第58話  実力発揮、友人A


「うーん」


 第一試合。土のグラウンドの上で、ついに始まったそれは、もはや混沌と化していた。


「へい、パスっ!」


 相手選手に囲まれながらもパスを呼ぶ奴。


「おら! シュートっ!」


 遥か遠くから、弱々しいシュートを放つ奴。


「……これは、酷い」


 正直、やってみればどうにかなるかと思っていたが……もはや、あれだ、学芸会だ。


 しかも、みんな一様にボールを追いかけるばかりで、ポジションも何もない地獄のような状況。


「おい! 早見っ! ボールそっち行ったぞっ!」


「ああ」


 パス? それとも誰かに跳ね返ったのだろうか。何にしても、俺の足元にボールは転がってきた。


「……久々だなぁ。ほんと、ボール蹴るのは」


「おいっ! ディフェンス来てるぞっ!」


「ほんとだな」


 前から二人、猪突猛進に走ってくる。

 1対2。どう考えたって、不利だ。

 しかし──体は、勝手に動いた。


 サッカーほど、チームワークの必要なスポーツは、存在し得ない。……確か、小学校の頃のコーチがよく言っていた言葉だ。


 個々の力が低くとも、チームワークと戦術の実現さえ出来るのならば、一定の強さを得られる。


 それが面白い。たまらなく。


「──行くか」


 右足、内側でボールを小さく前に蹴り出す。

 

「ははっ! ナイスパースっ!」


 にやりと笑う相手選手。その態勢は僅かに傾きを見せる。視線は揺らぐ。

 その動きに、俺は左足を合わせる。


「なっ!?」


 ダブルタッチ。最もシンプルで有効な場面の多いフェイント。

 片方の足で、もう片方の足へと軽く蹴り出し、体捌きで相手を躱す技。


「っ! 経験者だなっ! お前っ!」


 続いて二人目。ボールを直接取るのではなく、俺が使いたいスペースを抑える判断を下しながらも、つま先で立ち俺の動向を伺う。


 これまで幾人ものディフェンダーと対決してきたが、これはかなり上手い部類の特徴だ。


「誰かは知らねぇけど、かなり上手いな。お前」


「いやいや、それは過大評価ってやつだ」


 サッカーにおける1対1において、有利とされるのは状況にもよるが、この場合はディフェンダーだ。


 何せ、俺の理想はこのディフェンダーを抜いた後、内側に切り込んでパスを出す、またはシュートまで持っていくこと。

 

 対して、相手としてはボールを奪い、大きく蹴り出すだけでも十分、役割は果たせるからだ。それに距離を取られたことで、スピードも削られた。


 つまり、不利な状況。

 とはいえ。


「今日は、いい温度だ。暑すぎず、寒くもなく。適温。……こういう日は、調子が良いんだ俺」


「何を言って……っ!?」


 右足でボールを跨ぐ。相手の反応はいい。すぐさま言葉を打ち切って、構えを取った。


 俺は──それを、待っていた。


 相手へと背を向けて、左足裏。踵から指先まででボールの表面をこねるようにボールを進行方向に転がす。


「マルセイユ・ルーレットっ!? くそっ! ふざけんなっ!」


 これで二人。ボールに触れる感覚もそこそこに戻ってきた気がする。


「さて、とりあえず──チームになるとするか」


 俺は、スターでも天才でもない。

 だから。


「さあ、で一点取ろうぜっ!」


***

 

「な、なあ、早見先輩……クソ上手くね?」


「……さあ」


 早見 連が試合を繰り広げる一方で、その脇には多くの観客がいた。もちろん、皆生徒だ。

 そして、その中でも早見 連に注目をしていたのは、一年生の二人。


 東海と雨神だった。


「いや、ブランクあるんだろ? 二年……くらい? だっけか」


「……いや一年と七ヶ月。二年はいってない」


「詳しいな、流石はファン」


 からかってくる東海に、むっとした顔で雨神は舌打ちを返す。


「黙ってみれないの?」


「はーい」


 前半終了間際。点差は2-0。スコアだけ見れば、今から逆転するのもあり得ない話ではない。


 けれど、それは起こり得ないだろう。雨神と東海の目にはそう写っていた。


「緑組……最初は、とんでもない個性派揃いって感じだったけど、今や立派なチームだな」


「最初の一点目、早見 連が四人抜いた後の鋭いパスでゴールを演出したのが大きいんだよ。あれで、味方チームに自らやるべきことを示した」


「だな、あれで全員がパスっていう選択肢を選べるようになった……てか、朝は結構えぐいこと言ってたのに、高評価だな」


「えぐいこと?」


 きょとんとする雨神は東海の言葉を待った。


「いや、覚えてないのか? サッカー辞めた弱者……だとか? 下手くそ……だとか? 言ってたぞ、お前」


「それはない」


 雨神はきっぱりと否定する。


「はあ?」


「弱者だとは言った……けど、俺があの人に下手くそって言葉を言うことだけは絶対にあり得ない」


 どういう物差しなんだそれは、と東海も困惑しながら首を傾げた。


「一応、聞いとくけどさ? 下手くそと弱者ってどっちの方がお前的に悪口なんだ」


「……下手くそは、死ねと同義だよ」


「わ、わけわかんねぇ」


「そろそろアップを始めよう。俺たちの試合ももう少しで始まるんだ」


 もはや勝敗は見えた。ならば、わざわざ見る必要はない。そう思ったのか、雨神は踵を返し、紅組一年の試合会場である第二グラウンドへと向かったのだった。


***


 甲高いホイッスルの音が、二度続けて鳴り響く。それと同時に、転がっていたボールは静かにゴールへと沈む。


「うおおおお!!! 勝った! 勝ったぞっ!!」


 グラウンドの上では、勝者と敗者は決定的だ。

 勝利の余韻に、疲れた体を付き合わせる勝者と、敗北の反動に体を飲み込まれる敗者。


 高々、球技大会でもそれは変わらない。

 フラッシュバックした記憶と眼前の風景が重なった。


「早見っ! お前凄いなぁ! すげえ上手いのなんの!」


「え、あ、はい」


「お前さ、確か羽瀬川と仲良いんだろ? ってことは元サッカー部か?」


「そ、そうだけど」


 チームワークの形成。第一試合の目標はそれだった。とはいえ、流石にこれは出来過ぎだ。


「よぉし! 次も勝とうぜお前ら!!」


「おぉ!!」


 なんか……すっごく盛り上がってらっしゃる……気まずい。


「なあ、みんな一つだけ。俺からお願いしてもいいか?」


 だからこそ、今からする自分の提案が理不尽で、自己中心的だとすら感じてしまう。


「ん、どした? 勝利の立役者にしては浮かない顔だな」

「そーだそーだ、勝ったんだから喜べよー」


 けれど、あれに勝つにはそれしかない。そう思ってしまった。


「──次の試合、俺にボールを集めてくれないか?」

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