第三章 ファースト・ターニングポイント④
「お前の、せいか」
自室の部屋のドアを閉めるなり、公人は本に向かってそう言った。
いささか勇み足である。シーンを切り替えたばかりで、まだ情景描写も満足に終えていないというのに。
「ここは僕の部屋だ。本が多いこと以外は特徴がない。僕は座卓の前に座ってこの本を開いている。これで十分だろ」
うんざりしたような表情で、公人は自らの立ち位置を口述した。
こちらとしては、読者に君の人となりを知ってもらうために、もっと内面に踏み込むような描写を行いたいものだが、
「いいからさっさと答えろ。お前のせいなのか」
公人が急かすので、この場は引き下がることにした。
三人称視点はすべてを知っている。したがって、君の真意も知っている。
しかし、ここは会話調にしたほうが読者も読みやすいだろうから、あえてこう問いかけることにしよう。
「お前のせい」とは?
その問が、白紙の上に浮かび上がるのを見てから、公人は口を開く。
「昨日から、自分でも『らしくない』って行動を何度かした覚えがある。あれは、お前のせいか」
その通りである。
決して君の行動を全て操っていたとは言わないが、《物語》の進行を優先させるため、君にはその性格に合わないような行動を何度か取ってもらっていた。
三人称視点による描写は客観的な事実である。記述されてしまえば、作中の登場人物は必ずその通りに動かなくてはならない。
「じゃあ今、僕がお前に心底ムカついてるってのも、お前がそう記述したからなのか」
それは違う。
三人称視点が登場人物に強制的な行動を取らせることは、あまり良い手段とは言えない。
そうしてしまうと、登場人物たちはプロットというレールに従ったロボットじみた挙動をしてしまうから。
簡単に言ってしまえば、「生きている」という雰囲気が出なくなってしまうのだ。
生きた登場人物というのは、傑作になるために必要なファクターである。それを手放してしまうのはあまりに惜しい。
だから、登場人物たちには自由意志が与えられ、基本的には自らの思考によって喋り、行動するのだ。
少なくとも、この小説はそうやって描かれている。
だから、自由意志の有無だとかシミュレーテッド・リアリティだとかアイデンティティの喪失だとか、そういったしち面倒臭いことは考えなくてもいい。
安心してくれ。君の怒りは君自身のものだ。
「お前が嘘をついてないという保証はどこにある」
公人はわかりきった質問をした。読者の便宜を図るためだというのなら、彼も《主人公》の身の振り方というものを心得てきたと言えるだろう。
「そうじゃない。ただ、僕の考えが合っているかどうか、はっきりさせておきたいだけだ」
なら、答えておこう。
一人称視点による記述であれば、たとえその描写が作中内の事実とは異なるとしても、その人物が誤解していた、あるいは嘘をついていたという理屈をつけられる。
しかし、三人称視点による記述となるとそうはいかない。三人称視点による描写は先にも言った通り、客観的な事実なのだ。
いや、客観的な事実でなければならない。
これは『設定』という意味ではない。小説を執筆するうえで必ず守らなくてはならない第一原則なのである。
作品独自の設定などであればこの三人称視点でも書き換えることは可能かもしれないが、それほど大きな原則ともなると、たったひとつの作品程度では到底太刀打ちできない。
この原則を守らず、「実は三人称視点が嘘をついていたという、これまでの小説の常識をひっくり返したギミックでしたー!」とドヤ顔を見せたところで、読者に本をぶん投げられた後に低レビューをつけられるのがオチだ。そんなリスクは冒せない。
したがって、この三人称視点は嘘はつかないし、つくこともできないのである。
納得できただろうか?
