第一話 魔王を倒すだけの簡単なお仕事
「……やっぱり
薄暗い部屋の中、壁にあるスイッチをパチパチと指で何度か押すが天井にある照明は点く気配が無い。
「だよな、そろそろ電気を止められるんじゃないかと思ってたんだ……」
俺『
今は無職で半年ほど定職に就けずこのボロアパートの家賃も滞納してしまっている。
当然電気やガス、水道などのインフラにさえ使用料金を払っていないのでとうとう実害が出だしたのだ。
知ってるか? 電気やガスは意外と簡単に止められてしまうが水道は中々止められない事を。
それは何故か、命に関わるからだ。
電気やガスは明かりが点かなくなったり湯を沸かしたり調理が出来ないと確かに不便この上ないが工夫次第で何とか乗り切れる、しかし水道ばかりは話が別だ。
飲み水が確保できないのは死活問題だ。
店で水を買って来ればいい? 馬鹿言え公共料金も払えないのに水まで買う余裕があると思うか?
俺だって好きでこんな破滅的な生活をしている訳ではない、幼少期から人付き合いが苦手で就職した企業でも性格が合わない人間がいればすぐに退職をしてしまいそれを何度も繰り返している内に段々と働く事が怖くなっていったのだ。
俺にとってはこの世界は生きるのにとても辛く厳しい、どこかに俺が心穏やかに過ごせる場所は無いのだろうか。
程なくして盛大に腹が鳴る、そう言えばここ数日まともな食事をしていなかった。
テーブルの上に乱雑に置かれた物を退けいつ買ったか覚えていないカチカチの食パンを発見、噛り付く。
(このまま俺が死んだら誰か悲しんでくれるのかな……)
ごろんと床に転がるとふとそんな情けない事を思い浮かべてしまう。
虚しさこそあるがはっきり言って特段生きる事に執着はない。
誰にも認められず誰からも必要とされず誰からも愛されず今まで生きてきた。
そして社会は少子高齢化、税金は上がる一方だというのに収入は増えず、職は無いわ物価は高いわでこんな息苦しい世の中、長生きする方が馬鹿を見る。
このまま行けば老後の生活の為の貯金も出来ないどころか今の生活もままならない、孤独死を迎え床の染みになってお終いだ。
そんな事を考えていると玄関のドアが何度もけたたまし音を立てている。
「人見さん!! 居るんでしょう!? そろそろ滞納した家賃を払ってもらえませんかね!?」
やべえ大家だ。
このボロアパートを管理するアフロヘアーの恰幅の良いおばちゃんだ、もしかしたら腕っぷしは俺以上かもしれない。
ここの所毎日俺の所に滞納している家賃の取り立てにやって来る。
最初の内はちゃんと対面で支払期限の引き延ばしをお願いしていたのだが払う当てが無いせいで次第に居留守を使うようになっていったんだ。
俺は玄関から一番遠い部屋に移動し息を殺して蹲す。
(いませんよーー留守ですよーー)
心の中で呪文の様に繰り返す。
数分間怒声が聞こえていたが諦めたのか大家は引き上げたようだ。
いつもこの時だけは生きた心地がしない、いや全部俺が悪いんだが。
そっと忍び足で今に戻ると傍らにあったスマホが目に留まる、そう言えば何故かコイツの料金だけは払い続けていたっけ。
別に友達と連絡を取り合う訳でも無し、てか俺友達いないし。
後はSNSをちょこちょこ覗いたりニュースを見たりするくらいしか使ってないのに。
電気を止められた以上このスマホも今の充電が尽きたらそのままただの板切れに成り果てるんだな。
そんな時だ、スマホに何かの着信があり画面に明かりが灯る。
「うん? アルバイト募集だと……?」
バイト募集のメールだ、何々?
『年齢性別不問、無資格でも働けます。
こちらの指示に従うだけの簡単な仕事です。』
これって……今流行りの『闇バイト』って奴じゃないのか、実にあからさまだな。
短期のバイトを何度も熟してきた俺でも流石に闇バイトに手を染めた事は無い。
はっきり言って犯罪、主に強盗の実行犯を募り雇い主、指示役の使い捨ての駒として扱われ、ここまで落ちたてしまったら人として完全終了、これなら野垂れ死んだ方が余程マシ。
と、今までの俺は思っていたんだがな……いざ生命の危機に直面するとこんな安っぽく薄っぺらい正義感も揺らいでいた、何が生きる事に執着が無いだ結局生き続ける事を諦めきれないんだな情けない。
思えばこの時の俺は完全に信念を見失っていたんだろう、いつもならすぐに閉じるメール画面をフリックして続きの文章を見た。
『仕事内容 異世界で勇者パーティーの一員となり魔王を倒すだけの簡単な仕事です、必要な装備品を揃える為の資金は支給致します。』
は? 何だこのふざけた内容のバイトは? こんなの今どき小学生だって引っ掛からないぞ? 最後まで読んで損したやっぱりこんな怪しいバイトなんぞに興味を持つもんじゃないな。
だがメールの最後の文章を読んで俺は身体が固まってしまう。
『成功報酬は一億円になります、奮って申し込みしてください。』
一億円……今の俺くらいの年齢の人間が手に入れられれば余程の贅沢さえしなければ一生余裕で暮らせる金額だ。
こんな荒唐無稽な内容のバイトに報酬、本当である訳がない……そうさこれは悪戯メールさそうに違いない。
自分にそう言い聞かせるも俺の指は意思に反して申し込みと書かれた文章をタップしていた。
ここでふと我に返る、いかんいかんこんな如何わしい事に関わってはいけない、こう言うのは個人情報の類を入力さえしなければまだ引き返せるはず、そう思い立ちメールを閉じようとしたその時だ。
「なっ、何だぁ!?」
俺の座っている床が発光して光の柱が立ち昇った、それは俺の身体をすっぽりと包み込んでしまった。
床には円形の文様が何重にも重なっていてその間には見た事も無い文様が浮かんでいる。
これってもしかして魔方陣って奴なんじゃないか?
嘘だこんなのファンタジーの産物だ実際にある訳がない……しかし俺の価値観と裏腹にその魔方陣は更に輝きを増していく。
「手が……!!」
手だけではない身体の至る所が光の粒子と化し蒸発するかのように分散していく。
消えるのか!? 死ぬのか俺!?
嫌だ!! まだ死にたくない!!
何で唐突にこんな事になるんだよ!?
やっぱり闇バイトなんかに手を出すべきではなかったんだ!!
そんな事を今思っても後の祭り、 程なくしてテレビのリモコンで電源を落とすかのようにぶつんと俺の意識は突然に打ち切られた。
勇者バイト~魔王を倒して異世界を救うだけの簡単なお仕事~ 美作美琴 @mikoto
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