そうか……お前、そうなのか……

「どういうこと……?」


 家庭菜園を始めてから3週間が過ぎ、日が昇る時間が長くなってきた頃……俺は異常とも言える光景に頭を抱えていた。

 いやね?野菜たちがぐんぐんと育ってきたのは良いんだけど、そろそろ仮称マンドラゴラがミニトマトプランターに入りきらなくなったのでは?そう思ったので、少し大きめな植木鉢を用意してどうやって植え替えようか悩んでいたその時。我らがオーロラさんが教えてくれたのだ。傍に置いておくだけでいいって。


「えぇ~?ホントにござるかぁ?」

「――!」


 ホントらしい。まぁオーロラの冗談だとしても明日やればいいし言われた通りに肥料を混ぜた土を入れて水で濡らしてミニトマトプランターの傍にそっと置く。そしたら後は放置で翌日まで見ないようにすればOK?手間になることしないならいいけども。

 何、オーロラ?有益な情報を提供したから今日はステーキ?あーはいはい、ただしトンテキね。柚子胡椒つけて食うと美味いのよ。



 で、翌日。冒頭に戻ってきました。

 もう確認しても大丈夫とオーロラからお許しをもらったので、確認してみたら……準備した植木鉢から蕪に似た葉っぱが生えていた。まさかと思ってトマトプランターも確認したら昨日まであったはずの仮称マンドラゴラが消えていた。そこにあったであろう穴を残して。


「まぁ、状況からして植木鉢にいつの間にか植えられたこいつがマンドラゴラなんだよな?それにしては1.5倍くらい大きくなってる気がするんだけど?」

「――!」

「え?適正なサイズの鉢に移ったことで、それに合わせて成長した?一夜で?」


 いやいや、竹は一日で数メートル伸びるとは言うけれど……成長スピードパないな。

 ……ん?オーロラが水の入ったじょうろを持ってきた。いつもなら自前の水魔法で野菜たちに水をあげるところなのに。え?俺が撒くの?マンドラゴラに?気持ちを込めて?


「と言うか、気持ちを込めてってのはもしかして魔力的なやつ?」

「――!」

「ヤドリギの矢に力を籠めるように?ただのじょうろなんだけどなぁ」


 美味しくなーれ燃え燃えきゅん的な感じでいいのだろうか。じょうろを傾け気持ちを込めた水をマンドラゴラに振り撒く。言われた通りにかけているけれど……オーロラさんまだかけるんですか?全部!?全部かけるんですか!?いや、信じろと言われれば信じるけど。

 やがて全ての水をかけ終わった後――変化が現れた。仮称マンドラゴラが突如として揺れ始めた。それも葉っぱの部分だけではなく実?茎?の部分も揺れ……いや、震えていると言った方が正しいのか?揺れは徐々に大きくなり土を払い、隆起し……蕪を思わせる白い茎が出たかと思うと黒ペンで書いたような黒い2つの丸が見えた。


「ピギッ」

「はい?――ッ!」


 聞きなれない声に、一時は呆気にとられた俺だが、すぐに理解することが出来た。この場には俺とオーロラしかいない。オーロラは声にならない声を発する。となると今、珍妙な声をあげたであろう者の中で一番可能性が高いのは植木鉢から顔?目を出したこの植物、つまりは仮称マンドラゴラだ。

 調べた情報によればマンドラゴラの叫び声は最悪人の命を奪うものだ。巣守さん宅まで声が届かないみたいなのは幸いだが俺とオーロラはその限りではない。故にすぐに仕留めなければヤバい。行動は迅速に、俺はマンドラゴラの葉と茎の境目を掴み勢いよく掘り起こす。なるほど、黒い2つの丸い目にギザギザの歯に手や足の様なひげ根が生えている。ゆるキャラの様な見た目だが、害するのでは容赦はしない。

 育てておいてすぐに命を奪おうとする自分の行為に対し、心の中でマンドラゴラに謝罪する。砕け散って、後で俺の胃に収まれ。せめて美味しく頂く!そうして振りかぶった拳は――


「――!?」


 何やってんの!?と語り掛けるオーロラの手によって止められた。


「え、いや何って……叫ばれる前に砕いておこうかなって」

「ピギッ!ピギッ!」

「――!!」


 ……掴んだ葉っぱの下でマンドラゴラがすごい勢いで首……いや、顔を振るう。同時に脳内に過ぎるのは否定を意味する思念が2つ。そう、2つだ。1つは聞きなれたオーロラの声。ともすれば、もう1つのは、マンドラゴラ?


「えぇ……?お前も意思疎通できるの?」

「ピギィ!」


 出来るみたいです。そうか、出来るのかぁ……

 一気に食べにくくなったなぁ。目の前でぶらんとぶら下がるマンドラゴラはその黒い眼を滲ませ「僕は悪いマンドラゴラじゃないよ」とアピールしているようだ。ヤメロー!そんな目で見るんじゃない!

 とりあえず危険はないそうなので、マンドラゴラをズブリと元の植木鉢に目と口が出るように縦に埋める。これで声を発することは出来るはずだ。


「えー、マンドラゴラくん。君は叫ぶことで生物を気絶させたりすることは可能かな?」

「ピギ」

「出来るのかよ。無暗に叫ぶことは止めてもらえるか?烏とかからの自己防衛としてならいいけど」

「ピ……」


 ジト目を向けんな。こちとら話が通じるとは思わなかったんだよ。ってかオーロラが止めなかったら絶対砕いていたからな。そして焼きマンドラゴラとか煮込みマンドラゴラとか……葉っぱの部分と炒めてマンドラゴラ葉のふりかけとか……鍋とか……


「食べたかったなぁ」

「ビギィッ!?」


 あっやべっ怖がらせちゃった。

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