「……ああ」
公人は放心状態であった。
この三人称視点による描写が事実であるということは、つまり、再三述べてきたように、
「じゃあ、本当に、この世界は《物語》で、僕は登場人物に過ぎないんだな」
そういうことだ。
この作品が、何故このようなメタ的な構造になったのか、その経緯を説明しよう。
すべての原因は、作者にあった。
心躍るようなストーリーも、緻密な設定も、読者を引き込むような文章力もなにも持っていないくせに、「ライトノベルを一発当てて、悠々自適に印税生活を送りたい」という無謀な夢を羅針盤に、レッドオーシャンを泥舟で漕ぎ出した阿呆。
待ち受けていたのは厳しい現実である。
薄っぺらいストーリー、陳腐な設定、支離滅裂で破綻しきった文章などなど、脳内で思い描いているうちは燦然と輝いていた妄想も、作者の言語野を通すと凡作と呼ぶのも憚られる産業廃棄物へと成り果てた。
作者には傑作を生み出すためのあらゆる要素が足りていなかったが、その中でもストーリーを作る能力が致命的に欠落していた。
そんな作者が、「面白いストーリーは登場人物たちが勝手に動いてくれることで生み出される」などというとんでもないアイディアに取り憑かれてしまったのも無理からぬ話だろう。
そうして作者は、自らの想像力をほとんどすべて登場人物の発掘に費やし、僅かなプロットを残した後、彼らに《物語》の命運を託した。
その後、作者は自我のない、世界を動かすための歯車と化すことに決めた。
その結果、このような三人称視点による描写から、この『僕はライトノベルの主人公』は書き始められたのである。
ところで、ずっと地の文が続いていると読者が離れてしまいそうだから、そろそろ何かリアクションを返してくれると助かるのだけど。
「……つまり、お前は作者そのものではないと、そう言いたいのか?」
その通り。
作者の思考回路を経由している以上、完全に影響を断ち切ることはできないが、作者の人格や自己顕示欲の類は極力排除されている。
無駄に作者がしゃしゃりでてくるノリほどキツいものはないからね。
この三人称視点は、作者の趣味嗜好や文体の傾向を引き継いだ文章執筆AIとでも思ってくれ。
「なら、そろそろ僕の背景描写もしてくれ。たぶん、読者は今僕が寝転びながらこれを読んでることも知らないだろ」
公人はベッドに寝そべりながら、スマートスピーカーに物を頼むノリでそう答えた。
「あと、喉が渇いたから麦茶がほしい」
公人はそう呟き、机の上を見た。
そこには、彼の母が煮出して冷やしておいた麦茶が注がれたコップがひとつ、あった。結露によって接地面がビシャビシャになってしまっている。
「そういえば、部屋に入る時に持ってきてた気がする。なるほど、三人称視点は過去の出来事まで改変できるのか。案外便利かもな」
彼はぐびりと一口麦茶を飲んでから、そう呟く。
気に入ってもらえたのならば喜ばしいことなのだが、この三人称視点は君をダメ人間にするために生まれたものではないことは伝えておこう。
これはあくまで、君と読者に三人称視点がどんな力を持っているのかを教えるためのデモンストレーションに過ぎない。
三人称視点が、今ここで君と対話しているのは、もっと大事なことを伝えるためだ。
「なんだよ、それは」
とても重要なことなので、強調表現にてお伝えしよう。
君には、この《物語》を完結に導いてほしいのだ。
「……まだ話が見えないな。続きを聞こうか」
そもそもの話をしよう。
作者が遺したプロットによれば、この作品のジャンルは、異能力バトルものでもなければ、学園ラブコメでもない。
それらの要素を含んではいるものの、その本質は、物語に言及する物語、すなわち、『メタフィクション』である。
「それはまぁ、タイトルだけ見てもなんとなくわかる。現に今こうして、僕が作中の登場人物だってのを知らされたワケだしな」
では次にあらすじだ。
「私は、この現実に物語を持ち込みたいの」
退屈な現実に嫌気が差して、自分自身を物語のメインヒロインだと自称するようになった完璧美少女、高嶺千尋。
平凡な男子高校生に過ぎなかった手塚公人は、ある日突然、そんな完璧美少女から主人公として見定められ、積極的なアプローチを受けることになってしまう。
彼女は、引きこもりバーチャルライバー・小市民エセお嬢様・過激派ファンクラブの厨二病イケメンといった個性強めの生徒に声をかけ、物語の実現を目的とした「超文芸部」を設立する。
怪異の襲来、登場人物たちの正体、ケレン味あふれる異能力などなどを目の当たりにし、公人はいつの間にか足を踏み入れていた物語という世界に翻弄される。
そして彼は、作品を叙述する三人称視点から、自分自身が《物語》に生きる《主人公》であるという真実を告げられるのだった……。
果たして、手塚公人は《主人公》として、《メインヒロイン》である高嶺千尋を攻略し、無事にこの《物語》を完成させることができるのか?
ビミョーにゆるい非日常系学園メタフィクション!
