第11話 ようやく見えた真実の明かり

「美味しかったよ」


 バイト終わりの宮原千楓みやはら/ちはやは、店内のイートインスペースの席から立ち上がった。


「もう帰るの?」


 同じテーブルに座っていた望月彩羽もちづき/いろはから問われる。


「そろそろ、日が暮れて来たし、帰ろうかなって」


 現在は夕方の五時頃であり、店内の窓から見える景色はほんのりと明るいものの、今日は一日中バイトした事もあって体力を回復させるためにも休みたかったのだ。


「わかったわ。気を付けて」

「うん、それじゃ」

「ちょっと待って」

「なに? まだなんかあるの?」


 そこから歩き出そうとした千楓を、彩羽が言葉で止める。


「あるというか。今日は何か思い出せた感じ?」

「いや、まだ……でも、望月さんと今日一緒にバイトして、少し楽しかった気がする。そんな感覚くらいかな」

「それだけなのね。まあ、それだけでもいいわ。それと、あんたは明日やる事あるの?」

「今は全然決めてないけど」

「だったら、後でメールするから」


 彩羽はぎこちない不安そうな笑みを浮かべていた。


 千楓は彼女と簡単なやり取りを終わらせた後、ケーキ専門店MOTIZUKIから出る。

 彩羽から見送られながら自宅がある方角へと歩き始めたのだった。


 ん?

 なんか、急に暗くなった気がするな。


 さっきまでほんのりと明るかった外の景色が少し怪しくなってきた。


 急に曇り空になってしまい、今からでも雨が降ってくるのではと思ってしまう。


 今日って、雨が降る予定なんてなかった気がするけどな……。


 今のところ雨は降っていないが、千楓は駆け足で移動する事にした。


 自宅に繋がっている道を歩いていると、以前と同じ怪しい影を感じたのだ。


 え?


 嫌な予感が、千楓の背中を侵食するかのようだった。


 寒い季節でもないのに、急激に悪寒が走る。


 だとしても、こんな環境で立ち止まってはいけないと思い、千楓は先ほどよりも早く移動する事にした。


「……私のこと、覚えてないの?」


 ん⁉


 誰かの声がじんわりと耳元へと入り込んでくる。


「私、あなたの事をずっと待っていたの。でも、どうして、あなたは気づいてくれないの?」


 また誰かの声が聞こえるのだ。

 よくよく考えてみると、その声は以前、聞いたことがあった。


 それは、前髪で目元の部分を隠した三つ編みのストーカー少女。


 その事を思い出し、千楓が振り返った時には、その視界が真っ黒になっていたのだ。




「……」


 千楓は何となく意識を取り戻す。

 さっきよりも外の音が聞こえない。

 車の音も、道端で会話している人の声も聞こえない空間。


 という事は、ここはどこかの部屋か?


 千楓はゆっくりと瞼を見開き始める。


 目を半開きにするが、そこには薄暗い環境が広がっていた。

 電気もつけられておらず、カーテンも閉められた、どこなのかもわからない現状に戸惑いながらも、千楓はもう少しだけ目を開く。


「ようやく起きた感じかな?」

「ん⁉」

「そんなに驚かなくてもいいよ?」

「えっと、君は⁉ この前の⁉」

「そうよ。私、ようやくあなたと出会えて今、本当に満足しているの♡」


 千楓の前にいるのは、この前、道端で出会ったストーカー少女だった。


「私、いっぱい探したんだからね!」

「いや、俺は……」

「なんで? そんなに私から離れようとしてるの?」


 そのストーカー少女はグッと距離を詰めてくる。

 顔との距離がさらに近づき、千楓は視線を逸らしてしまう。


「それは……俺、君の事は殆ど知らないし、むしろ、怖いって」

「そんなに怖がらないで」


 ストーカー少女は意味深気に口角を上げ、興奮した笑みを浮かべていたのだ。

 暗い環境に目がこえてきた千楓の瞳には、その彼女の姿がハッキリと映っていた。


「でも、なんで、俺の事を付け回すんだよ」

「それは一緒に生活する為よ。それ以外にないでしょ」

「俺、君のこと全然知らないし。同居するとか考えられないから」

「でもね、あなたは嫌でも同居しないといけないの」

「お、俺は帰るから」


 これ以上、目の間にいる彼女と会話しても意味がないと思い、千楓は立ち上がろうとする。

 けれども、不思議と上手く下半身を動かせなかったのだ。


「あなたは逃げられないから」

「え? 何これ?」


 辺りが薄暗くわからなかったが、よくよく足元を見てみると、足首には鎖のようなモノが取り付けられており、その時、まともに足を動かせなかった理由が分かったのである。


「それはあなたが逃げないように予めつけておいたの」

「やめてほしいんだけど。俺はここから出たいから」

「いやよ。そんなのは」


 ストーカー少女はどうしても足元の鎖を解除してくれる素振りはなかった。

 それどこか彼女は千楓の体に抱きついてきたのだ。


 ⁉


「これから一緒に過ごそうね、永遠にね♡」


 ストーカー少女はギュッと抱きしめたまま、不敵な笑みを零していたのだ。


「お、俺は……」

「昔、出会ったでしょ。とあるイベントで」

「イベント?」

「わからないのかな?」

「俺、昔の記憶は……あれ? そう言えば……」


 何となく脳内に浮かんでくる情景があった。


 あれは、いつの出来事だろうか――




 一年ほど前、千楓は彩羽と付き合っていた。

 その時、とある漫画のイベント会場に足を踏み込んでいたのだ。


 彩羽とは高校一年生の時からクラスメイトで、高校の体育祭を通じてまとも会話し始めたはずだ。

 それから親しくなり、付き合い始めたと思う。


 千楓の脳内に何となく浮かんでくる過去の記憶――


 確か、そんな出来事があったと、少しずつ思い出していく。


 元々彩羽は優しい人だった。

 そんな光景が今、脳内に浮かんでいたのだ。


 それからストーカー少女の事も少しだけ脳内に浮かぶように侵食してくる。

 そのストーカー少女は、千楓と同じ漫画イベントに参加していて、そこで出会ったはずだ。


 千楓はイベントでストーカー少女と二人きりになった時があり、そこで確か――


 んッ……。


 突然、頭が痛くなり、それ以上は思い出せなかった。

 そこでストーカー少女とも重要なことがあったはずだ。


 あともう少しで思い出せそうなんだけど……。


 千楓がその場で頭を悩ませていると、抱きついたままのストーカー少女が耳元で囁いてくる。


「来世でも一緒に過ごそうね♡」


 ストーカー少女の不気味な声が聞こえた時、その暗かった部屋に明かりが入り込んできたのだ。


「千楓、その子から離れて!」


 なぜか、彩羽が部屋に入り込んでくる。

 彼女は焦った表情を見せながら、入り口近くに設置された部屋の電気をつけるのだった。

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