最終話 俺、呼び出される

 見飽きた卒業式を終え、教室に戻ってきた。

 

 俺は意を決し、机の中に手を突っ込む。すると、指先に何かが当たる。

 取り出してみると、ノートの切れはしに、『体育倉庫で待ってます』と書いてあった。


 つ……ついに……ついにきた! 思わず手紙を持つ手が震える。


「おい、どうしたんだ? ……っておい!」


 四郎の声を無視して、駆け出す。

 階段を降り、下駄箱を無視し、上履きのまま校庭の隅にある体育倉庫へと向かう。


 ――この学校には伝説がある。卒業式の日、体育倉庫で女の子から告白を受け、恋が成就したカップルは、永遠の幸せを手にすることができるという。


 きっちりと閉じられた体育倉庫の扉を、恐る恐る開ける。

 流れ出てきたカビくさいにおいに顔をしかめつつ、視線を前にやると、中に一人の女性が立っていた。

 

「……宇家美さん」


 中に入り、静かに扉を閉める。


 奥の小さな窓から差し込む光が逆光となり、宇家美さんの全身に影を落とす。


 この画面……いや、この光景は、今まで何度見たかわからない。

 これは【どぎまぎマテリアル】の、告白のシーンだ。

 頭の中で、ゲーム内で流れる甘く切ないBGMが再生される。


「……突然こんな場所に呼び出してごめんなさい」


「机の中の手紙は、宇家美さんが入れたんだね」


「ええ。どうしてもあなたに、伝えたいことがあって」


「伝えたいこと?」


「……ここ一週間。あなたとずっと一緒にいて、ずいぶんと酷い事を言われたり、されたと思う」


「そ、そうだったかな……」


「普通の人ならきっと、怒ったり、悲しんだりするのだろうけど……私は、そうじゃなかったの」


「どういうこと?」


「あなたから酷いことを言われるたびに、私の胸はどきどきして……その……変なんだけど、喜びを感じていたの」


「喜び?」


「ええ……。自分でも、どうしてなのかわからないのだけど。あなたの放つ辛辣な一言が、とても魅力的に感じて……。デート中、あなたがまた酷い事を言って来るのを、心待ちにしている自分に気づいたの」


「そうだったんだ……」


「あのね……私。私、このままあなたとお別れするなんて嫌。これからもずっと、あなたから罵られ続けたいの」


「宇家美さん……」


「……あなたの事が……好きです。もし、迷惑じゃなかったら……私と付き合ってください」


「……宇家美さん。俺は別に、君のこと好きでもなんでもないよ」


「えっ……。や、やっぱり……そうよね。こんな変な女、嫌よね」


「でも、君がどうしてもって言うなら別に付き合ってあげてもいいけど。どうする?」


「……。ふふっ。どうしても、付き合って欲しいです」


「ん、わかった。それじゃ俺帰るよ。ここから一緒に出ると恥ずかしいから、俺が出た十分後に君が出るんだ。いいね」


「……はい」


 ――こうして、俺の三年間……いや、一週間は終わった。思えば、謝罪ばかりしていたような気がするなあ。

 とにかく、宇家美さんを攻略することができてよかった。

 彼女はとても可愛いけど、喜びを感じるポイントがちょっとズレているので、これから先がちょっと不安だ。

 でも、二人ならきっと乗り越えていける。

 この学校に受け継がれてきた伝説が、今ここに成就されたのだから――。


♢ ♢ ♢ ♢


 俺は自分の部屋に帰ってきた。カバンを床に放り投げると、仰向けにベッドに倒れ込む。


「……おーい。見てるかー? ついにやったぞー」


 天井を見上げ、どこかで見ているであろうアイツに呼び掛ける。


(おつかれさん)


「……出たな」


(ふっ、人を化け物みたいに)

 

 化け物みたいなもんじゃないか、実際。


(いやあ、まさか本当に攻略するとは思わなかったよ)


「お前がやれって言ったんだろが」


(どうせ誰も落とせないって思ってたから、そろそろ許してやろうと考えてたんだけどね)