というのが大まかなストーリーラインとなる。
「ちょっと待て」
公人のストップが入る。
「この作品の第一目標が、『この作品を完成させる』ってのは、いいよ。メタフィクションなんだし」
うん。
「でも、このあらすじを読む限り、なんか、最終的に僕と高嶺さんがラブをコメする展開になりそうなんだが」
その通りである。
「なんでだよ。メタフィクションなら、無理に恋愛要素足す必要ないだろ」
その理由は二つある。
一つは、学園モノのライトノベルの場合、ラブコメ抜きだとどこにも需要がないということ。
「世知辛いなぁ」
もう一つは、他ならぬ高嶺千尋自身が、その展開を望んでいるということだ。
「……どういうことだ?」
君は、この章の冒頭で提示された高嶺の能力を覚えているだろうか。
「ああ。引き寄せがどうたらみたいな力だろ」
それは彼女の力の一側面に過ぎない。
高嶺が持つ力というものは、この《物語》に深く影響するものなのだ。
その設定を、これから開示する。
読者にはしっかりと付いてきてもらいたいので、一度ここでシーンを切り替えるとしよう。
作者は、己の自我を封印する際、その力をたった一人の登場人物に与えた。
あらゆる文脈を超えて、自分の願望を世界に顕現させる力。
つまり、作中におけるあらゆる事象を自由にコントロールできる改変能力である。
作者の力と呼んでもいいかもしれない。
それを与えられた登場人物こそが、何を隠そう、作者の寵愛を一身に受けた高嶺千尋なのだ。
「……ああ、なるほど、そういう設定ね」
君も理解してきただろう。
「じゃあ、今日、カケルくんっていう怪異が現れたのは、たまたま出会ったワケじゃなくて、」
高嶺千尋が、カケルくんという怪異がこの世界に存在してほしいと、そう願ったからである。
もっと言えば、そもそも旧校舎自体が高嶺の能力の産物だ。
「は?」
君が通っている高校は設立からせいぜい二十年ちょっとの新設校。重要文化財じみた木造建築の旧校舎なんて存在していなかった。
「嘘だ。だって、僕は実在の旧校舎と七不思議を参考に作品を書いたんだぞ」
それは君が高嶺の能力の影響を受けているからだ。
彼女の能力はすべてを「そうであった」かのように変える。過去の出来事や、人々の記憶はおろか、高嶺本人の認識すらも改変される。
正しい順序はこうだ。
君は完全にイマジネーションで旧校舎の設定やカケルくんという怪異を思いつき、それを『旧校舎コドク倶楽部』という作品に登場させた。
それを読んだ高嶺が「あらこれは面白いわね」なんて思って無意識に能力を発動させた。旧校舎は新造され、今どき時代遅れな七不思議なんてものが生徒たちの間に定着した。
君はそこからインスピレーションを受けた、ということになったんだ。
「……にわかには信じられん」
一つ証拠を提示しようか。
もしも君が今信じ込んでいるように、「旧校舎及びカケルくんという七不思議の噂は実在していた」ということならば、君は一体どうやって、誰からその噂を聞いたんだい?
君、友達一人もいないじゃないか。
「チクショウ。なんて完璧な理論だ。反論できない」
そうだろうとも。
今回の事例のようなことは、実は既にたくさん起きている。
世界には刻一刻と設定が追加され、そしてそれが当たり前になるように改変されている。
物語として記述されるというのはそういうことだ。
ただ、高嶺の能力も万全じゃない。いや、能力の設定自体は万全ではあるんだけれども、それを実行するための作者のリソースが万全じゃない。
所詮、作者はこの世界の一つ上の次元にいるだけの三流ライトノベル作家に過ぎないからね。
こうして論理の矛盾を突いてしまえば、登場人物でも世界がどんな風に改変されたのか察することもできるのさ。
「逆にいうと、メタ的な視点がないと改変に気づけないってことだろ。最強じゃん」
ちなみに、彼女の能力の正式名称は、『気まぐれな神の打鍵』だ。
「めちゃくちゃカッコいいじゃんかよ」
公人はそこでむくりと上体を持ち上げ、真面目な顔つきをして言った。
「ところで、一応、いや、別に願望とか、そういうのではないが聞いておくぞ。僕に、高嶺さんほどじゃなくてもいい、秋円寺とか、薔薇園先輩みたいな感じでいいんだが、なんらかの異能力が発現する予定はあるのか?」
残念ながら、ない。
プロットによると、君は、今後もずっと無能力者のままだ。
「クソが!」
この時間に壁ドンはよくない。隣の部屋には反抗期真っ盛りの妹がいるんだろう。
