第9話 その後の一幕



 期末テスト最終日。

 放課後を告げるチャイムと共に号令がかかる。それと同時にクラスに張り巡らされていた緊張の糸がふっと切れる。


 皆が思い思いに今日のこと、或いは夏休みのことを話すのを横目に見ながら俺はそっとため息を吐いた。

  これで部活を休む正当な理由がなくなってしまった。今日から行かないといけないのか……憂鬱だ。

 

「やほ。稲福くん、テストどうだった?」


 憂鬱な気分が一瞬で吹き飛んだ。聞くだけで気分が高揚してしまうその声の持ち主は、当然星ノ宮さん以外にはいない。


「暗記科目以外はそれなりに、かな。星ノ宮さんは?」

「ふっふっふっ。今回は結構自信あるんだよ!」


 そう言ってブイっと指を立てる星ノ宮さん。自信ありげなの可愛いなほんと。


「そっか、さすがだね星ノ宮さん」

「さすがでしょ星ノ宮さんは。それでねそれでね、これからお疲れ様会的なのしようって思うんだけど、稲福くんこれから空いてないかな?」


 ぐいっと一歩踏み込んでくる星ノ宮さん。俺はその勢いに気圧されて、二歩下がる。


「あ、あはは、ごめん星ノ宮さん。今日も部活があって……」

「今日もかー! うーん……あ、じゃあ今度とかどう? 事前に予定入れてれば、部活も休めないかな?」


 上目遣いでそう言われ、思わず頷いてしまいそうになる顔に力を入れる。


「ご、ごめん。しばらく忙しくなりそうだから……」

「……そか。じゃあ稲福くんと遊びに行くのはしばらく無理かー」


 残念そうな口ぶりの星ノ宮さん。その姿に以前から抱いていた違和感が大きくなる。


「……ねぇ、星ノ宮さん」

「ん? 何かな」


 ――どうして、そこまで自分を気にかけてくれるのか。

 そう口に出しかけて、ぐっと堪えた。


「なんでもない。俺、そろそろ部活行くね」

「うん。じゃあまた来週会おうね!」

「また来週」


 小さな約束を交わして、俺は彼女に背中を向ける。


 なぜ彼女はここまで俺を気にかけてくれるのか。その理由は、なんとなく想像がつく。

 だが俺にはそれを確かめる訳にはいかない。万が一にも蛇や鬼を出さないために。薮を軽々につつくマネはしない。


 もう一度心の中で誓いを立て、俺は教室の扉をゆっくりと閉めるのだった。

 


 ☆ ☆ ☆



 部室に入ると、既にメンバーは揃っていた。


「遅い!」

「お、お疲れ様です……」

「これで全員集まったわね!」


 三者三様の反応。それに適当に返しながら、俺はいつもの席に座る。


「ではまずはテストお疲れ様。もちろん、超常現象部の名に恥じない結果だったわよね?」


 何故か圧をかけてきているが、この部活の名にそこまで勉強出来るイメージは無いのだが。


「す、すみません、わた、わたし、古典はかなり間違えてました……ほ、本当にごめんなさい……!」

「いいわよ。貴女は古典以外は成績トップだもの。あまり思い詰めないで、次に活かしましょう」


 津久里は成績トップなのか。意外だ。


「二人は、どうだった?」


 意外な一面に感心していると、ギロリと雲上先輩がこちらを見る。俺はそっと視線を逸らし、――同じく目を泳がせていた知里真とばっちり目があった。


「な、何こっち見てんのよ!」


 見てない。目が合っただけだ。


「……その様子だと、期待はできないようね」

「俺は暗記系、特に日本史やら英単語は全然だったな」


 古典は以前から勉強していたこともあって余裕だったが、津久里のあとにわざわざ言うのも気が引ける。


「あたしは数学なら自信あるけど」

「けど、現代文は自信が無い、かな?」

「うっ……、そうよ」


 確かに知里真は文章から読み取るような問題は苦手そうだもんな。

 一人で納得していると、知里真ジロリと睨んできた。俺は何も言ってないぞ。


「でも、一年や二年の君たちはまだまだら発展途上。今回の結果をしっかりと反省すれば、次に繋がるわ」


 うんうんと頷きながら先輩部ってアドバイスをくれる雲上先輩。


「はあ……どうも。そういえば先輩はどうだったんですか?」


 正直に言うと、雲上先輩に勉強ができるイメージは無い。しかし、ふふんっと自慢げな顔を見て次の言葉を何となく察した。


「超常現象部の部長として、その名に恥じない成績となってるはずよ」

「部長、ずっと学年トップらしいわよ」

「さ、さすがです、部長……!」


 人は見かけによらないものだな。つまらなさそうに言う知里真を見ながらそう思う。

 そんな話をしていると、不意に部室の中に一陣の風が吹いた。

 


