路上駐車の行く先は
「またあのクルマ停まっているわよ」
耕平の妻、智子が言った。
「ホントだ。困ったなあ。狭いからちゃんと駐車場に入れてくれっていつも言っているのに」
耕平はハンドルを軽く叩いた。
「どうするの?」
「仕方がない。ちょっと動かすように言ってくるよ」
耕平はクルマを降りて、停めてあるクルマの持ち主の家に向かった。
停めてあるクルマは大きなミニバンで、それが停まっていると他のクルマが通れないのだ。
これまでに何度か注意しているのだが、あまり聞く気がないのか、ちょくちょく路上に停めていた。
この辺りは住宅街で、道幅はあまり広くない。
その通行の邪魔になっているミニバンは 耕平たちが住んでいる家と大通りの途中の家の持ち物だ。
どういうわけか、その持ち主は駐車場に入れずに、路上に停めていることが多かった。
耕平はどこの家かわかっているので、その家に行き、インターホンを押した。
住人はすぐに出てきた。
「通れないのでクルマを動かしてもらえますか」
「ええ、邪魔になってるの? なんとか通れない?」
出てきた住人は見た感じ、サラリーマン風のどこにでもいそうな中年男性だ。
見た感じは特に非常識な感じには見えないが、明らかに面倒くさそうに言うのだった。
「無理なんで、お願いします」
耕平は頭を下げた。
「ちょっと待ってて」
男は家にいったん下がって、それからクルマの鍵を持って出てきた。急ぐ様子もないし、なんだかふてぶてしい。いかにも面倒だという感じの動きだ。
耕平はそれを自分のクルマの運転席から見ていた。
「なに、あの態度」
智子は腹立たしそうに言った。
耕平も腹立たしかったが、言っても仕方がないと黙っていた。
ミニバンは動かされて自分の駐車場に入れられた。
耕平はやっとクルマを動かすことができた。この間十分ほどかかっている。
家に帰っても、智子の怒りは収まらないようだった。
「ああいうのって、警察がなんとかしてくれないのかしら」
「一応駐車違反にはなるだろうけど、この辺りは住宅街で警察も見回りには来ていないしな。通報すれば来るだろうけど、そうしょっちゅう通報するのもなあ。一応ご近所さんだし」
耕平はあまり事を荒立てたくなかった。
「そうだけど、あれじゃあ、私たちがクルマで出かけるたびに、ああやって降りて言わないとダメなのよ」
「確かにそうなんだけど、でも、あの感じ見ただろう? あれじゃあ言ってもなおらないよ」
「まぁ、確かにそうかもしれないけど、でも口惜しいじゃない」
智子の気持ちは耕平にもよくわかった。
これまでなんど同じようなやり取りをしたかわからない。
休日にクルマで出かけたら、ほぼあのミニバンが停まっていて通行の邪魔になるのだ。これまでその都度、クルマを動かすように言っているのだが、一向に改める気配がなかった。
耕平夫婦がこの家に住むようになった時は、近所とも良好で平和に過ごしていた。しかし、ある時ミニバンの家が引っ越してきてからは、この悩みでイライラさせられることが多くなっていた。
「だけど、あの雰囲気だと、あまり言うと逆恨みされそうだぞ」
「ええ、逆恨み? た、確かに、あの手のタイプはそういうことしそうね」
逆恨みという言葉に、智子の勢いもおさまった。
結局、そのままこの話は終わった。
一週間後、耕平と智子は、クルマで近所に買い物に出かけた。これは共働きの二人にとってのいつもの事だった。
そして、買い物から戻ってくると、またあのミニバンが路上に停めてあった。
「ああ、もう! またよ。ホントなに考えてるのかしら!」
智子は怒鳴った。
「クソ。面倒だな。でも、仕方がない。言ってくるよ」
耕平はクルマを降りて所有者の家に向かった。そして、インターホンを押す。
「はい」
不愛想な声が聞こえた。
「あの、クルマが通れないので動かしてもらえますか」
耕平が言うと、
「なんだ。またあんたか。いい加減にしろよ。面倒くせえな。他の道を通ればいいだろう」
「いや、他の道はないんですよ」
耕平が言うと、チェッと舌打ちが聞こえた。そして、しばらくすると腹立たしそうに男が出てきて、なにも言わずにミニバンを移動させた。
さすがに耕平もその態度にはムカッと来た。しかし、なにも言わなかった。
耕平がクルマに戻ると、
「なにかあったの?」
と智子が訊いてくる。
耕平はあったことをそのまま話した。
「ええ、そんなこと言われたの。腹立つわねえ」