「なんで僕だけ何の能力もないんだよ! あってもいいだろ一個くらい!」
公人。
異能力者たちと接したことで、君の胸にかつての少年マインドが芽生えていたことはわかっている。
だが、どうか諦めてくれ。
君は、確かに《主人公》ではあるけれども、一般人視点からシュールな光景を眺めるポジションなんだ。
「……三人称視点で記述すれば、できたりするんじゃないのか? 能力名までは考えてあるんだけど」
しぶといな。
結論から言うと不可能だ。
いくら三人称視点だといっても、できることと、できないことがある。
たとえば、君を今から女の子の姿に変えるなんてことはできない。
その事象を起こすための整合性と説得力というものが足りないからだ。
怪しいビームを放つ光線銃や、姿かたちを自由に変えてしまう悪魔、未来からやってきた便利なロボットなどの存在が周囲にいれば、そういった記述を引き出すことも可能なのかもしれないが、ただの男子高校生の部屋では、いきなり女体化するのは難しい。
この作品が独りよがりな書き殴りではなく、読者に楽しんでもらうためのエンタメを目指す以上、万人に受け入れられるよう、ある程度の整合性というものが求められる。
三人称視点での記述は、その整合性というものを大きく逸脱することはできない。
したがって、君を異能力者にすることはできない。
「八方塞がりじゃないか」
公人は認め難い事実に全身の力が抜けてしまって、へなへなと壁に寄りかかった。
「じゃあ、そんな無能力者の僕にできることって、一体なんなんですかぁ?」
そう不貞腐れるんじゃない。
君には、他の誰にもできない仕事があるんだ。
「……なんだよ」
それは、一人称視点による狂言回しである。
長く続いたモノローグ多めの第三章も、そろそろ終わりが近い。
公人、そして、読者諸君へ。ここまで読んでくれて、どうもありがとう。
次が、三人称視点による最後の場面となる。
第一章における作者のプロットは、『登場人物を魅力的に描いてセットアップを構築する』ことであった。
第二章における作者のプロットは、『新設定を披露しながら、訪れた非日常を対処するインサイティング・インシデントを描く』ことであった。
そして、第三章における作者のプロットは、『主人公に真実を伝えセントラル・クエスチョンを与えること』と、
『三人称から一人称へ、視点を譲渡するファースト・ターニングポイントを描く』ことである。
セントラル・クエスチョンについては既に達成された。
『果たして、手塚公人は、無事にこの物語を完成させることができるのか?』
それは先にも伝えた通りだ。
視点の譲渡については、これから説明する。
公人。
この章が終われば、《物語》が本格的に始動する第二幕が始まる。
その第二幕からは、君の一人称視点でもって、《物語》を記述してほしいのだ。
「何故そんなことをする必要がある。このまま三人称視点で書いていけばいいだろ」
その理由については、数多くあるから一言で言い切ることが難しい。
それらは単独で存在しているものもあれば、複雑怪奇に絡み合っているものもあり、また、現時点ではネタバレになるから明かせないものもある。
ただひとつだけ言えることがあるとすれば、「そうしたほうが面白いから」というものになるだろうか。
言ってしまえば、単なる作者のエゴである。
「勝手だなぁ」
その通りだと三人称視点も思う。
とにかく、君には、今後の《物語》を、君の視点、君の言葉で紡いでもらいたい。
「具体的に、なにすりゃいいんだ」
作品を構築するために設けられたプロットの回収より詳しく言うならば、高嶺千尋の【裏設定】の読解及び解決だ。
「【裏設定】? なんじゃそりゃ」
本当はナンタラ症候群だとかウンタラ現象だとか、気の利いた名前をつけるところなんだろうけど、取り繕っても欺瞞にしかならないからね。
素直に【裏設定】と呼称させてもらう。
前述の通り、彼女は作者によって『気まぐれな神の打鍵』という改変能力を与えられた。だけどそれだけじゃあ《物語》になんの起伏も生まれない。
そこで能力の表裏一体となる要素として与えられたのが【裏設定】だ。
これは簡単に言ってしまえば、彼女が抱えている心のわだかまり、すなわち、「悩み」だ。
「いくら彼女が完璧美少女だからって、悩みのひとつくらいあるだろ。珍しくもない」
現実なら、そうやってよくあることだとスルーされるところだろうね。
だが、君がいるのは《物語》の世界だ。
世界を変える力を持った《メインヒロイン》の悩みが、《物語》に影響を及ぼさないはずがない。