「やあ。無事にテストは終わったようだね」


 窓の方を見てみると、これまでに居なかった毛玉がいた。


「ムース! 久しぶりね!」

「久しぶり、マリー。あれからなにか進展はあったかい?」

「その話を今してたの。ちょっと待っててね」


 してただろうか。してなかった気がするが。

 はてと心の中で首を傾げていると、こほんと雲上先輩がひとつ咳払いをする。皆の視線が集まっているのを確認すると、徐に口を開いた。


「まずは前回の結果の確認をするわね。誘拐事件の第一候補だった奇跡の会。――彼らが無実だということがわかったわ」


 奇跡の会。俺を襲ってきたあのチンピラが所属している組織。俺たちは先日、そんな連中と戦った。


「それは本当かい?」

「ええ。私のこの目が保証するわ!」

「じゃ、9:1ぐらいの割合ですか」

「そんな感じね!」

「マリー、多分彼は信用出来ないって言ってるんだよ」


 彼女が何故そう判断したのか。この結論自体はあの戦いの後に聞かされていたが、詳細な理由は俺たちには聞かされてなかった。


「先輩、そうは言いますが俺、というか俺と津久里は奇跡の会に所属してるやつに襲われたんですけど。その辺についてはなにか分かりますか?」

「わからないわ!」


 即答だった。もう少し考える素振りがあった方が個人的にはありがたかったが。


「確かに気になるわね。あの連中、異能力者だからって無闇に襲わないはずだし。まあ異能で暴れたりしてたら問答無用で……あ」

「どうしてこっち見るんだ?」

「むしろここまで言ってなんでわかんないのよ」


 嫌そうに顔を歪ませる知里真。


「ま、これでこいつが襲われた理由は解決ね。あとは」

「……ゆ、誘拐事件、ですね」


 何も解決はしていないが本題に入りそうなので黙っておく。


「結局、奇跡の会が犯人ではない、というのが分かっただけで振り出しに戻ってしまったわ」


 雲上先輩の言葉に重い空気が部室に流れる。そうこうしているうちにまた被害者が出るかもしれないのだ。早々に犯人を捕まえたいと、そう思っているのだろう。

 そう考えていると、おずおずと津久里が手を挙げた。


「あ、あのー、ほ、報告があるんですけど……」

「何かしら、スイ」

「き、昨日新たな行方不明者が出たようです」

「え!?」

「行方が分からなくなったのは、日ノ山小学校の女性教員だそうです……」


 昨日か、早いな。

 津久里の耳の速さに素直に驚く。噂にもなっていないそんな話を、どこから仕入れているのか。


「そう。また女性なのね」

「女子供を狙っての犯行ってわけ? 気持ち悪」


 知里真がそう悪態をつく。

 女子供を狙っている。これが何を意味するのか。意味しないのか。


「目撃情報とか何かないのか?」

「ご、ごめんなさい。ありません……すみません」

「ちょっと! スイをいじめないでよ!」

「いじめてないだろ。拳を下ろせ、拳を」

「そ、そうです。全部わたしが悪いんです……ごめんなさいごめんなさい」

「ちょっと!」

「もうどうしろと」


 にわかに騒がしくなる部室を眺めながら、毛玉はふむと頷く。


「あまり進展はなかったようだね」

「ええ、そうね。不甲斐ないばかりだけれど」

「気に病むことは無いよ。これは相手が相当上手くやってるだけだからね」

「だけど、解決するためには相手よりも上手くやらないと……」


 ふと雲上先輩の顔が曇る。だが、次の瞬間にはいつものような笑顔が浮かんでいた。


「でも、私たちならきっと大丈夫よ! すぐに犯人を捕まえてみせるんだから!」

「そう。それなら僕から言うことは何もないけど。……でも、ひとつ忠告を残しておこうか」


 毛玉、ムースの感情の見えないビー玉のような瞳は雲上先輩の姿を映し出す。


「君がどのような言葉で、あるいは態度で彼らを信じたかは知らないけれど、彼らは仲間にはなり得ないことを忘れない方がいい」


 そう言ってムースはくるりと背中を向ける。

 騒がしかった部室も自然と静かになっていた。


「奇跡の会に気を許しすぎないようにね、マリア」

 

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