第27話 タキヒコ、娘たちを心配する
翌日、ワシは朝から頭を抱えておった。
これまでワシとヒサコさんは『養い子を大切に育てている、人柄の良い夫婦』として認識されておった。
ところが、昨日起きた火事での救助活動や冒険者ギルドの再建に関わった結果、一躍街の英雄として祭り上げられてしもうたのじゃ。
そこまでは覚悟しておったのじゃが……どうやら、その影響は娘たちにも及んでおったらしい。
なんと、朝から幾人もの男たちが押し掛け、レイチェルとファビリアに交際を申し込んでおるのじゃ!
その様子なのじゃが――。
「――ごめんなさい。私、結婚するならお父さんみたいに地に足がついた人って決めているんです」
「そんなこと言わずにさぁ。まずはお付き合いからってのでもいいし、何なら……」
「お断りします。私もお店で仕事があるので、失礼しますね」
レイチェルは、なおも言い寄ろうとする男を無視し、うどん屋の店内へと戻っていく。
その視線は普段の温厚な姿からは想像できないほどに冷たく、表情からはどこか疲れたような雰囲気を感じ取れる。
「――出直してきなさい! 私に求婚するだなんて100年早いわ!」
「僕に至らないところがあるなら教えてくれ! 君のためならなんだって……」
「何が足りないかなんて、自分で考えなさい! 私も忙しいんだから、いつまでも時間を取らせないで!」
ファビリアは、彼女に差し出された花束を男につき返すと、荷物を抱えなおして店の裏手に回る。
その足取りは荒く、眉間にしわが寄っていることからも、彼女が苛立っていることは一目瞭然だ。
(……これで何人目じゃろうか)
散々たる光景じゃ。
最初の数人こそワシが対応して追い払っておったが、うどん屋の営業時間に差し掛かると、二人から厨房に戻るように言われてしもうたのじゃよ。
それからは各々が直接、言い寄ってきた男たちに対応しておったのじゃが……ごらんのありさまじゃ。
たしかに、見目麗しい娘たちに心惹かれる気持ちもよくわかる。
我が家で生活するようになってからは、髪や肌も一段と艶めくようになり、うどん屋の看板娘としても大人気じゃからのう。
じゃからと言って、このままでは私生活にも影響が及んでしまいそうじゃ。
このまま放置しておくわけにはいかんと、考えを巡らせ始めた時……。
「よう、カミアリ。外が大変なことになっているが……大丈夫なのか?」
「二人とも、普段と雰囲気が全然違うっす。ファビリアなんて、俺でも分かるくらいに殺気立っているっす」
暖簾をくぐり、アリシアさんとガジュが店に入ってきた。
これはありがたい、彼らにも相談させてもらうとするのじゃ。
「見ての通りじゃよ。口には出さんが、二人とも精神的に参ってきておる」
「そうだろうな……。今日はその二人のことについて話があったんだが、日を改めるべきか?」
「レイチェルとファビリアについての話? それなら聞かないわけにはいかん」
「そうは言っても、あの様子っすよ? もうすぐ昼飯時っすし、ゆっくり話なんてできないと思うんすけど……」
「ふむ……それならば致し方あるまい。二人とも、少しばかり時間をもらうぞい」
頷く二人を椅子に座らせると、ワシはうどん屋の暖簾を下ろして扉に『臨時休業』の張り紙をする。
このままうどん屋の営業を続けてもいいことにはならんかったじゃろうし、丁度よいじゃろう。
家族の皆にも事情を話したが、反対する者はおらんかった。
当事者であるレイチェルとファビリアは申し訳なさそうな表情をしておったが、それと同時に安堵もしておったようじゃな。
店内で食事をしていたお客さんが帰ると、大きなため息を吐いておった。
「さすがにあの様子だとまともな営業もできそうになかったからのう。タキヒコさん、良い判断じゃ」
「お父さんごめんなさい。私たちためにお店を休みにしてしまうなんて……」
「こんなことになろうとは誰も思っておらんかったで、仕方あるまい。それにワシは店より娘たちの方が大事じゃけんのう」
