第6話 狂楽の蜘蛛
『……2・1戦闘訓練開始』
さ、楽しもう。
「行くわよ。
開始の合図と共に桐坂は小盾を前に突き出し突進してくる。
アキラの武装は一見、無手でありその状態から考えられる武装としては遠距離を主体とした魔素を用いた光学迷彩ドローンによる砲撃及び爆撃。もしくはシンプルに徒手空拳あたりが予想されるだろう。
戦闘の基本である間合いの管理。
特に対人戦闘になるとその重要性は跳ね上がる。
如何にして自分の有利な状況に持ち込むか。駆け引きは手札を持つからこそ成立するのだ。
そしてこれが、桐坂の持つ手札の1枚なのだろう。
桐坂は真っ直ぐにアキラへ突っ込み自分の間合いに持ちこもうとしていた。
凡そ身体強化だけで出力できる速度を超えている。
「早い。シールドバッシュの派生
あの小盾は特殊機構を備えた魔導器装の様だ。
桐坂は分析をするアキラに対して肉薄する。
桐坂の身体は小盾に引っ張られるように加速していく。
身体強化は勿論だがシールド側面から魔素の輝きが見て取れる。
さながら簡易なジェット噴射による加速だ。
シールドバッシュの発祥はプロ競技内での防衛手、いわば防御力を上げている選手の攻撃力強化の為に開発された。
盾による打撃の動作時にブーストし威力を向上させる戦技だ。
その戦技を応用して移動手段に発展させている。
燃費は悪いようにも見えるが
「はああっ!」
そんな考えをしていれば桐坂はアキラの眼の前であり直剣を横なぎに振るおうとしていた。
直剣を振るうには地面への十分な接地が必要だ。加速を緩める必要がある。
アキラはその緩急を見逃すことなく直剣の軌道を目で追いながら身体を後方に倒しながらバックステップで再び距離を取る。
「逃がさない!」
桐坂は直剣横なぎそのままに強襲の盾による加速を用いて身体を回転させると再び加速し間を詰めてくる。
息つく暇も与えない怒涛の進撃。並みの者であればその速度に圧倒され間合いを潰されることだろう。
だがアキラに対してはそうもいかない。
横なぎからの一回転。時間にして1秒にも満たない僅かな隙。
アキラが手を打つには十分であった。
シールドバッシュ、魔導器装のブースト機構は今現在でも好んで使用する選手もいるが新技術、戦法は必ず対策が開発されるものだ。
アキラは両手に装着した手袋型の魔導器装に魔素を流す。
「垂らせ〔
その
十の指先から魔素で作られた糸が伸びる。
基本的に魔装士は魔素の動きに敏感だ。
しかしアキラが作り出す糸に気付くことは出来ない。
何故か。
それはアキラが放出する魔素の量が極めて少ないからである。
欠陥保有者として持たない者が勝利を手にするために必要な技術として磨いてきたものの一端である。
桐坂はアキラが天獄の糸を展開したことにすら気づくことが出来ていない。
「身体制御、放出量の調整。大したものだが一瞬でも目を離すのは悪手だろ」
そんなアキラの呟きにも似た批評が聞こえたのだろう。
桐坂は最初から厳しい表情をしていたがさらに目つきを鋭くさせ、直剣を振るう。
上段から振り下ろし、時に突きを織り交ぜた緩急。間合いを取らせまいと淀みのない盾の強襲での突進。どれも積み重ねられた鍛錬が見て取れる。
「始まる前から偉そうにしてるけど少しは反撃してみなさいよ。あなたが戦えることを証明しなさい」
桐坂は連撃の最中、避けるだけのアキラに痺れを切らしたのか挑発染みた言葉をかけてくる。
確かにアキラは反撃らしい反撃はしていない。しかし。
「反撃はもうしているよ」
アキラは直剣の上段を避け距離を取りと桐坂に向けて左の人差し指を向ける。
「っ!」
桐坂は初めて見せるアキラの行動に警戒を見せシールドを顔の前に持つと車線を切るためかアキラの指が射す先から外れるように斜めに加速する。
突進だけでなく回避にも応用を効かせる。その技術には感心する。
「だけど無駄だよ」
天獄の糸起動時に準備は完了している。
横なぎから身体制御の際に目を離していた大きな隙。
魔素を推進力に変化し加速する小盾。その動きはどうしても直線的になってしまう。
ではその加速元である小盾に少しばかり別方向の衝撃を与える。
「加速中に制御を乱せば対応は難しいよね。手繰れ、天獄の糸」
回避行動を取っていたはずの桐坂はアキラに向って方向を変えていた。一見すれば先ほどまでと変わらない攻防に見える。
距離を取るアキラに突進する桐坂。しかし状態はまったく違っている。
「なんでっ」
盾の強襲を用いた加速装置といっても飽く迄小盾である。正面からの衝撃であれば制御を謝ることなどない。だが桐坂の持つシールドは横から引かれた。
桐坂は止まるためシールドからの魔素の放出を中断するが既に間合いはアキラが掌握していた。
互いに手を伸ばせば掴める距離。桐坂が剣を振るには近すぎる。そして攻撃手段は限られる。
想定外の事態。桐坂は狭められた思考で反射的に小盾での防御を選択する。
「はっ!」
「くっ」
そこに叩き込まれるのはアキラの右拳。
素手で魔素強化されている小盾を強打する行為は自滅に近い。
しかしアキラの拳には薄らと膜のようなものが張られている。
天獄の糸で編まれた膜だ。
カウンター気味に振るわれた拳は桐坂と小盾を弾き飛ばす。
「まだよ!」
桐坂は身体を起こし直剣を構え直すが最早状況は決していた。
小盾が引っ張られるのだ直剣が引かれない道理がない。
アキラが糸を手繰ると直剣を握りしめる桐坂の上体は前のめりに引かれる。
「魔素は万能だけど魔導器装は飽く迄手段だ。時には手放す判断も必要だと思うんだよ」
桐坂はアキラの声が聞こえると同時に上げた視界には手袋を付けた手が映る。
そしてそれを、最後に桐坂は意識を失った。
視界の端で光に反射する糸を見ながら。
「やっぱりマナシールドを破壊するまではいかないよなー」
桐坂の意識は確実にない。だが戦闘訓練の条件は満たしていない。アキラの体格では完璧なカウンターで決まったとしてもマナシールドを全損させるにはには至らないのだ。
「やっぱり思いっきりぶつかってくれる相手が良いよな」
アキラはルールにもあった破壊目標である桐坂サイドのフラッグに手を向ける。
「あー楽しかった」
笑顔で目標を握りつぶす動作を見せる。するとフラッグは紙が握りつぶされたように破壊される。
『目標の破壊を確認。勝者八咫晶。戦闘訓練を終了します』
アキラの日輪学園で初めての戦闘は勝利で終りを迎えた。
□■
Tips
【魔導器装・
開発事態にアキラが関わっており八咫家と繋がりの深い
魔素による糸を生成、操作可能にする。
糸という特性上、繊細な魔素操作技術が必要なため試験運用段階で量産は断念された。
魔素放出推奨量:1.5~ 魔素伝導率:A 特殊機構:魔素による糸の生成、操作
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