4 罪人の業務

 結佑は志保の体を犯した直後も何食わぬ顔で日常の業務に励んだ。


 週末ということもあり、会議は長引いた。早く帰りたい空気は常に漂っているものの、会議は続く。小学校教員である以上、会議が定例会議で終わることなどない。生徒同士のけんかから教員に対する悪ふざけ、いじめなど話題は尽きることはない。それに加えて二週間後には運動会が控えていることもあり、ただでさえ心身ともに無理のあるスケジュールなのにもかかわらず、睡眠時間を削らなければならなかった。会議が終わった後、土日に回したくない溜め過ぎたテストの採点などもしていると時刻は午前〇時を指していた。こんな時間でも何人かの同僚はまだ仕事の真っ最中で、コーヒーを体に流し込んでいる。


 「すいません、お先に失礼します。」


 そう結佑が言うと、同期の木下先生が声をかけてきた。


 「お疲れ様でーす。あ、運動会の終わった次の金曜に同期と五、六年の何人かの先生で飲みにいこうみたいになってるんですけど、伊東先生どうします?」

 「多分、疲れてるんで大丈夫です。」

 「わかりました、お疲れ様でーす」

 「お疲れ様です。」

 

 よく飲みにいこうなんて思うよなと、結佑は感心しながら打刻を切る。


 酒をめったに飲まない結佑は、寝ることと寝る前に見る推しのライブ配信やアーカイブが日常的なストレス発散であり、疲れを惑わす手段である。

 同僚を見ていると、毎日欠かさず酒を胃に入れなければ気が済まない人間が多い。それでいて次の日に眠たそうに目をこすっていても遅刻することがないのだから、そんな体力お化けと一緒に仕事をする自分はよくやっているなと、しばしば思う。

 

 職員入り口のドアを開けると、乾いた風が結佑に吹き付ける。昨日までのよりも強い風に冬の息吹を感じた。十月も始まったばかりなのにもうこんなに寒いのだなと思う。晴れた日の昼間なんかにはまだ三十度を超えるというのに、夜になればこんなに寒くなってしまうのだから、風邪でも引いてしまいそうだ。

 だが、もうコロナ禍も終わってしまったので、体調不良を理由に仕事を休むなんてことはできない。風邪をひいたら最後倒れて病院に運ばれるか、自然に治るのを待つだけである。

 

 駐輪場で自分を待っていた自転車に跨り、学校を後にする。仕事の帰り道、まだ仕事をしている興奮状態が残っている結佑は、もう打刻を切ったというにもかかわらず、飽きもせず仕事のことばかりを考えてしまう。

 

 恵美ちゃんと聡くんが中学受験を控えていて、周りはそうではないから授業内外で配慮してやんなきゃいけないなとか、圭たちがまたヤンチャをしないようにしないといけないなとか…


 あたりにはだれ一人おらず、街頭と銀杏の木がよりどころなく突っ立っている。この前まで二十四時間営業だったファミレスも眠っている。前方を照らす自転車のライトの音だけが響く。その音は結佑には聞こえない。


 惰性で考えをめぐらし、築二十年のアパートにたどり着く。家のドアを閉じ、真っ暗な部屋を見つめて、久々に自分の声を出す。


 「ふぅぁああー。疲れたー」


 日課となった独り言で自分を迎え入れる。この独り言で初めて、仕事から解放される。


 最近寝られてないから今日は十二時間ぐらい寝ようかとだけ考え、ベッドへと向かう。


 向かっている最中にはもう意識はなかった。推しのアーカイブを見ることを忘れ、風呂に入ることも忘れ、最後に六時半に設定してある目覚ましを解除して、不足分を補うための眠りにつく。記憶もろとも眠りに落とし込めて。

「思い出すべきことは…、何かあったけ。まあいっか。おやすみ。」

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