油断は禁物
突進猛猪が少し痙攣をした後、動かなくなったことを確認。オーロラに帽子の中に隠れてもらって俺が木から一足で飛び降りる。地面に着く際に少しヒーロー着地っぽくなったのはただの偶然だ。
さて、突進猛猪から逃げていた女性冒険者だが、肩で息はしつつも意外にもその場にへたり込んだりはせず、こちらを見つつも動かなくなった突進猛猪を未だに警戒している。ここは俺から話しかけた方が良いか。
「その猪ならもう絶命しているから心配しなくてもいいぞ。それと念のための確認だが、囮として逃げてパーティで狩ろうとしていた……とかじゃないよな?」
「……いえ、ソロです。助けていただき、ありがとうございます。私、須藤といいます」
「おr――私は木原」
須藤と名乗った女性冒険者は何と言うか、ダンジョンに潜る装備というよりは山に登るための装備を身に着けていた。腰にはナイフらしきものを付けてはいるものの、それでモンスターを狩れるとは思えないような代物だ。
20代前半あたりか?眼鏡を付けてどこか真面目そうな印象を受ける女性だ。ダンジョンに潜るような人には見えないが、それは今の俺にも言えそうなことだな。
「すみません、今御礼としてお渡しできそうなものが、ここで獲れた薬草や果物しかなくて。ダンジョンから出たら御礼をさせてください」
「いやいや、冒険者は出来る範囲で助け合わないと。気にするんだったら今度は須藤さんが別の人を助けてあげな」
「ですが……」
「いいからいいから」
少しばかり格好つけた言い方だが、こうでも言わなきゃ御礼御礼としつこ……気にする可能性もあるからな。実際に彼女が他の冒険者を助けてくれればそれはそれでいいことだし。
さて、突進猛猪だが狩ってしまったのだから仕方ない、解体するか。さっさとAカードから解体道具を取り出して作業に取り掛かる。須藤さんは……そうだな。
「須藤さん、失礼なことを聞くけど、モンスターに対抗できる手段持ってる?」
「すみません、魔法を使うための杖を落としちゃって」
「そうか。それじゃあ悪いけど受付ロビーまで送るから解体するまで待ってもらえる?もし、杖を落とした場所が分かるのなら回収するのも付き合うけど。武器もないのに1人で戻るのはおすすめできないし」
「……ですよね。ありがとうございます。いくらでもお待ちしますので」
「そんなに掛からないけどね」
変に遠慮して1人で帰ろうとする人じゃなくて良かった。戸中山ダンジョンの麓辺りには自分から襲い掛かってくるようなモンスターはあまりいないが、オーロラが追い払った木々鹿のように縄張りから追い出そうとするモンスターや、今解体している突進猛猪のようなイレギュラーも現れることもままある。それと遭遇しては怪我じゃ済まない可能性だってあるからな。言わずにいるけど強行して1人で帰ろうものならふん縛ってでも止めていた。
それも杞憂だったのでさっさと解体に取り掛かる。戸中山ダンジョンで狩る肉ってのは大体が木々鹿だが、突進猛猪だって狩るからね。解体するなんて訳ないさ。いやぁ、男時代はトラバサミに引っ掛かった突進猛猪を何とか斃そうと長い棒に括り付けたナイフで心臓刺そうとしたものだ。
「馴れていらっしゃるんですね」
「まぁこれくらいは。冒険者やってたら自然となれるもんだよ」
いつの間にか須藤さんが俺の横で腰を落として解体する手元を観察していた。こういうの抵抗ある人が多いはずなんだが、物怖じせずに一挙一動見逃さんとしている。ここまで真剣にみられると少し恥ずかしさを覚えてしまうな。馴れてはいるけれどその道で食べている人に比べたらまだまだだろうし。
「あの、木原さんもソロなんですか?」
「そんなものかな」
分かってるから。オーロラ、帽子の中で主張しなくても俺はお前のこと忘れてないから!
「やっぱり、ソロでダンジョンは厳しいですか?」
「厳しいなぁ。馴れている人ならいいんだけれど、初心者なら絶対お勧めしない。幸い、戸中山ダンジョンみたいなところなら麓ならソロの初心者でもいけないことは無いけど、絶対じゃない。油断して怪我して安くないポーション買って借金なんて珍しくない話だしね」
夢があるようで軌道に乗れなかったら厳しいんだよね、冒険者って。ちなみに俺はポーション買って借金したことは無い。知り合いはしたことがあるけれど。
そんな話をしていたら須藤さん、何かを考えているようだ。ソロで入ったことを後悔しているのか、これからのありようについて考えているのか。ってか須藤さんはどうして戸中山ダンジョンに来たのだろうか。
「須藤さんは兼業冒険者?」
「はい。普段はオペレーターをしていて、このダンジョンに来たのは初めてなんです」
「やっぱり低難易度だから?」
「それもありますが――きのことか野草とかよく採れると聞いて。あと、モンスター肉も受付ロビーで通販よりもお安く買えると聞いて」
……ん?
「色々動画を見たつもりですが、こうして解体するところ生で見れるのすごいです。あぁ、ここってリブですよね。決めました。帰る時骨付きの買います。帰って焼いて喰らってビール飲みます」
あ、この人同類だ。
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