6 チームメンバー

 新規事業開発統括本部内に入ると、初めて沢渡以外の人間がいた。


 日頃、この部屋には沢渡以外に人がいない。理由を沢渡に尋ねたところ、ヴィラン課は沢渡以外は全員ヴィラン連合の構成員の為、連合の指示の元各地に赴いているからとの返答だった。


 尚、ヒーロー課の『雷神』はタケルの父死去後、この部屋には顔を出さなくなったとの答えも併せて返ってきた。


 この部署にただ所属しているだけでは、『雷神』の顔を拝むことはできない。そのことが分かっただけでも一歩前進と考えた。千里の道も一歩から。焦りは禁物だ。


 ただ、息苦しかったのが、この広いスペースに基本は沢渡と二人きりだったことだ。沢渡は別に嫌な人間ではないが、冷たそうな目つきと綺麗に撫で付けられた神経質そうなオールバックのせいで、どうも監視されている気になって仕方ない。


 毎回減っていくタケルの体毛を確認する時の目つきが、これは本当に進捗確認の為だけなのかと思わせる熱心さを含むことにも、一部原因があるように思えた。


「あ、君が田中課長の……!」


 タケルの存在に気付いた男二人が、腰掛けていた例の恐ろしく柔らかいソファーからパッと立ち上がる。


 タケルに声を掛けてきた男は、二十代後半くらいか。切れ長の一重の目に、顎がシュッとしていて、よくある狐のイラストのような顔をしている。耳の横に流された髪が狐の耳のようで、狐っぽさを更に醸し出していた。沢渡と同様目つきは鋭いが、垂れた眉のせいで優しい印象を受ける。顔の印象とは対照的に、きちっと着こなされたスーツの下は逞しく、特に大腿筋はかなり立派だ。


「あ、は、初めまして! 田中武です!」

「課長の面影があるね……ううっ」


 そう言って目頭を押さえたのは、もうひとりの男だ。狐顔の男とはまるで正反対の、狸のような丸い顔につぶらな瞳。相撲レスラーに成りきれず諦めたような微妙な体型だが、よく見ると脂肪ではなく筋肉のようだ。癖っ毛なのか、ピンボール程度の角度で巻かれた髪がより一層狸感を演出している。狐男よりは年上か。三十前後とみた。


 狸男は泣きそうな顔のまま見た目にそぐわぬ素早い動きでタケルの元まで走ってくると、手で目を覆った。


「この度は……ごっご愁傷さ……っうううう!」

「あ、あの! 父の生前はお世話になりました!」


 慌ててお辞儀をすると、狸男は手をぶんぶん横に振る。


「そんな! いつもお世話になってたのは僕の方だよ! 惜しい人を亡くしたよね……うううっ」


 どうやら狸男は随分と感情豊かな人間らしい。だが、それが好感を持てた。狐男もタケルの前に立ち、悲しそうな顔をしている。


 父は、会社でこんなにも慕われていたのだ。胸がじんと熱くなる。家でも優しい人だった。優しさが父を追い詰めたのだと思うと居た堪れなくなったが、それ故に築けた絆も当然あったのだろう。このことを母に話したら、母は笑顔になるだろうか、それとも泣いてしまうだろうか。タケルには分からなかった。


「こらこら二人とも、タケルくんが驚いているだろう。自己紹介くらいしたらどうだ」

「あ! そうでした!」


 パントリーにいた沢渡が、珈琲片手にこちらに向かって歩いてくるところだった。狸男は分厚い手でゴシゴシと涙を拭くと、目をキラキラさせて自己紹介を始める。


「いきなりごめんね、びっくりしたよね! 僕はヴィラン課所属の原田大地です! コードネームは『ラクーン』、これからよろしく!」


 ハラダダイチ、とタケルは記憶に刻む。ラクーンとは何だろう。どこか聞き覚えがある単語だが、あまり英語が得意でないタケルにはさっぱりだ。後で検索してみよう、とその単語を繰り返し心の中で唱える。


「俺は日村良平だ。原田とペアを組んでいる。コードネームは『フォックス』だ。よろしくな」


 ヒムラリョウヘイと名乗った狐男が手を差し出してきたので、握り返す。沢渡の手とは違い、サラサラしていた。しかしフォックスとは。さすがにこれはタケルにも分かる。狐のことだ。ということは、まさかラクーンとは。恐る恐る原田に尋ねる。


「あのお、『ラクーン』って……」


 すると、原田は慣れているのか、あははと明るく笑いながらあっさりと教えてくれた。


「狸だよ、狸! ほら、俺って見た目がちょっと信楽焼の狸っぽいだろ? だから沢渡さんがこのコードネームを付けたんだよ。酷いよなあ、あはは!」

「俺の『フォックス』もまんまだよな。もう少し捻りってもんが欲しいんだけど」


 日村が不満そうに言うと、沢渡はズズ、と珈琲を美味そうに飲みながら答える。


「何を言っているんですか。君たちは期待の星なんですから、そのコードネームを与えられたことに誇りを持っていただかないと。ようやくこれでチームが揃ったんですからね」


 沢渡の言葉に原田は首を傾げ、日村は言葉の意味を理解したのか、お、という表情になった。前で腕を組み、上から下までジロジロとタケルを品定めするように眺める。この人たちは、何故こういう目で人を見るのか。


 居心地が悪くなり、耐え切れず声を発した。


「あ、あのお?」

「なるほど……そうきたか」


 日村が呟く。全く意味が分からないので説明して欲しいのだが、誰もそんな気はないらしい。


 日村は沢渡の肩をぽんと叩くと、にやりとした。


「沢渡さん、いいこと考えるじゃないすか」

「やはり日村さんもそう思われますか? タケルくんを見た瞬間、ビビッと来るものがあったんですよ。彼ならいける。私の勘は、きっと間違ってはいません」


 誰もタケルに説明する気はないのか。不安に思い原田を見ると、原田はぽやっとしてただ話に耳を傾けている。何となく、全員の立ち位置を理解した瞬間だった。


「沢渡さん、衣装は? もう考えたの?」

「いやあ、どうせなら近いものを用意したかったんですが、タケルくんがどうしても際どい部分の脱毛を拒否しまして」

「ちょっと待って下さい、今何の話を」


 タケルは割って入ろうとしたが、二人はタケルを無視して話を進める。


「それにいずれにしろ胸は見せることができませんから、可愛らしいデザインに切り替えることにしました」

「あのボンテージファッション、楽しみだったんだけどなあ。でも仕方ないか」

「あの! 話が見えないんですけど!」


 今度は大きめの声で話を遮ると、ようやく沢渡と日村が会話を止めてこちらを見た。先程から、際どい部分の脱毛とか胸を見せるとか、何を言っているのか。だが、何となく予想が付いてしまった自分が怖い。


 ヴィランといえば悪役だ。狐顔と狸顔、そしてボンテージファッション。有無を言わせぬ脱毛に、メンズエステの店員のコスプレという言葉。


「まさか……」


 唖然とするタケルに向かって、沢渡がにこりとちっとも温かく感じられない笑顔を見せた。


「タケルくんはまだ新人ですからね、このベテラン二人とチームを組んでもらいます」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」

「よろしくねー」


 原田が小さく手を振る。沢渡が、まるで決め台詞を言うが如く、ビシッとタケルを指差し、言い放った。


「タケルくん! 君のコードネームは『ヒバリ』だ! ヴィランチーム『キャット』の紅一点として、これから活躍してもらいます!」

「嘘だろ……」


 思わず敬語も忘れ呟いたが、タケルのその呟きは、三人の割れんばかりの拍手に綺麗に掻き消された。

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