第34話 成りすまし

 俺に成りすました不届き者を倒してほしい。

 そう言うが、兵士たちは隣同士で「どういうこと?」「わかんないよ。とりあえず、他の奴にあわせておこうぜ」などとこそこそと話すだけで、よい返事は得られない。

 早くしないとケットがここにきてしまう。

 そうすれば、どっちが本物だ? となるだろう。

 ここで俺こそが本物だという信頼を得ないと。

 ――人間が欲しがっているものはなんだ? ……もちろん人それぞれだろうが、共通して言えることはいくつかある。

 例えば、父親が、俺のせいで出世が出来なかったと責め立てたのはなぜだ?

 俺が先生やスクールカウンセラーへ虐げられていると相談をした時、適当にあしらったのはなぜだ?

 佐藤が、テストの点数で一度負けたことを根に持っていたのはなぜだ?

 その中に、人間の欲望が隠れているのではないか?

 俺は目を閉じて深呼吸をすると、ひとつひとつを思い出しながら声をあげた。

「皆、なぜ兵士に志願した? 町の平和を守り、悪党を切り伏せて己の正義を貫きたいか? ……そういうやつに告げよう。兵士の仕事はそれほどハラハラな日常じゃない。新人のほとんどは、鐘塔やら門やらの施設警備だ。ただ立って、無為に時間が過ぎるのを待つだけ。どうだ? そんな日常楽しいか? ただ、面倒くさいだけじゃないか? ――もし、ここで功績を立てれば、一気に昇格することも夢じゃないかもしれないぞ」

 その言葉を聞いて、兵士の6,7割くらいはひそひそと話すのを止め、はっとしたようにこちらを向いた。だがまだ残りは、そんな功績なんて……といわんばかりにふっと笑う。

「昇格などいらないから、平穏な日常を過ごしていたい……か。確かに、昇格するにつれて仕事の幅が広がって、面倒ごとが増えるな。そういうやつは俺に言えばいい。今回の功績を金としてもらうから、昇格は不要だ、とな。果たして、いくらもらえるかな。昇格分も追加で支払われるんだ。しばらくは遊んで暮らせるかもしれないぞ」

 そう告げると、残りの2,3割は目の色を輝かせて、剣を引き抜いた。

 適当を言っているだけだが、流石は隊長ケットの言葉。重みが違う。

 だが、端の方を見ると、まだ気乗りしないといった感じで足元の石を蹴飛ばしている人間が2人いた。

「地位も金も要らない人もいるだろう。ただ、あいつを見返したい。あいつより上に立っていたい。それは同期の中にいるのか。そうだとしたら、一緒に昇格しても意味はないな。……なら、もしもとどめを刺せた場合、他の同期よりも更に昇格させてやる。お前らは皆新人だ。スタートから大きな差をつけられたら、これは見返したといっても過言じゃないだろう」