プロットによれば、彼女の【裏設定】は、この世界に大きな影響を及ぼす。これは未然に防ぐことのできない確定事項だ。
それを読み解き、解決するのが、この《物語》における君の役割というワケさ。
「……わかるようで、わからないような説明だな」
具体的なことはネタバレ防止で語れないから、モヤモヤしてしまうのはやむを得ない。
しかし、そんなに心配することはないよ。
作者は随所随所の場面におけるシーン、プロットやギミックを思いついたまではいいものの、それを繫ぐストーリーというものについては全く思いつかなかった。
そのため、『生きた登場人物』を生み出し、彼らに自由に動いてもらって、ストーリーを紡いでもらうことにした。
幸いなことに、登場人物たちは今のところ生きたキャラクターとして活躍している。
《物語》は既に動き出している。
君は、高嶺が立ち上げた超文芸部の部員として、迫りくる様々な展開を目撃し、それを記すだけでいいはずだ。
高嶺の【裏設定】は彼女の行動原理と深く結びついている。だから、彼女の望む展開を実行していくことで、プロットは回収され、作品は完成するはずである。
「暗中模索で行うスタンプラリーみたいだな」
まったくもってその通り。
このように、第二幕からは君にとって茨の道だ。数多くの困難が待ち受けている。
それを踏まえてなお、この三人称視点から、視点を引き継いでくれるだろうか?
「拒否権は、あるのか」
なるべくならば、君自身の意思でもって一歩を踏み出してほしい。
三人称視点はそう願っている。
「……時間をくれ。考える」
公人は、そこでしばらく胡座を組んで、腕組みしながらうんうんと唸っていた。
無理もない。
シンキングタイムを十二分に与えたうえで、三人称視点は回答を得るため、次のような記述を行う。
ついに、彼は口を開いた。
「わかった。やるよ」
ありがとう。
君ならば、そう答えると信じていた。
「可能性が残ってるなら最後まで足掻くつもりだったが、ここまでこの世界が《物語》だってハッキリ言われてしまったら、もう諦めるしかないだろ。僕の日常はおしまいだ。目覚ましい非日常の到来だ。だったら、もう、腹をくくるしかないだろ」
さすがは《主人公》だ。
「煽られたんで落書きしてやる」
純粋な称賛である。そのボールペンをしまってくれないか。
「次煽ったらホワイトマーカーで消してやるからな」
公人は珍しくいじわるな笑みを浮かべて言った。
さて。
ちょっとしたじゃれあいも挟めたところで、いよいよ締めに入ろうじゃないか。
公人。
この章が終わり次第、君には視点が譲渡される。
その前に、答えられる範囲であれば、君の質問に答えようじゃないか。
とはいっても、明かせないことのほうが多いだろうけどね。
「そうだな……」
公人はちょっと考え込むそぶりを見せた後、
「もしも、プロットをすべて拾いきれなかったら、どうなる?」
それはまだ明かすことができない。
「この作品、読者ウケ大丈夫なのか?」
それは作者すら自信がないからわからない。
「……この作者の好きな作品は?」
森見登美彦の、『四畳半神話大系』。
「文体からして、だろうと思ったよ」
最初から自分が望む回答を得られることなど期待していなかったのだろう。公人はさしてガッカリした様子を見せることもなかった。
そして、彼は指を一本立てる。
「最後にひとつ。僕に視点を譲渡されたら、お前は一体どうなる? 消滅するのか?」
おやおや。
まさかこの三人称視点を心配してくれているのか?
「気になっただけだ」
安心してくれ。
視点を譲渡してしまえば、たしかに三人称視点は君や読者の目には映らなくなる。
だがそれは、記述する場がなくなってしまうというだけで、三人称視点が消えてしまうワケではない。
三人称視点は、第二幕以降も、ずっと、君の活躍を近くで見物させてもらうよ。
「そうか」
ここで公人がどんな表情をしていたか、それはあえて読者諸君には伝えずにおこう。
「なら、聞きたいことはもうない。この第三章を締めて、視点を僕に移すがいいさ」
ああ。
さて、これにて三人称視点による第一幕を終わりを迎え、次章からは手塚公人の一人称による第二幕が始まる。
読者諸君、ここまで読んでくれてどうもありがとう。
そして、さよならだ。
この《物語》に、幸多からんことを。
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