第7話 タキヒコ夫婦、炊き出しをする①

「おいおい、俺たちを置いて話を進めるなんてさみしいじゃねえか。 炊き出しなんて言っているが、満足に食える代物でてくんのか?」



 なかなか威勢のいい若者じゃな……年の頃は、今のワシよりも多少若いといった程度か。

 元気があるのはよい事じゃが――今吐いた言葉は、ちいとばかりワシを怒らせたぞ?



「ヒサコさんの作るうどんをばかにするでねぇ!」



 一喝すると同時に斜め前に踏み込んで若者からの視線を切り、そのまま脇を抜けて背後を取る。

 そしてそのまま、一瞬のことに間抜け面を浮かべているであろう脳天めがけて拳固を落とす。



「痛てぇ!」

「訂正するなら今の1発で終わらせるが、まだ言うなら……」



 ワシが拳を握りしめると、若者は慌てた様子で両手を振り、怒らせるつもりはなかったと謝ってきた。



「悪かった、悪かったって! 冗談のつもりで、そこまで怒るとは思っていなかったんだよ」

「冗談でも、言っていいことと悪いことがある。 まあ、今回は悪気もなかったようだし手打ちにしてやるわい」



 その様子を見ていたギルドマスターさんは苦笑いを浮かべ、若者の肩を軽く小突いた。



「ガジュ、お前の口の悪さが災いしたな。せっかく用意してくれてる温かい飯が食えなくなるところだったぞ」

「うす……すんませんした」

「皆の飯を奪っちまうところだったペナルティだ。 カミアリが炊き出しするのを手伝ってやれ」

「了解っす……てことでカミアリさん、なんかあれば声かけてくださいっす」

「あいよ、場所が決まれば後はコツコツ作っていくだけじゃったからな。人手が欲しかったところじゃから助かるわい」



 一件落着、うっかり手が出てしもうたが、丸く収まってよかった……。

 場所の目星も付いたし、ヒサコさんたちを連れてこんといかんの。



「よし、それじゃあワシは昼までに準備を整えてくるでな。一旦帰るぞい」

「おう。炊き出しする時は一度声をかけてくれ」

「始める前に一声かければいいんじゃな。忘れんでおこう」



 踵を返し、今もヒサコさんたちが頑張ってくれているであろう拠点への帰路につく。

 道中、改めて街を観察したが、地面に座って蹲っている者が多くて活気がない様子じゃった。

 彼らに生きる気力を出してもらうためには、『衣食住』の環境を整えることが肝心じゃろうな。

 それに、復興を手伝えばスキルレベルを上げるための『幸福度』とやらも集まるじゃろう。

 スキルレベルが上がれば、ヒサコさんも人間の姿になれると言うておったし、ワシとしてもそれは望むべきことじゃが……。


(なんだか状況を利用するようで、少しばかり心苦しいのう……)

 

 とはいえ、まずは目の前の困っている人を何とかすることが大事じゃな。

 ワシ等に出来る事は多くないが、せめて食事だけでも、助けになればええんじゃがのう。

 そんな風に考えを巡らせながら歩いていると、いつの間にか拠点に帰り着いていた。



「ただいま帰ったぞい……!?」



 ふと調理場に目をやると、机の上には切った野菜が山のように積まれておりワシは思わず驚愕した。

 ヒサコさんの指示で既に煮込みが始まっているようで、5つ並んだ寸胴から漂う味噌の香りが、なんとも食欲をそそる。


(すいとん汁には、やはり味噌じゃのう。それぞれ好みもあるだろうが、わしゃこれが一番じゃ)



