夜毎、思い出を浸食する怪異は禍々しくも、いじらしく、懐かしく……
- ★★★ Excellent!!!
人格を表す"personal"の語源は、persona"仮面"だったらしい。
この怪異の特性はまさにそれだ。
何の曰くも所以もなく訪れる顔のない怪異の男(男?)は、青年が眠りにつく前、あるときは彼の兄、または先輩、父、叔父としてありもしない怪談兼思い出話を語る。
禍々しい千夜一夜物語は徐々に過去と現実を侵食し、実在の場所や人物にすらもふとしたとき「あの家で同じものを見たのではないか」「あの怪談に出てきた傷が腹にあるのではないか」と疑念を抱いてしまう。
想像もしなかった選択肢を浮かべる度に日常の安全圏が次々削られていくのはホラーの醍醐味だ。
特にこれは関係性を騙る怪異なので、着々と自分を現実に捩じ込むための巣を作っているように思える。
ただ、この怪異は怖いだけではなく、いじらしくて切ない。
顔も名前もなく、架空の関係性を借りなければ存在することも許されない。だからこそ、「せめて記憶に残して何でもいいからどれかの俺を選んでくれ」というように彼が語る思い出は縋りつきたくなる優しさがある。
早逝した父や存在しない兄との静かな情感漂う、平凡で特別な記憶は、こっちの方が現実だったらいいのにと思うほどだ。
禍々しくも、いじらしく、懐かしい怪談語りの末に、「それ」は何に辿り着くなるのか。
紛れもなくホラーなのに、寝苦しい夏の夜が明けたような穏やかさと安堵がある、至高のラストを見届けてください。
最後に俗なことを言うと、どれも湿度が高い年上男性との関係性がバイキング形式で過剰摂取できて最高のブロマンス(?)でもあります。
父になってほしい。