第六話 俺、責める
ベッドの上で目覚める。日付は二月二十二日。
「はぁ……」
駄目だ、ベッドから動く気にならない。
ようやくうまくいくと思ったのに、どうしてこうなってしまったんだ。
俺は目を閉じ、もう一度失敗した原因を考えてみた。
デートではできる限り気を使い、支払いも全部俺がした。宇家美さんは払おうとしてくれたけど、いいからいいから、と断った。
ただ、デートの最中、宇家美さんは一度も笑顔を見せてくれなかったんだよな。どこか退屈そうで、上の空だった。もしかしてつまらなかったのか?
「……」
寝返りをうち、かつで
彼女の好感度を上げるために、デートでは意外な選択肢を選ぶ必要があった。
普通の女の子なら、言うと怒って帰ってしまうような辛辣な選択肢を。
「……!」
ま、まさか。そんなまさか。え? そういうことだったのか?
でも、それなら色々と辻褄が合う。彼女だけが俺の事をそこまで嫌っていなかったのがその証拠だ。
寝ている場合ではない。
俺はベッドから跳ね起きると、すぐに行動を開始した。
中央公園――。
前回と同様、ボロボロの姿で俺は宇家美さんの前に姿を現す。
その後も同じ流れを繰り返し、カラオケデートの約束を取り付けた。
次の日――。カラオケボックス。
せまい部屋で宇家美さんの歌を聞きながら、俺は一人考えていた。
どぎマテを極めるため、嫌われプレイをしたがゲームの中の事とはいえ、やはり相手を責めるような選択肢を選ぶのは正直良心が痛んだ。
あれを楽しめるというなら、その人はSっ気があるのかもしれない。
そして、そのサディスティックな選択肢で好感度が上がる、という事は宇家美さんは恐らく……。
「歌わないの?」
歌い終えた宇家美さんが、グラスにつがれたメロンソーダを飲みながら、こちらを見ている。
ゲームの中でもしんどいのに、現実とそう変わりないこの状況で辛辣な言葉をかけるのは俺もかなり辛い。
辛いが、宇家美さんを攻略する為には、こうするしかないのだろう、と確信している。
俺は深呼吸をし、覚悟を決めると真っすぐに宇家美さんを見ながら、言葉の矢を放った。
「……宇家美さんの歌、下手だったね」
「……え?」
何を言われたのかわからない、といった様子で目を丸くしている。
もう、引き返すことはできない。
「ちょっと聞いてられないから、聞けるレベルになるまで練習しよう」
「……何を、言っているの?」
身を硬直させ、じっとこちらを見つめたままの宇家美さんに、俺はさらに二の矢を放つ。
「いいから。早く次の曲入れなよ。時間がもったいないでしょ」
「……」
「ほら、早く」
しばらく固まったままだった宇家美さんだったが、やがて番号を入力し、渋々歌い始めた。
その歌声は、少し震えていた。
彼女の歌はハッキリ言ってめちゃくちゃ上手い。それは中の人……声優さんがCDを出すほどの歌唱力を持っているせいだろう。
ゲームの中では歌声を聴く機会はなかったが、ずっと聴いていたいと思うほどに澄んだ歌声をしている。
「……」
歌い終わり、宇家美さんが無言でこちらを見る。
次に何を言われるのか、恐れているとも、期待しているとも取れる微妙な表情で。
「Aメロの音程が外れてた。やり直し」
「……そうかしら。なによ……偉そうに」
そうは言いながらも、素直に次の曲を歌いはじめる。
その調子で終了時間までみっちり宇家美さんに歌わせ続け、支払いをしてもらうと俺たちは外へ出た。外はもう日が暮れかけている。
「明日は遊園地に行くから。九時に駅前集合ね」
「……私の都合は?」
少しかすれた声で宇家美さんが聞き返してくる。
「知らないよそんなの。それじゃ」
つっけんどんな態度で答えると、俺は踵を返し、振り返ることなくその場を後にする。
きっと明日も宇家美さんは来てくれるだろう。
……気が重い。明日もこの調子で宇家美さんを責めたてないといけないのか。
でも、やらないといけない。俺はすこしゆがんだ視界で、オレンジ色のひつじ雲が広がる、夕暮れの空を見上げた。
次の日。駅前のベンチに、宇家美さんが座っていた。
薄いイエローのカーディガンにジーンズをはき、ちらちらと時計を見ている。
ファッションがダ……個性的だと言われがちなこの【どぎマテ】の世界の中では、かなりオシャレに見える。
とてもよく似合っていると褒めちぎりたいのだが、彼女が喜んでくれるとは限らないのでやめておこう。
なにくわぬ顔で彼女に近づき、一言だけ言葉をかける。
「いくよ」
切符を買ってもらい、下りの電車に乗り込む。
ガラガラの車内で、向かい合わせに座ると、彼女が腕時計を見ながら話しかけてきた。
「……今、九時半なんだけど」
「うん。それで?」
「……別に」
それだけ言うと彼女はうつむき、目を閉じてしまった。
そう、俺はあえて三十分の遅刻をしたのだった。
本当は時間前に駅に着いたのだが、放置なんとかという責め方があるとどこかで見たことを思い出し、実行にうつしたのだ。
帰りそうになったら出て行こうと、遠くから様子をうかがっていたのだが、彼女は一度もベンチを立つことはなく、俺の方が根負けしてしまった。
遊園地に着くと、すぐにお化け屋敷に直行する。
彼女を前に立たせ、時々後ろから脅かすと、怒るようなそぶりをみせたが、前回来た時よりも生き生きとしているように感じた。
ジェットコースターでは両手を上げるよう仕向けた。悲鳴をあげる彼女の横顔は、笑っているように見えた。
次の日の中央公園。ボートを彼女に漕がせて俺は悠々と景色を眺めていた。
彼女が手を止めると、すぐに動かすよう促し、へとへとになるまで漕がせ続けた。
次の日も、次の日も。俺は宇家美さんを責め続けた。
――そして、卒業の日がやってきた。
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