5先で、ありのままの君が見たい~俺と彼女の青春格ゲースクールライフ~

タイヘイ・ヨー

第1話 たかがスポブラ。されどスポブラ

『KO!』


 決着を示すダイナミックな文字が画面ど真ん中に躍り出る。

 体力ゲージの無くなった相手キャラは一度バウンドし、地に伏した。

 俺の持ちキャラは倒れた対戦者に哀れみの一瞥をくれるのみ。

 画面に映る二体のゲームキャラは勝者と敗者にはっきりと分たれた。


『1P WIN!』


 ノートPCが高らかにこちらの勝利を告げる。


 文化部部室棟の最奥、めったに人が寄りつかない空き教室。

 沈んでいく日の光が窓から室内に差し込む。夕焼けは雑然と積まれている机と椅子の哀愁さをより際立たせた。

 ほぼ倉庫扱いとなったこの空間に、俺と一人の少女は肩を並べて座っている。

 他には誰もいない。

 俺たち二人だけ。

 目の前には一台のノートPC。

 俺と少女の共通点は年齢と、膝に置いたゲームコントローラー。まな板くらいの大きさのそれには左側にレバースティック、右側に8個ボタンが配置されている。アーケードコントローラー、アケコンの通称で知られているデバイスだ。


 ──まずは俺の一勝。


 俺は表情を崩さず、内心でガッツポーズをとる。

 これは5先──5試合先取の対戦ルール。

 格闘ゲームの試合では一般的な形式。

 完全勝利するにはあと4回。

 まだ戦いは始まったばかり。

 被ったことなんざないが、兜の紐を強く締めなおす気概を持つ。

 両手の指はアケコンに添えたまま、ちらりと横に目をやる。


 隣に座る少女もまた無表情。

 いま一敗くらった事実なぞどこ吹く風。夕立に遭遇しても予め傘を用意していましたと言わんばかりに平然とした態度。

 日常で人の横顔をじっと見る機会なんてそうないせいかあるいは類稀なる美人ゆえにか俺は注視することをやめられずにいる。


 小顔とは相対的に大きな瞳。

 きめ細やかな肌、すぅっと通った鼻梁、瑞々しい唇。

 長い亜麻色の髪はウェーブがかかり、一見しただけで綿のようにふわりとした感触を想起させる。

 学校指定のポロシャツから浮き出た双丘は同年代の女子と比べても高い数値がわかる豊満ぶり。

 ミニスカートから覗く脚は本能的に目で追ってしまうのもやむを得ない健康的な張りと艶やかさ。

 高級車のように各パーツが吟味され、尋常じゃないクオリティを放つこの少女をこそ人々は美少女とカテゴライズするのだろう。


 彼女の名は、風吹照紗ふぶきてれさ


 この高校に通う学生と教員なら彼女を知らぬ者はいない。一年生で、いや全学年でも上位に入る美貌の持ち主。入試成績トップで新入生総代を務めたのも記憶に新しい。壇上での挨拶はとても堂に入ったもので俺を含めその場にいた学校関係者の誰もが感嘆させられた。

 容姿端麗、成績優秀。

 絵に描いたような高嶺の花。

 俺とは同じクラスの生徒であり、そして──


「一旦止めるね」


 軽やかに言って照紗は席を立つ。アケコンを横の机に置き、腰を上げるその所作にさえ見惚れていた俺はここでようやく我にかえった。ゲーム画面はRound2開始前、一時停止状態。向かい合うキャラたちはファイティングポーズをとったまま、静止している。


「靴は衣服に入らないよね」


「え、あ、おう」


 情けない返事しか出せない俺をよそに彼女は後ろに下がり、


「こっち見ないでね、恥ずかしいから」


 からかいを含んだ声が振り返ろうとした首を止めた。


 ──まだ靴下脱ぐだけだろ?


 一敗するごとに、衣服を一枚脱ぐ決まり。


 黒星がついた彼女はそれを実践しようとしている。

 いま照紗が身につけているのはぱっと見た限りポロシャツにスカートと靴下、当然その下にはブラジャーにパンティ。これで計5点。

 今年は空梅雨らしく六月初旬にして既に初夏の気温だ。連日の暑さで俺や照紗を含む多くの生徒が夏服に衣替えしている。

 まず彼女が肌を晒すなら足だろう。いきなり上着から脱ぐなんて愚行をするはずがない。

 このまま俺が勝ち続けるとシャツからスカートと次々脱衣し、下着を取り除かれ最後には生まれたままの姿となった同級生の女子が隣に座る結末が待っている。

 ただでさえスタイルの良い美少女が露出した胸と股を頼りなく身体を捩り両腕で隠し恥じらう姿を前に、はたして俺は理性を保っていられるのか。


 ……。


 …………。


 ………………。


 いや。


 いやいや。


 いやいやいやいや!?


