【もはや】頭の悪いお料理【どちらが主役か】

『おい、喋れよ』

『なんだそのテーブルの上のその……緑の』

『ドヤ顔で腕組んでんな』

『ラーメン屋の親父かよ』


 配信が始まるや否や言いたい放題言ってくれちゃってる視聴者たち。まぁ彼らが言っていることは真実で、ラーメン屋の親父よろしく俺とオーロラは無言で腕組んでドヤ顔しているからな。加えてテーブルの上にはまさに皿に盛られた緑としか言いようのない物。ちょこちょこ紫色が覗いていたりするんだけど緑が強すぎる。

 流石にこのままの状態だと配信もクソもないので、話し始めるとするか。


「ハァーイ、皆の衆ジョージの酒飲みチャンネルの時間だ!」

「テンションタカッ」

『オーロラちゃんちょっと引いてて草』

『本当にテンション高いな、珍しい』

「フフフ、テンションが上がるのも仕方ないと言うもの!暑くなってきたこの時期にピッタリな酒の肴だ!」


 と言っても、今のこの状態だと視聴者たちも俺達が何を食べるつもりかよく分からないだろう。なので、俺は緑色のそれに箸を差し込み、中に潜んでいたそいつを掴んで引っ張り上げる。香ばしく焼かれ、少し焦げた様な皮にルビーを思わせる紅さをした身。当初は訝し気なコメントばかりだったが、それが出てくると、すぐに的を得たりとコメントが流れる流れる。


『カツオのたたきか』

『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『もしかしてその緑の全部薬味かよw』

『よぉ見たらにんにくのすりおろしついてる』

「今朝思い立ってね。薬味モリモリカツオのたたき食べなきゃって。早速ダンジョン行って獲ってきたよ」

『行動力の塊』

『ほんと食と酒に生きとるな』

「否定はしない」


 こちとらフリーの冒険者ですしおすし。食べたいと思った物を狩ろうと思えば狩りに行けるってのは素晴らしいことだ。これで周りが静かならば言うことなしなんだけどね。

 おっと、オーロラが催促の証であるお皿を箸でカンカン叩き始めた。まぁ待ちなさいな酒も注いでないでしょうが。


「今日の開幕投手は赤霧島!これをロックで飲みます」

「ワタシは今日は炭酸割りがいい!」

「ハイハーイ、お待ちよー」


 普段俺は焼酎を大体ロックで飲むから炭酸割りを作ることはあまり無いけど、オーロラが気に入ってからはちょくちょく作っている。用意していたかち割り氷をオーロラグラス様にさらに小さく砕き、三分目まで赤霧島を入れてゆっくり炭酸水を入れて完成だ。


「はい、それじゃあいただきます!」

「イタダキマス!」

『乾杯じゃないんかい!』

『今日は酒よりカツオメインかw』


 うん、カツオがメインというのは間違いじゃないな。

 1人で食べるのであれば、最初からポン酢を大皿にドバーッとかけるのだが今の俺は1人じゃない。オーロラがいるよ!なので小皿にポン酢を注いでいる。

 がっつりと薬味を載せてポン酢をつけて口に運ぶと……


「うはっ!」


 思わず声が漏れるが、仕方のない事だろう。口の中に広がる万能ねぎ・生姜・茗荷・玉葱・おろしにんにく・大葉・マンドラゴラおろしと言った選ばれし8個の薬味たち。いや、広がるなんて生易しい表現じゃダメだ。もはや爆発だ。

 そしてその味の爆風を掻き分けるように現れるのはカツオのたたきの炙られたことで生まれる香ばしさと追跡ガツオの濃厚な味。

 一般的なカツオのたたきならば負けていたかもしれない薬味たちの猛攻もなんのその。追跡ガツオも負けず劣らず主張してくる!これは――飲まねば!すべてを噛み締め、飲み込み、口の中に少しだけ残る風味たちを赤霧島ロックで流し込む。くぅっ、ガツンときやがって……おかしいな。視界が滲んでやがる。


「嗚呼、夏だ」

『おっそうだな』

『なんか泣いて意味わからん事言い出した』

『ジョージ、オーロラちゃん凄い顔してるぞ』

「え?……わ」


 本当にすごい顔していた。酸っぱい梅を食べたかのように目を強く閉じている。咀嚼はしているようだが……あ、飲み込んで炭酸割りいった。俺にも聞こえるくらい、大きく喉を鳴らしながら炭酸割りを飲んでるな。グラスから口を離して――


「――!?」

「あ、その喋り方出来なくなった訳じゃないんだ」

『久しぶりに聞いた』

『何言ってるか分からんw』


 進化前自体の、声にならない声を上げて叫んだ。視聴者たちにはさっぱりだろうが、俺にはオーロラの思いが!「言葉」ではなく「心」で理解できた!オーロラはこう言ったのだ。「馬鹿みたいな味!?」だ。そうだね、馬鹿の料理だよね。俺もそう思う。


「ヒドイ目に遭った……」

「なんなら薬味取り除いてもいいけど?」

「フシギ。頭がおかしくなるような味なのに次を求めちゃう」


 不服そうに頬を膨らませながらもオーロラの持つ箸は、薬味が盛られたカツオのたたきを掴んでしまう。先程の口内のカオスが頭をよぎるのだろう。躊躇する様子を見せるオーロラだが、その少しの抵抗もむなしく、口は次なるカオスを求めてしまったようだ。


「――!!――!?」

「ふぅ。またしても俺はオーロラを酒カスに堕としてしまったのか……」

『お労しやオーロラちゃん』

『もう堕ちるところまで堕ちてしまっているのでは?』

「そんなことは……ないと……堕ち切ってるか」


 百面相しながらカツオのたたきを食べて、また百面相をしながら炭酸割りを飲む。そんな無限ループを繰り返すオーロラを横目に俺と視聴者たちは堕ちたオーロラを引き上げることをこっそり諦めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る