「正直、ありがたいわ……。大声を出しすぎて、そろそろのどが痛くなってきたところだったの」
「よかよか。それで、ワシはこの後アリシアさんたちと話をしてくるが、皆はどうする? 家でのんびりと過ごすかの?」
「そうですね……せっかく時間ができたのですから、アイリとカイリにお菓子を作ってあげようと思います」
「「おかし!? やったー!」」
「いいわね! 疲れた時には甘いものって言うし、私も手伝うわ!」
「「わたしも、わたしもー!」」
レイチェルの提案に、皆乗り気のようじゃ。
この様子なら、家の方は任せてもよさそうじゃな。
娘たちのことをヒサコさんにお願いして、ワシは待たせていたアリシアさんたちの方へ向かう。
「お待たせしましたの」
「いや、そんなに待ってはいねえよ。それにしても、店のことは良かったのかい?」
「ええんじゃよ。家族に関することが最優先じゃ」
「さすがカミアリさんっすね。芯が全然ぶれないっす」
「それほどでもないわい。それで、話とは一体どんなものじゃ?」
「ああ、先日話した、若い娘が攫われるという事件についてなんだが――」
アリシアさんの話によると、昨夜遅く、またしても誘拐事件が発生したらしい。
攫われた娘というのがレイチェルやファビリアと近しい年齢だったということを聞き、ワシにも緊張が走った。
今回の事件も、状況から察するにドンダー一味が関わっているのは確実だと思われておるのじゃが、証拠がなくて手が出せんそうじゃ。
「お前の娘たちも気を付けないといかんぞ? 言い寄ってくる男たちの中に、一味の人間が混じっていないとは言い切れないからな」
「たしかにそうじゃな……。炊き出しの手伝いや、買い出しの時なんかは護衛を雇うとするかのう」
「護衛か。悪くはないと思うが、ちと仰々しすぎやしないか?」
「大事な娘ですけん、そのくらいでよか。冒険者ギルドに依頼するっちゅうことにはできますかのう?」
「ああ、構わんぞ。それなら――」
アリシアさんが候補にあたりをつけようとしたとき、隣に座っておったガジュ君が勢いよく立ち上がった。
その眼は決意に満ちており、興奮のためか息も若干荒くなっているようじゃ。
「――俺が引き受けるっす」
「落ち着け、ガジュ。たしかにお前も候補の一人だが、そんなに勢い込まなくても……」
「それならギルマス、どうかお願いするっす。妹の一件もあるし、ここらで恩返しがしたいんっす」
「そうは言うがな……あくまで決めるのはカミアリであって……」
「それならカミアリさん、どうかお願いっす! 報酬なんていらねえ。あいつの命を助けてくれた借りを、ここで返させて下さいっす!」
ガジュ君は額を机に押し付けるようにして頭を下げておる。
ここまでされて断ってしまうのは、彼の矜持を傷つけてしまうことになるのう。
念のためアリシアさんの方を見てみるが、やれやれといった表情をして両手を上に向けておる。
「わかった。それならガジュ君、二人のことをよろしく頼みますじゃ」
「っ! 謹んでお引き受けするっす! 命に代えても二人のことをお守りするっすよ!」
「まったく、引き受けたからには半端なことするんじゃねえぞ?」
「わかってるっすよ。それじゃあ、護衛契約の詳細について決めてしまうっす!」
「あいわかった。それじゃあまずは――」
こうして、炊き出しや買い出しで外に出る際はガジュ君が二人の護衛についてくれることになった。
大役を任されたと言って張り切るガジュ君はお調子者じゃが、いざという時は頼れる若者じゃ。
さっそく翌日の炊き出しから護衛をお願いするということでこの場は解散し、ワシも自宅へと足を向ける。
(ん? 今、一瞬じゃが誰かがワシを見ておったような……念のため、戸締りはしっかりしておこうかのう)
この時感じた視線について、それが意味するところをもう少し考えておれば、あんなことにはならなかったのじゃろうか――。
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