「お帰り、タキヒコさん。そろそろ第一陣が出来上がるぞ」



 蓋を開けて中を見せてもらうと、美味しそうなすいとん汁が出来上がりつつあった。

 今回、灰汁が大量に出るようなモノは入れておらんから、ワシの出汁の出番は少ないと思っていたが……。

 さすがヒサコさん、手際が良いのう。



「うむ、出来上がった分から【空間収納】に入れていこうかのう」

「そしたらすぐに第二陣じゃな! チャキチャキ働いて、後であたしらも頂くとしようかね!」

「ああ、そうしようかの」



 そう言って最後の鍋をしまおうとしたところで、手伝いをしておったアイリとカイリの目が鍋に向かっていることに気づく。



「「いい匂い……」」



 ……しっかり手伝ってくれた子たちにはご褒美も必要じゃろう。



「ヒサコさんや、第二陣を煮込んでおる間に、この子達に味見して貰おうかのう?」

「そうやね、それがよかろう」

「すいとん汁、たべていいんですか?」

「食べてもよかよ」

「「やったー!」」



 その嬉しそうな様子に、ワシとヒサコさんは目を合わせるとほくそ笑んだ。

 五人分のお椀を取り出し、出来上がったすいとん汁を中に注ぐ。

 食卓の周りは炊き出し道具で一杯のため、皆で長机の周りに集まって味見をすることにした。



「すこしばかり行儀悪いが、今は立って食べるしかないね!」



 ヒサコさんの言葉に頷き、熱々のすいとん汁を食べるワシ等。

 すいとんは昔何度もお世話になった料理じゃ。

 ワシとヒサコさんが懐かしさにしみじみしておる一方で、姉妹はそれぞれ幸せを噛みしめるように箸を進めておる。

 椅子に座って様子を見ていたレイチェルは遠慮がちじゃったが、やはりお腹は空いておったようじゃ。



「おいしい……」

「ホッとする……」

「毎回のように温かい食事なんて、こんな贅沢いいのかしら……」



 その後も調理は続き、早朝から始まった『すいとん作り』は昼前に寸胴鍋20個分を作るに至った。

 途中で野菜を追加購入したが、財布はさほどの痛手も受けておらん。

 具材はそう多くなく、寧ろ腹を満たす為にもヒサコさんの出す『すいとんの具』がメイン。

 炊き出し用にはぴったりの逸品じゃな。



「こうしていると懐かしいのう、ヒサコさん……」

「ほんに、懐かしいのう……」

「最低限の野菜に、すいとんの具……結婚当初を思い出すばい」

「あの頃は貧乏でしたからねぇ」



 そんな会話を不思議そうな顔をして聞く三人。

 特にアイリとカイリの興味を引いたらしく、ワシらの顔をじっと見ては考え込んでいるようじゃ。



「ふたりとも、十分若いと思うけど?」

「まるでお年寄りみたいな言い方!」

「ははは! そうじゃな!」



 ひとしきり笑った後は出立の準備を整え、拠点を後にする。

 皆で街道を行き、街に近づいたところで【車両選び】で屋台を呼び出す。

 歩く部分は綺麗になっているとはいえ、やはりガタガタと揺れるのう……鍋を出すのは街についてからがよさそうじゃ。

 


 「せっかく屋台を引くのなら、行商の頃よく流していた音楽でもかけようかのう」



 ラジカセと電池をネットスーパーで購入し、空間収納をからCDを取りしてセットする。

 お隣の息子さんに依頼して作曲して貰った、ワシらだけのオリジナルじゃ。

 小気味よい音楽を流しながら街に入ると、目立つ屋台と相まって、人々の目を引き付けおる。



「いまから配給するよー!」

「配給のごはんですよー!」



 姉妹の下二人も声を上げて屋台を先導し、次々と人が集まってくる中、冒険者ギルド前の空き地に到着する。

 【空間収納】から寸胴鍋を取り出して屋台に並べ、続いて配膳用の食器を用意した後は、机を並べて食事場所を用意した。



「じゃあ、後はヒサコさん達に一旦任せますばい。ワシは冒険者ギルドに……」

「その必要はねぇ。あんなデカい音鳴らされたら、嫌でも気づくってーの」

「おお、ギルドマスターさん」



 どうやら音楽のお陰で気づいて貰えたらしい。

 久しぶりで音を出しすぎたか……。

 騒音にならないように気を付けないといかんのう。

 


「今、暇していた連中を手伝いに向かわせたところだ」

「ほんにありがたい、感謝しますじゃ」



 そう言って目を向けた先では冒険者達が列の整理を手伝っておるようじゃ。

 配給を受ける人が順番に屋台の前へ案内されては、すいとん汁を受け取っておる。

 これなら列の心配はなさそうじゃ。

 ワシも戻って配膳を手伝うとするかのう。



「いい匂いがする……」

「本当にタダでいいのか……?」

「配給と言ったじゃろう。これからは週2回、このすいとん汁を持ってここに来るからのう」

「食べ終わった者は、まだ来てない者達や足の悪いお年寄り、体が動かない者達を連れてきておくれ!」



 受け取りに来る人と簡単な会話を交えつつ、5人がかりで次々とすいとん汁を提供していく。

 具や野菜こそ少ないものの、温かいすいとん汁にはワシらの「何かしたい」「何とかしたい」と言う気持ちがタップリ籠っておる。

 食べてくれた皆、少しでも元気になってくれな……。


 そうしてひたすらに配り続けていると、じっと様子を見守るギルドマスターさんが目に映った。

 ちょうど人の流れが一段落したこともあって、ワシは彼の下へ歩いて行くと、彼にとっては唐突であろう質問をする。



「そう言えばギルドマスターさんや、この辺りの土地は買うと幾らほどしますかな?」





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