 やっぱおかしいだろこの状況!?


「あのぉ! 照紗さあ!」


 後方から聞こえてくる衣擦れに向かって俺は声を張り上げた。妄想のついでにいきり立ちそうになった股間のポジションをこそこそ整える。


「別に脱ぐことはないんじゃないか! 冷静に考えると!」


 なにせキャラ選択をしている最中に「言い忘れたけど、昔みたいに一敗ごとに一枚脱いでいこうね」と、さらっと提案され、ゲームが始まったのだ。

 聞き間違いかと相手に聞く前に意識はノートPCに向かった。対戦が始まれば、よそ見をしている暇などない。1フレームさえ無駄にはできないゲーマーの性が身についてしまっている。実際対戦中は相手の体力ゲージをゼロにするための行動しか考えていなかった。


「大丈夫。私、負けないから」


 脱ぎ終えたのか、既に照紗は横に立っていた。何かを手にぶら下げている。靴下だろうか。

 見上げるとそこには自身の勝利を微塵も疑っていない余裕に溢れた顔があった。いや現にお前負けたばかりだろう。どこから湧くんだその自信は。

 意趣返しに鼻で笑ってやろうとしたが、あまりにも揺るぎない瞳に見つめられ、俺は顔を俯かせてしまった。すらりと伸びた照紗の脚にごくりと生唾を飲み、履かれたままの靴下が視界に入る。


「て、なんだよ。脱いでないじゃないか」


 上履きに収まっている足はきちんと白い靴下に包まれている。疑問をぶつけると照紗は眉を下げた。


「? 脱いだけど」


「いや、履いてるだろ靴下」


 ビシッと足先を指差す。

 側から見ると脱ぐのを強要しているように見えないかこれ。自分の言動に後ろめたさが遅れてやってきて冷や汗が出た。

 ん? じゃあ照紗が手にしているのはなんだ?

 俺が何を言いたいのかようやく伝わったようで、


「ああ。脱いだのは靴下じゃないよ」


 と、照紗は自身のアケコンの横に持っていたそれを置いた。


「おま、それ!?」


 無地のスポブラが机の上に鎮座ましましていた。


 色気もへったくれもないはずのインナーだが、まだこんもりと温もりが残る脱ぎたてであり、その手の経験のない──いわゆる童貞の俺からすれば秘境に隠されていた宝箱だ。


 ブラジャーが収める宝とはそう──乳房である。


 誰もが赤子の頃から求める母なる象徴。思春期に入り女子とはとんと縁のない非モテ学生生活が続けば、手に収めるどころか拝む機会さえない無いと半ば諦めていた女体の代表格。

 それが、ポロシャツ一枚隔てた先にある事実を受け椅子から転げ落ちそうになった。

 よく見ればあの突き上がった部分、あれは、まさか、乳首ではないのか。


「靴下からなんて決まりないでしょ。雄ちゃんだって下着から先に脱いだっていいんだからね」


 椅子に腰を下ろし、照紗はアケコンを構える。

 ノーブラで男子の横にいるというのに画面を見据える表情は先の対戦時と変わらず。さっきは恥ずかしいからと宣っていたくせに。羞恥心どこに置いていったんだこいつ。

 隣り合わせで座っているせいでちょこんと肩がぶつかる。先ほどまでそんなもの気にも留めなかったのに、相手に聞こえてしまうんじゃないかと不安になるくらい心臓がばくばく鳴っている。彼女がつけている制汗剤だろうか。心地よい匂いが鼻をくすぐる。普段ならこれでドギマギしてしまうが、フローラルな香りがリラックス効果を生み、逆に心中のざわめきが治まっていった。

 いかん。とにかく集中せねば。


「じゃ、二回戦」


 動揺を抑えようとしている俺に構わず、照紗は再戦の準備を進めていく。

 イニシアチブを握るその姿に一瞬──幼き頃の彼女が重なった。


『Round2──Fight!!』


 二回戦の幕が上がる。


 放課後。

 同級生の女子と誰もいない部屋で二人きり。

 格闘ゲームの勝敗で互いの衣服を剥ぎ取り合う。


 どうしてこんなことになったのか。


 話は二日ほど前に遡る。

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