これぐらい余裕ですよ
「冒険者って結構来るんですか?」
「専業の方はあまり見ませんね。その分たまに来られる専業の方はたくさん買われていきますね」
そのたくさん買っていく専業の冒険者というのは一攫千金を引き当てた奴か、順調に稼いでいる冒険者なんだろうな。大体、冒険者が金を得た後の使い道は一に生活費、二に装備。三に貯金と、実はあまり夢のないものとなっている。勿論、装備揃えてモンスター倒すなり採取なりして軌道が乗れば趣味なり良い物に回す分が出てくる。かく言う俺も戸中山ダンジョンで安定に稼げるようになるまで割とキツかった。持ち家がある分、家賃は気にしなくても良かったが……トラバサミが無かったら辞めていたこともあり得た。
今や、エルフとなって嘘みたいな身体能力を得てオーロラと遭ってヤドリギの矢を手に入れて、生活にすごい余裕が出来た。だからこそ、こうやって家電を買いに来れたわけだが。
「それでお客様。冷蔵庫を買われに来たとのことでございますが、やはりダンジョンで狩ったものを入れるので?」
「えぇ、ミノタウロス肉とか」
「ミノタウロス肉、いいですねぇ。ではお客様。ご予算に余裕があるのでしたらいっその事、冷蔵庫ではなく冷凍庫単品を買われては?」
そう言って案内されたのは冷蔵庫コーナーの更に奥に存在する冷凍庫のコーナーだった。当然、冷蔵庫よりもスペースが狭くはあるが、種類はそれなりにあるようだ。
いや、冷凍庫単品を考えていなかったわけではないんだけどね。どうしても家の中に冷凍庫が単品でドンと鎮座している想像がつかなくてなぁ。しかし改めて店員さんから勧められると買った方がいいかも知れないと再認識してしまう。我が家は無駄に広くスペースもあるしやはり後々のことも考えて買おう。
「狩った物となると、保存するものは自然と大きいものになるでしょうし、おすすめはこちらの上開きの冷凍庫です。ドア開閉のためのスペースを気にする必要もありませんし、容量もかなりの物です。――その代わり、奥に入れたものを見つけにくいというデメリットもございますが」
ふむふむ、試しに開けて中を覗いてみると、確かに広くて大量の肉や魚を保存できそうだな。他の機能は、温度調整に霜取り不用と。値段は……財布に響くような物じゃないな、これは。サイズも問題なさそうだ。これくらいの大きさなら、台所にも余裕で入る。
「いいですね、これ買います」
「まぁこれは最新式の物ですので、少々お値段は張り……え、ご購入で?」
「はい、お願いします」
「ありがとうございます!ちなみに配送設置サービスはどうなさいますか?」
「あ、家の玄関前に運んでくれるだけで良いですよ。設置はこっちでするので」
冷凍庫1台くらいなら俺の車に載せられないことは無いが、冷蔵庫も買うつもりになっちゃったからね。それならまとめて運んでもらった方が良いだろう。さて、そんな訳で即決で買うことを決めた俺に、店員さんは揉み手で話を進めるが、玄関前に置いておくと言ったところで、その笑顔が固まった。
「え?これ、中は入っていないとはいえ、結構な重さですよ?大丈夫なんですか?配達員なら女性にすることも可能ですよ?」
「そこは冒険者なので。これくらいなら……ほら」
信じられないのも仕方ないことなので、見せた方が早い。今しがた買うことを決めた冷凍庫の前に立ち、その両端を掴んでまるで空っぽのダンボール箱かのように持ち上げた。うん、これくらい追跡ガツオの"戦艦"の突撃に比べれば軽いもんだ。
店員さんはと言うと、俺と冷凍庫を壊れたロボットのように見比べると、証拠を見せ終えたので床に下ろした冷凍庫を持ち上げ……持ち……あ、ちょっと浮いた。でもすぐに置いた。顔赤いよ、店員さん。大丈夫?
「ハァッ、ハァッ……な、なるほど。失礼いたしました。冒険者の方というのは凄いですね。かしこまりました。配達だけということで承りました」
冒険者って見た目詐欺な人結構多いんだよね。俺みたいに細っこい腕をしておきながらボディービルダーと腕相撲をして汗ひとつかかず圧勝する人もいれば、筋肉モリモリマッチョマンでありながら魔法を得意とする奴もいる。見た目通りの人もいるけどね。
「それではお会計がですね――」
「あ、冷蔵庫とか他の家電も見たいのあるんですけど」
「ぇ?……かぁしこまりました!」
おぉ、すぐに気を取り直した。流石は商品を売るプロ。……チラッと名札が見えたんだけれど、この人店長かよ。一般店員かと思ったわ。さてとさてと、冷蔵庫はどんなものがあるかな。
冷凍庫コーナーから冷蔵庫コーナーはそこまで距離はないが、ちょっと歩く。その道中であるものを見つけた。家電量販店っておもちゃ味のある商品が並んでいることがあるだけど、そうかそんな季節だもんな。俺は見かけたそれをそっと手に取った。
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