのだろう。


中学生の頃の二人はもっと静かな印象で、今ほど関わりづらく思うことはなかった。


あれから、時間が経ってしまったんだなと感じざるを得ない。

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