 1人は静かに剣を抜き、もう1人は見返したい人間がいるのか、兵士の誰かをじろりと睨みつけていた。

 ほぼ全員が剣を抜き、俺がさっき駆けてきた鐘塔へと続く道を、今か今かと待ち続ける兵士たち。そこにはもう、先ほどの疑念は感じられなかった。

 人間なんて、所詮そんなもの。

 自分が得をすればそれでいいのだ。

 そしてあわよくば、自分が一番良い思いをしたい。

 自分だけよければ、それでいい。

 ……自分可愛さにシロを見殺しにした、烏羽のように。

 と、道の奥からカチャカチャという金属音とともに足音が聞こえてくる。

 俺は手を前方へと降り、声をあげた。

「さあ、己の欲望を満たすために俺に化けている不届き者を懲らしめろっ!」

「うおぉぉぉっ!」

 その場にケットが姿を現したかと思うと、雄たけびを上げて一斉に駆け出していった。

 ケットは己に歯向かってくる部下へとっさに大剣と盾を構えると。

「な、なにっ? 何をしている新人ども。俺は隊長だぞっ?」

「隊長に化けた悪党めっ。お前を倒せば一気に昇格だっ」

「これで、もうお金には困りませんっ。借金もようやく……っ」

「俺は有象無象の兵士連中とは違うんだ。その証拠を、今見せてやるっ!」

 3人の剣が同時に振り下ろされるが、体を覆う盾に阻まれる。

 逆にケットは盾を弾くように前方に振るい、兵士たちは後方へと飛ばされていった。

「くそっ。さっきの俺に化けた奴の仕業か……卑怯。まさに卑怯だ。もっと正々堂々と戦わないかっ!」

 ケットは、己を囲み邪魔をする兵士たちを大剣で牽制し、だんだんと俺の方へと近づいてくる。

 ここで近づかれるわけにはいかない。

 一度剣を交えれば、新人の兵士にはどっちが本物か見分けがつかなくなってしまう。

 それでは兵士たちの横槍が入らない。

 俺対ケットの構図になってしまう。

 そうすれば勝ち目などない。

 だが、そう考えているうちにも、ケットは兵士の隙間を縫って、あるいは大剣で無理やりこじ開けて、こちらに迫りくる。

 自分の部下という意識はあるのか、血しぶきが上がることはなかった。

 が、盾で弾き飛ばされた剣や盾があちらこちらに転がっている。

「今回の新人も凡人ばっかりだな。偽物に騙されるところなんか特にそうだ」

「くっ……意外と持たないか……」

 もう、俺とケットの間を隔てているのは4,5人の兵士しかいない。

 誰かが大剣か盾かを弾き飛ばしてくれれば良かったのだが、どちらにも傷一つついていなかった。

 こうなったら、完全に1対1になる前に――

「おっ? とうとう高みの見物は止めたか? 正々堂々勝負しようぜ偽物よぉっ!」

 俺はポケットから一つの小瓶を取り出すと、ケットに向かって走りながら投げつける。

 それを案の定盾で防ぐのを確認すると、背中から大剣を抜いた。

 そして走った勢いを殺さずに飛び、上段に構えた大剣を振り下ろした。

 金属と金属がはじけ飛ぶような耳に残る音。

 大剣の重さをもってしても、やはりこの盾ごと潰すことは難しかった。

 それどころか、盾がだんだんと持ち上がっていく。

 俺はその浮遊感に逆らわず、自分の大剣で盾を押すようにして飛び、ケットの真上を越した。

 そのまま兵士たちが入り乱れる戦場に着地し、俺はそのまま兵士たちの後ろに隠れる。

「卑怯だぞお前。人の後ろに隠れるなど恥ずかしくはないのか?」

「ふん、偽物がなにを言っている」

「偽物はお前だっ!」

 唾を吐き捨てながら兵士たちを掻き分けこちらに向かってくる。

 俺はその様子を確認しながら大剣を背中にしまって後退していき。

 ――不意に、背後から低い声をかけられる。

「あんたは、ケットさんじゃない」

「っ?」

 振り返ったときには、兵士の剣はもう腕の辺りに吸い寄せられそうになっていて。

 ガキンと、金属同士がぶつかる音が響いた。

 見ると、兵士の剣が俺の腕の皮膚に突き刺さっていて、中の金属部分で剣は止まっていた。

「お、お前、いきなり隊長に向かって剣を振るうなんて――」

「わかる。ケットさんは部下の陰に隠れたりなんかしない。それに、剣の振り方が下手。あんなんじゃ、剣に振られているだけ」

「……ふん。そうか」

 周囲を見渡すと、隊長が新入りの兵士に剣を入れられたということに疑念を持ったのか、兵士の一部は俺に剣を向けていた。