智子もカッカしていたが、耕平もかなり怒り心頭であった。
しかし、だからと言って、変に近所でもめたくもない。
それにあのレベルの奴を相手に本気になるのも大人げないように思えた。
そんなことがあってから、しばらくして近所で火事が起こった。
現場は耕平と智子の家よりも奥まったところにある家だった。
消防車が来るよりも先に、近所の人が火事だと報せに来てくれた。しかし、耕平の家までは類焼してくるような距離ではなさそうだ。
そろそろ寝ようかというような時間だったが、 耕平と智子は表に出た。
すると少し離れたところの空が赤くなっていた。
近所中の人が家から出て、ガヤガヤと騒いでいた。
そこに大通りの方から、消防車のサイレンが聞こえてきた。
「ああ、消防車が来たみたいだな」
耕平は大通りの方を見て言った。
「そうね。早く消してもらわないと」
そんなことを言いながら、大通りにつながる道を見ていると、あのミニバンがいつものように路上駐車されていた。
「あっ、あのクルマ! 消防車は入れないんじゃない?」
と智子が言った。
「あっ、ホントだ。でも、さすがにあの持ち主もサイレンに気づいて出てくるだろう」
耕平は楽観していた。
しかし、消防車のサイレンは近づいてくるのに、一向にミニバンの持ち主は出てこない。
「ねえ、大丈夫かしら?」
智子が心配そうだ。
「そうだな。ひょっとして留守なのか? そう言えば家の電気も点いてないな」
耕平が言った。
それに気づいた近所の人も同じようなことを言い始めた。
そうしているうちに消防車がそこまで来てしまった。
消防車がマイクで、クルマを動かすように言う。しかし、やはり留守なのかなんの反応もない。
消防隊員は消防車から出てきて、こちらに走ってきた。
「あのクルマの持ち主の方は?」
と誰ということなしに訊く。しかし、そこには持ち主はいない。
「あの家のクルマですよ。でも留守なのかもしれません」
耕平が言った。
「えっ、そうなんですか。困ったなあ。このままじゃあ、消火活動できないよ。他に道もないし」
消防隊員は困った様子で、消防車の方へと戻っていった。それから無線でなにやらやり取りをしている。
すると、そこに突然、巨大なガマ蛙が現れた。消防車の後ろから現れて、消防車の脇を抜けてきたのだ。
「な、なんだ!!」
耕平は驚いて声を上げた。
「ワアアア、なんだあれは?」
他の人も気づいて大騒ぎになった。
ガマ蛙は、軽自動車ぐらいの大きさだ。夜の街灯にヌタヌタと不気味に光っている。
あまりのことにどうしたら良いのかわからない住人が呆然と見ていると、ガマ蛙はピョンと跳ねて、ミニバンの横っ腹に体当たりをした。
すると、ボスッと鈍い音がして、ミニバンのボディがくの字に曲がった。
さらにガマ蛙は何度か体当たりを繰り返した。
その都度ミニバンはスクラップのように潰されていき、窓ガラスは砕けて粉々になり、最後に持ち主の家の塀に貼り付くような形になった。
その様子を住人も消防隊員もただただ呆然と見ていた。
ガマ蛙はあれだけぶつかってもなんともないのか、平気な顔でゲゴッと鳴いた。
それから、ミニバンの家の玄関先に尻を突っ込んで、ブリブリと大量の糞をした。
すると、すっきりしたのか、またゲゴッと鳴いた。
そして、そのままスーッと消えていなくなった。後には白い煙が残った。
消防隊員はしばらくボーッとしていたが、我に返り、道が空いて通れるようになったので、急いで火災現場に向かった。
「あれ、なんだったの?」
智子が言った。
「わからない」
耕平も答えようがなかった。
その翌日、警察が事情を訊きに来た。
耕平と智子はありのままを答えた。
「やっぱりそうなんですか。他の家で訊いてもみんな同じことを言うもので、私たちとしてもどうしたものかと困っているんですよ」
と警察官も困り顔だった。
あのミニバンの持ち主はどうなったのかと聞くと、警察官がかなり厳しく注意をし、駐車違反の切符を切ったということだが、そんなことよりも、クルマは完全に破壊されて、家もなにものかの大量の糞まみれになっていることの方が大きなダメージだったようだ。
それから、しばらくしてミニバンの所有者だった住人はどこかへ引っ越していった。
噂によると家とクルマのローンが払えなくなり夜逃げ同然だったそうだ。
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