「嘘つけ。俺が一体何周したと思ってんだ」


(はは。ループするたびにお前の成長が見て取れるから、ついつい見守ってしまったんだよ)


「よく言うぜ」


(そうか……宇家美えむを選んだんだな。彼女なら、俺とも相性が良さそうだ)


「ああ、そう思うぜ。で、俺はどうなるんだ? もう元の世界に返してくれるのか?」


(ああ、もちろんだ。ただ、そのままそっちの世界で暮らしたいなら、そうしてもいいぞ。ループも止めるし)


「えっ……」


 な、何を言ってんだこいつ。俺がこのままこのどぎマテの世界で暮らす……だと?


(せっかく宇家美えむのハートを射止めたんだ。このまま帰るのはもったいないんじゃないか? ちなみに、その場合は俺がお前としてこっちの世界で暮らすことになるけどな)


「……」


 確かに……そうかもしれない。

 俺が女の子に告白されることなんて、現実の世界ではまずないだろうし、告白なんかもできそうにない。それに、この世界の居心地もそれほど悪くない。家族がいないのは気になるけど……。


(どうする?)


「……いや。やっぱり帰るよ。俺じゃ宇家美さんの心を満たしてあげることはできそうにないし。責めるような事を言うのは、やっぱりしんどいんだよな」


(そうか、わかった。後悔はないな?)


「……宇家美さんを、大事にすると約束してくれるか? まあ……大事にしすぎても彼女の場合はその、ちょっとアレなんだけど」


(ああ、もちろんだ)


「よし。それじゃ、あとの事は任せたぜ」


(わかった。一応言っておくが、もう二度と嫌われプレイなんてやるんじゃないぞ)


「わかってる。また引きずり込まれたらたまらんからな。……アバヨ、俺の分身」


(よし。それじゃあ目を閉じろ)


 もう一人の俺。どぎまぎマテリアルの主人公、義矢留芸夢の声に従い、目を閉じる。

 目の奥が白く染まっていくと共に、俺の意識は途切れた。


♢ ♢ ♢ ♢


「ん……? お……おぉ!」


 目が覚めると、そこは現実の世界の俺の部屋だった。


 窓の外はまだ薄明るく、時計を見るとまだ明け方だった。どうやら引きずり込まれた時から時間は経っていないようだ。


 テレビ画面を見ると、どぎまぎマテリアルのエンドロールが流れている。

 バックで流れているのは、バッドエンド時に流れる切ない曲ではなく、トゥルーエンドを迎えた時に流れる、恋人たちの未来への希望を歌ったさわやかな曲だ。

 青春に失敗した男の姿はそこにはなく、ヒロイン達の顔グラと共に卒業後の進路が表示されていく。


「そうか。エンディングが変わったんだな」


 そのままエンドロールを眺めていると、最後に宇家美さんと主人公が卒業証書を片手に並んでいるCGが表示される。

 本来なら宇家美さんは無表情なのだが、なんだか少し笑っているように見えるな。……うまくいくといいけど、この二人。


「ふぅ……」


 なんとも不思議な体験だった。

 もしかしたら全部夢だったんじゃないかとも思う。こうしてテレビ画面を眺めているこの瞬間すらも。でも、エンディングが変わっているので実際にあった事で間違いないようだ。江洲さんから受けた暴行の痛みも生々しく思い出せる。


 でもま、とにかく戻ってこれてよかった、かな。

 俺はゲーム機とテレビの電源を消すと、そのままベッドにもぐりこみ、目を閉じた。


 その後、どぎまぎマテリアルの世界で培った経験を活かし、バイト先の店長から半ば無理やり二個下の女の子の番号を聞くと、ためらうことなくその番号に電話をかけ、デートに誘う。

 すると『気持ち悪いのでもうかけてこないでください』と言われ、次の日その子は辞めてしまった。


 現実は非情である。


ーTHE ENDー

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ギャルゲー転移 ~ヒロイン全員から嫌われているデータを遊びで作ったら怒った主人公にゲームの中に引きずり込まれました~ 柿名栗 @kakinaguri

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