 これ以上、ケットの真似をするのは難しいか。

 俺は腕に突き刺さっている剣の刃の部分を掴むと引っ張った。

「……っ?」

 兵士は手をとっさには離せず、俺の方へと引き寄せられる。俺はその兵士の肩を掴むと、首元に剣先をあてた。

「ケット。この兵士の命が惜しくないか? さっさと武器を捨てて投降しろ」

「や、やめて……」

 喉の奥から絞り出したような震えたかすれ声が戦場に響き、すべての人の動きが止まった。

 人質を取った俺こそが偽物だと判断したのか、すべての兵士の視線と剣先が俺へと向いている。

「お前が見抜かなければ、こんなことにはならなかったな。……なあ、お前。死にたくないだろ?」

「っ……っ……」

 声にならない声を発し微かに首を縦に振る。

「俺の言うことを聞いてくれたら、解放してやってもいい」

「いう……こと……?」

「ああ――」

 兵士の耳の奥、脳へと直接届かせるように声を発する。その間、ずっと首元に刃先を当て続けて。

「もし逆らったら……もともと全員殺すつもりだったが、お前だけは指先を切り落としてから首を掻っ切る。いいな?」

「っ……っ……」

 兵士に伝え終えると、ケットが大剣を構えながらゆっくりと近づいてくる。

「おいお前。人質を取るなんて卑怯じゃないか? そんなことやって、心が痛まないのか?」

「ふん。何を言う。お前もエルフさんの村でクローバーさんを人質に取ったそうじゃないか。お互い様だ」

「ただのエルフに卑怯もなにもあるか。お前はモンスターを殺すときに、卑怯な手は使わないなどというつもりか?」

「モンスターとやらは知らないが、その物言いは気に入らないな。おまえはエルフさんをモンスターと同等に扱い、エルフさんを貶しているのだろうが、それはエルフさんにもモンスターにも失礼だ。双方は、少なくともお前ら人間よりよっぽど美しい」

「……なにがエルフさんだ。――ああ、それと」

「なんだ?」

「雑談に付き合ってくれて、助かるぜっ!」

 話していた間にもじりじりと間合いを詰めてきたケット。

 人質にとった兵士を救えるところまで来られたと判断したようで、大剣を振りかぶりながらこちらに駆けてくる。

「――いや、こちらこそ、お前を待っていた」

 俺は掴んでいた兵士の背を蹴飛ばし、ケットへと兵士を寄越した。

 ケットは驚いたように大剣を降ろし、激突しそうな兵士を抱きとめる。

「おい、足手まといになるからどこかに逃げていろ」

「け、ケットさん……ごめんなさい……」

「あ? むぐっ……」

 兵士は手に隠し持っていた俺のマヒ毒を、意表を突かれて動けなかったケットの口へと詰め込んだ。

「くそ兵士めっ、じゃ、邪魔だ! ごほっごほっ……」

 ケットは兵士を突き飛ばすと、口に残った小瓶を吐き出して咳き込む。

 その反動で、片手に持っていた盾を地面に落としてしまう。

 体が痺れてきているのか、それを拾い上げることもままならない。

 ケットの目元には、咳き込みすぎたのかじんわりと涙が浮かんでいる。

 ――この機を待っていた。

 俺は背負った大剣を構えると、地面を蹴る。

 そして、俺を見て目を見開いたケットに向けて大剣を振り下ろし――

 腕に、弾かれたような感覚。見るとケットは大剣で防いでいた。だが、俺を持ち上げられる力は出せないようで、その場で俺とケットは剣を交えて硬直する。

「まだ粘るか。さっさと降参すればいい」

「……ふっ。剣の使い……方も、ままならない、奴には、負けないぜ」

 互いに剣を押し合って、その反動で距離を取る。

 そしてもう一度、俺は剣を下段に構えて突き進む。

 振り上げるようにして振るった剣は、ケットの腕へと――

「やっぱり、お前の剣は、遅いぜ……」

 と、俺の剣が届く前に、ひゅんという風切り音が聞こえた。

 ずるっと、視界がずれた。

 それと同時に視界が、画面が切り替わったかのように映す景色を変える。

 俺は馬車でコロンに顔を直してもらった時のことを思い出しながら。

 ――ああ、首を切られたのか。

 視界の位置が変わった違和感にふらつき、俺は地面に膝をついた。

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